告白
勇太は男子トイレの中で樹理奈と雅子の話を聞いているのをバレないように息を殺していた。
「雅子はまだ松下君のこと…」
「もう何とも思ってないよ。だって、海斗を見て恋してるって分かっちゃって。何かスッキリしちゃった。樹理奈は?」
「いないよ。そんな暇なくて。」
「確かにね。また遊びに来ても良い?」
2人の声が遠ざかっていくのを確認して勇太はトイレから出た。
『やっぱり、海斗、好きな人いたんだ…』
入学当初、当時は『紅玲夢』と名乗っていた雅子を含めた告白してきた女子と次々と付き合ったり別れたりを繰り返していたが、ここ1年半程はパッタリとなくなった。
「なぁ、海斗。もしかして彼女できたのか?」
半年前に聞いた時に海斗は少し動揺しながら、
「今はいない。」
と答えていた。
勇太は『今は』に少し引っ掛かってはいたが、その後、その話をすることもなく扉が開かれて魔術修行となった。
もともと、海斗は勇太に誰と付き合っているか等の恋愛の話はあまりしなかったので、さほど気にはしていなかった。
『じゃあ、昨日の話はやっぱり…でも相手は誰だ?』
勇太は考えながら廊下を歩いていた。
前からあきが歩いてきた。
「あっ。」
勇太はあきに気がつき、動揺しているのを抑えながら歩いた。
「さっきはありがとう。おいしかった。」
「あっ、いや、良かったよ!」
勇太は緊張しながら答えた。
あきはニコリと笑って歩いて行った。
勇太は歩き出そうとしたが、そのまま立ち尽くしていた。
『もしかして、海斗の好きな人って!?』
振り返ってあきの方を見た。
思い返せば心当たりがいくつかあった。
『野上さんが昼休みに屋上にいることを知ってたし、最近よく朝早く研究室に来てしゃべってるの見るし…でもそれだけじゃ決め手にならないよな…』
海斗への嫉妬と劣等感がそう思わせているのだと勇太は思うことにした。
しばらく勇太はその場に立ったまま考えていた。
あきがトイレから戻って来た。
「どうしたの?」
あきがずっとその場に立ったままだった勇太を不思議そうに見た。
「あっ、えーっと、その…」
勇太はまるであきが戻ってくるのを待ち構えていたように思われてしまうので必死に何か怪しまれないようなことを言おうと考えていたが、頭の中がぐじゃぐじゃになって、勇太自身が混乱してきた。
あきがその場を去ろうとした時だった。
「好きなんだ。」
突然、口からそんな言葉が飛び出してきて勇太自身も驚いていたが、意を決して、
「野上さんが…好きなんだ。」
と振り返ったあきを真っ直ぐ見て言った。
「何で私?」
あきが不思議そうに言った。
「ありがとう。ごめんなさい。」
あきは研究室に向かって歩いて行った。
勇太はまたその場に立ち尽くしていた。
『…言ってしまったし、振られた…』
勇太はそのまま研究室に戻り辛かったので、またトイレに戻って時間を潰してから研究室に戻った。
『雅樹の言ってたこと、今なら分かるな…』
高校時代、テニス部に入っていた雅樹が言っていた。
「部内恋愛ってめんどくせーな。当人同士も気を使うんだろうけど、周りはもっと気を使ってるってのに。しかも、別れられたら余計に気を使うし。めんどくせー。」
同じテニス部内で同級生同士が付き合って別れたことを言っていたのだ。
『野上さんと顔をあわせ辛いし、もしみんなに気づかれたら気を使わせてしまうもんな…』
そんなことを考えながら研究をしていた。
『もっと慎重にいけば良かった…もっと話したり、ご飯に誘ってみたり…』
勇太は勢いで告白してしまったことに後悔していた。
あきは勇太が研究している姿を後ろからチラリと見て、手で胸をギュッと押さえた。