取引
僕たち3人は現場の観察を早々に切り上げ近くにある大手のコーヒーショップに入る。これがハードボイルドなら路地裏のバーにでも入るのだが朝っぱらからそんな事をする気はないし、何よりそんな場所を僕は知らない。僕に協力を持ちかけたふたりの真正面に向かい合うように座る。どちらも話し始めず少々気まずい空気になるが適当に話題を振ってみる。
「DNA会長が亡くなったっていうのに何の騒ぎにもなっていませんね。」
「まあ規制でもされてるんだろう。DNAには敵が多すぎるからなあ。」
上司らしき女性はつまらなそうにアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら答える。
「時代を動かした偉大な人物ですからね。彼の力があってこそのDNAだった訳だから、今の僕たちの身分も危ういんですけどね。」
対照的に部下の方はおしゃべりだ。クラスに一人くらいこういうやついるよなと僕は適当に感想をつける。そんな部下の様子を横目でみながら上司はポケットから名刺を取り出す。「初めまして。私は広島支部のAクラス探偵の夏樹です。あっこれは名字だから。」
「夏樹さんの下で働いている同じくBクラス探偵の北山です。まだ1年目ですけどね。」
Aクラスに、一年目でBクラスと来た。DNAでは明確なクラス分けがされており上からA,B,C,Dとあり、また特別クラスなんて例外もある。僕は3年目でBという比較的早い方だと思っていたが……。とりあえず彼らには逆らわないようにしようと心に誓う。
あちらが名乗ったのだからこちらも名乗らざるを得ない。
「えっとですね。僕は」
「いい。お前のことなら既に知っているぞ。有馬悠悟探偵。大阪支部で3年目、それでBクラスならまあいい方か。独身で寮に住んでいてあまり大きな事件は解決していないのか。おっ、たこ焼き屋台連続爆破事件を解決したのはお前だったんだな。後はアイドル好きを周りに隠していると。なんかフツ―のやつだなお前。」
「なんで人の個人情報を握ってるんですか!?」
「当然だろ。僕を誰だと思っているんだい?超一級のハッカーだよ?」
北山は当然とばかりに答える。
「目立たないってことは探偵として必要な素質だよな。さっきのお坊ちゃんには絶対ないぞ。」
夏樹さんは笑いながら僕を誉めた、のだろうか。
「じゃなくて答えになってないですよね!?」
「私たちと組むんだろ?だとしたら相手の弱みくらいは握っていないとな。」
「えっと、脅されてるってことですか?」
「私たちを敵に回すと怖いってだけさ。」
「そんだけできるのなら僕って必要なんですかね。」
「まあ、いらん。ただ使いっぱしりにはできると思ってな。ほら私はプロファイリングとか得意な文系だし、こいつはハッキングとかできる理系だし、体育会系がいないなあと思っていたとこなんだよ。」
夏樹さんは本当に嬉しそうに喜んだ。ここで下手に断ると小学生時代のいたずらの証拠まで突き付けてきそうだから仕方なく付き合う事にする。まあデメリットばかりではないわけだしこれで事件を解決し出世できるのならばこれくらい我慢しよう。
「では早速昨日の防犯カメラの映像を確認してきてくれ。」
「早速パシリですか!?」
これから先とてつもなく嫌な事が起こりそうな予感がした。