二話 『挑むは竜騎士』
さて、走り出したはいいもののどうしたものか。
相手は龍。と、男。まずはあの龍を何とかしないとな。
ギロっと龍の目が俺を捕らえる。
ロックオンってか。初めての相手が龍なんて武勇伝として一生語れそうだな。
正直最初は弱小魔物のほうがチュートリアルにもなるし嬉しいんだが。
龍の口が大きく開き中から赤い光が輝く。
おいおい。これ、お決まりのやつだろ。
直後龍の口から炎が放出される。
ゴオオオオオオオと音を立てて俺めがけて飛んでくる。直撃コースだ。
俺は龍から視線をはずし龍のはるか後方の大地に目を向けて大きく両目を見開く。
直後、俺が走っていた場所周辺は豪炎に包まれた。
「ははは。終わったな、ありゃぁ」
目の前の男が振りかざした剣を小剣ではじき返す。
「大将も本気だねぇ。ありゃぁ即死だな」
少女は小剣で男の剣をはじくようにして後方へととび距離をとる。
辺りは熱気に包まれている。龍のブレスのせいだろう。
「終わったか……」
龍騎士、バルノ・ガン・レイブンは龍の首の根元付近に立ち地上を見下ろしていた。
たかが少年にこのブレスはどうこうできない。上級魔法クラスの魔法でも威力を緩和することがせいぜい。
完全に相殺することは相当難しいはずだ。
王女の命でグリテン帝国からはるか南に位置するグリテン傘下の小国まで来たものの対した成果はなかったようだ。
王女からの命は『はるか遠方の小国近くにある地下聖堂の少年を確認し
力量を測れ。加減は任せる。連れ帰る価値があると判断し、なおかつ穏便に
ことが運ぶようならグリテンに招け』というものだった。
さて、帰るかと思った直後、バルノは雷に打たれたような衝撃を受ける。
なぜなら龍のはるか後方に、先ほどブレスを飛ばし、消し炭にしたと
思っていた少年が立っていたのだから。
「馬鹿な……どれほどの距離があると思っている!」
風魔法でブーストするにしてもとてもじゃないがあの一瞬で駆け抜けられる距離ではない。
それに魔力の痕跡も感じない。つまり魔法の使用はなかった、ということ。
そしてその少年は無傷でその場に悠然と、『騎士』のように立っていたのだ。
信じられない光景にバルノは声を発することができない。
「貴様……」
その直後。少年の姿が消える。
「!?」
地上を見回すもどこにも少年の姿は見当たらない。
「こっちだ」
「な!?」
声は上空から聞こえた。空を見上げるとそこには月を背負った少年がこちらをめがけて滑空していた。その姿はまるで神話にでてくる英雄のように神々しかった。
「空中戦はこっちが不利なんでな!!」
少年が右手をこちらに突き出す。
直後、龍がバランスを崩したように落下する。
「どうした!?」
ドオオオオオオと音を立てて龍は地上へと落下した。
「っへ……」
俺は龍と離れた地上に焦点を合わせる。直後空中を滑空していた俺の体は
先ほど焦点を合わせた場所に立っていた。
俺の力は『空間』を操る力。先ほどのブレスを回避できたのも、こうして
空中から無事着地できたのもこの力のおかげだ。
『空間』から『空間』への移動。
ある一点の空間に目の焦点を合わせることでその空間へと移動することができる。
そしてさきほど龍を落下させたのは龍の翼付近の『空間内』の空気を操って空に留まっていた龍の
バランスを崩したからだ。要領は先ほど教師のカツラをとったのとおなじ。
といっても龍があちこち動き回っていたら、おそらくこんなことはできなかっただろうが。
いまの俺じゃ自在に動き回るものの周囲の空間を把握できるほどの空間認識力はない。
それに認識力がついたところで動き回ることによって常に変動する空気の流れを完全に
把握することが可能とも思えない。この力、まだまだ使えそうな用途はありそうだが今の俺じゃ
まだまだ限定された使い方しかできなさそうだ。まぁ、そのへんは今後の鍛錬次第ってとこか。
「しかし、やってみるもんだな」
空間から空間への移動をやったのはこれで二度目。しかもこれほど大きな距離を
移動したのは初めてだ。ちなみに初めてやったときは、中一だったか。
ぼけーっとしていたせいで信号無視をしてしまって危うく車に轢かれそうになったのを
空間移動によってことなきを得た。
