アイドル
「晩ご飯できたわよ。」
母親が下の階から勇太を呼んだ。
勇太は今日の出来事を頭の中で整理できずにいたので全然眠れなかった。
フラフラと階段を降りてリビングのテーブルに座り、
「またカツか…」
と呟いた。今夜はトンカツだった。昼休みにカツカレー食べなきゃよかった…と後悔していると、
「あら、ごめんなさい。」
母親が席につきながら言った。父親はまだ帰ってきていないので、2人で食べ始めた。
「研究室どうだったの?」
母親が聞いてきた。
「海斗と一緒。」
勇太はカツをほおばりながら答えた。
「あら、良かったわね。」
母親の顔がパッと明るくなった。以前、海斗が自宅に遊びに来て以来、母親は海斗のファンだ。
「ねぇ、そういえば、あの子。ほら、アイドルだった子!」
「あぁ、原田さん?『こすもおーら』の?」
「そう!聞いたの?」
またその話か…勇太はウンザリだった。
「聞いてないよ。今日初めてしゃべったんだし。」
「そうなの!?研究室一緒なの?仲良くなったら聞いといてよ!」
「はいはい…」
樹理奈はアイドルグループ『こすもおーら』のJuriとして活躍していたが、突如芸能界引退を宣言して勇太と同じ一條学園大学薬学部に入学してきた。
ライブ中に突然、『欲しいものができました!』と言って引退宣言をしたので、当時のワイドショーや週刊誌は結婚説や妊娠説などを出してかなり盛り上がっていた。
樹理奈は高校卒業後に予備校に通い出し、そこから一條学園大学薬学部を受験する情報が流れ、ファン殺到で受験の倍率がかなり上がってしまった。
もともと勇太にとって志望校だったのでいい迷惑だったのを今でも覚えている。何とか合格できたのが幸いだった。
樹理奈は入学当初、他の学生から「欲しいものって何?」とさんざん質問攻めされていたが、結局何だったのかは明かしていない。
よくワイドショーを見ていた母親は勇太と同じ大学と分かるや否や散々この話題を出してきた。
「本人の勝手だろ。」
勇太はボソッと呟いた。母親は食べ終わって片付けをし始めたので聞こえていないようだった。
勇太たちが帰った後、校舎の屋上にクォーツが立っていた。
「どうだったんだ?」
クォーツが後ろに現れたアメジストに聞いた。
「あきは何も知らなかったみたいね。あと、1人超イケメンがいたことぐらいかしら。」
「真面目に話せ。」
クォーツがへらへら笑っているアメジストをたしなめた。
「今回もハズレかもね。おそらくあきをjewelsに入れるのが最大の目的なのかも。ダイヤも諦め悪いわね。まぁ、あの子の魔力は他のjewels並み、いやそれ以上だからどうしても来て欲しいのも納得はできるわ。後、ストーカー事件のグループの子いたわ。」
「確か…『こすもおーら』とかいう…」
「そう。あきとルビーが対処したヤツね。ダイヤは分かってたのかしら?」
クォーツは驚いた顔をしてしばらく黙ったが、
「師匠のことだから何か考えがあるのかもしれない。今度一応報告しておくか。」
と言い、アメジストと共に姿を消した。