こんなところでこの超能力が役に立つとは。これがなかったら死んでたな。
さてと。地上に落としたはいいがここからどうするかだな。
あまり距離を開けると龍が少女を攻撃しかねない。
ここからは近接戦闘だな。おそらく龍は龍騎士に操られているはず。
龍騎士を殺せば龍は空に帰って行く、と信じたい。
行くか。俺は地を力強く駆けた。
「ば……ばかな!?!?大将の龍が……」
少女と男は後方で起こった事態に一時戦闘を中断していた。
ありえないと驚く男に対して少女のほうは聖女のような、清い笑みを浮かべる。
(やっぱり、あの方だ。あの方で間違いはなかった)
少女は男に向き直る。しかしあの力はいったい?見たこともない
力だ。風魔法とは違うような気がする。だが今はそんなことを考えている
場合ではない。
「何を驚いているの?言ったでしょ。あの方はいずれ大陸中に名を轟かせる、と」
少女は小剣を構えながら詠唱を始める。直後少女の目の前に魔法陣が出現する。
「それと、私が魔法を使えないと思っているようだけれど、残念。私、魔法騎士学園の
生徒よ?」
「っな!?っち……くそぉおおおおおお!」
男は叫びながら少女に向かってきた。
少女は冷静に詠唱を唱え終え魔法を発動する。
『水魔法・水流風』
向かってきた男めがけて魔法陣から水の竜巻が飛んでいく
「うがああああああああ」
竜巻に飲み込まれるようにして男が吹き飛んだ。
さて、こちらは片付いたわね。相手は魔法も使えない三流戦士だったし。
あとは……
俺は地を駆けながら考えた。
龍と男をどう倒すか、ということを。龍のほうはともかく男はおそらく
動き回る戦法を取るだろう。見た目騎士風だったし。
となると空気を使って動きを操るというのは難しいだろう。
昔、考えたことがあった。もし漫画のように敵と戦う事態になったらどう戦うか。
中学生くらいの頃だ。あの頃は楽しかった。『あいつ』とよく遊んだな。
移動方法は完璧だ。空間移動。だがこれだけでは決定打にならない。
何か、もっと効果的な攻撃手段がないか、と考えたときに閃く。
俺はちらっと、少女のほうを見やる。どうやら少女のほうは男を倒し終えたらしい。
攻撃手段がちゃんとあったようだ。
というか俺よりも強い、ってこともありそうだな。
ひとまず少女の目の前の空間に焦点を合わせる。
直後、俺は少女の目の前に移動した。
「え!?わわわ!!」
突然現れた俺に少女は驚きの声を上げる。
俺と居るときは比較的冷静な雰囲気だっただけに、少女らしい一面を見れたことに
思わず笑いそうになった。だが今はまだそんなときではない。
「おい、銃、あ、えーっと、なんていうんだ、トリガーを引いて弾を撃ち出すことが
できて、尚且つ手に収まる武器を持ってないか?」
『銃』という名称が通じるかわからなかったのでジェスチャー付きで説明する。
「え……!?銃ですか?」
お、通じたみたいだ。こちらの世界にもあるんだな。
「ああ」
「えーっと。護身用のものでいいのであれば」
そういって少女はワンピースの裾を少し持ち上げて太ももに装着されていた
小型の銃を俺に手渡す。
一丁か。いや、あっただけありがたいと考えたほうがいいな。
「これでよろしいですか?」
控えめな声で少女が尋ねてくる。
「ああ。大丈夫だ」
見たところ弾を装填する弾倉はない。たぶん『魔法銃』みたいなものだろう。
そっちのほうが弾を抜く手間が省けるからありがたい。
俺は銃を右手に持ち龍の方向を向く。
龍は地上に落ちたダメージからまだ立ち直れて居ないようで小刻みに体を動かしている。
「さて。いくぞ」
俺は走り始める。
直線状に位置する男はなにやらぶつぶつとつぶやいている。
多分、魔法の詠唱とかだろ。
どうやら俺の予想は当たっていたらしく男の持っていた槍の先に魔法陣が現れる。
ひゅんひゅんと空を切る音を出しながら男が槍を振り回し、その後槍の先端を俺に向ける。
『炎魔法・炎龍槍』
男が魔法名を叫んだ直後槍から炎でできた巨大な龍が俺をめがけて飛んできた。
(あれは大魔法クラスの魔法。どうするつもりなのかしら)
少女は心配というよりは少年がどのようにあの魔法を攻略するのかという好奇心
に胸を躍らせていた。
俺は飛んできた炎の龍に向けて少女から受け取った小銃をかざす。
大切なことは具体的なイメージをすること。空間を操る、という能力はあまりにも
抽象的であり、実際に力を使う際には出来る限り具体的なイメージをすることで
力をより効果的に使うことが出来る。
銃口に意識を集中させる。空気の弾を作るように。空気を圧縮する。
何百重、何千重に。
眼前に迫った炎の龍に向けて、俺はトリガーを引く。空気の玉を発射するように。
『ドン』と何かがはじける音が響く。
音の正体は空気の弾を発射する際に押し出すために使ったエネルギーの反作用によって
生まれた力によって銃口がはじけた音だ。
この反作用があるから指で銃を形作る、ということはしない。
空気の弾が炎の龍に当たったことで圧縮されていた空気が一気に弾ける。
『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』と
爆音があたりに響き渡る。
「やべ。近すぎたか」
俺は背後を振り向き少女の立つ付近の空間に焦点を合わせて飛んだあと
立ち尽くしていた少女をかばうように地面に押し倒す。
『ゴオオオオオオオオオオオオオ』
すさまじい音を立てながら圧縮されていた空気が一気に解放されたことで
衝撃波が発生しあたりの木々が吹き飛んでいる。
俺は周囲の空間の空気の密度を大きくして空気の壁を作る。
しばらくするとようやく辺りが静かになった。
俺は少女から離れて起き上がる。
「ふぅ……」
さきほど俺が居た場所には大きなな穴が開いていた。
男と龍は消し飛んだかと思ったがはるか上空に龍の姿を発見する。
ちらっと右手に握った銃を見る。銃口からトリガー付近にかけて
ぼろぼろになっていた。とてもじゃないがもう一発撃つことはできない。
どうしたものかと思っていたところに頭上から声が降ってきた。
『私はグリテン帝国三大騎士が一人。バルノ・ガン・レイブン。貴公の武、
誠に見事。さぞ名高き騎士とお見受けする。貴公の名、ぜひともお聞かせ願いたい』
武士みたいなものいいだな。まぁ、騎士みたいだし、似たようなものなのか?
「白神 夕凪。肩書きなんてものはない」
『シラカミ ユウナギ。貴公の名、しかと記憶した。国境付近でことを荒げたくは
ない。共にこの場を退くという形で決着をつけたいのだが』
国境?よくわからんが、こちらとしても引き分けの形はありがたい。
銃がこんなんじゃこれ以上戦えない。
「それで問題ない」
『この続き、次は戦場にて』
そういってバルノはこの場を去っていった。
(三大騎士の中でももっとも誇り高いとされるバルノが自ら名乗りを上げるなんて。やっぱり、この人はすごい。ううん、当然か。だって)
少女は目の前の少年の背中を見つめながら思った。
この人は、救世主だから、と。
ぐぅと腹がなった。そういや俺、昼飯食ってなかったな。
にもかかわらずこんな激しい運動をしたらいやでも体がエネルギーを求めるというものだ。
「あの。これから、どうなさる予定ですか?」
後ろに居た少女が声をかけてきた。
予定、なんてなにもないな。そもそもここがどこだかもわからないし。
でも「ない」と答えるのは格好がつかないよな。格好をつけてる場合じゃないにしても。
俺が答えずにいると少女が再び口を開いた。
「よければ、私の家へ来ませんか?助けてもらったお礼もしたいですし」
一拍置いて俺は「わかった」と返事をした。一拍置いたのはこの少女の申し出を素直に
受け取っていいものか考えたためだ。罠という可能性も考えられる。
身内がいないであろうこの世界で人を簡単に信じていたら騙されてしまうだろうし、
疑いを持って接することは俺の安全に繋がる。
だが結果的に少女の申し出を受け入れたのはやることがないから。というよりも
やるべきことがわからないから。驚き損ねていたがここ、異世界なんだよな。
そんな世界に放り出された今の俺は赤ん坊状態だ。自分じゃ何も出来ない、
っていう意味な。助けてくれるのならその助けにすがるしかない。
とてもじゃないが一人で生き抜いていく自信なんて無いからな。
「ではついてきてください!先のほうに馬車を待たせていますので」
そういって少女は歩き出した。