動きだす者たち
「わぁ~!すご~い!!!いろんなお店があるね!」
レイナが子供のようにはしゃぎながら右に左にと首を振っている。
俺とレイナの服装は黒づくめだが俺たち以外にもそういった
服装の者がちらほらといるのでそれほど目立っては居ない。
「主様はなにか欲しいものあるの?」
「んー。これといって欲しいものは特にないな。まぁ短剣を数本
買うくらいかな」
「それだけでいいの?っていってもあたしもそんなに欲しいものはない
んだけどさ!」
「其の割には楽しそうだな」
「主様と一緒だから!!」
そんな風に言われるとちょっと照れるな。俺も。
「お、武器屋だ。でっかいなー」
相棒である『天』『地』を購入した武器屋よりもはるかにでかかった。
さすがは貿易都市の武器屋だ。いろんな客のニーズに応えられるように
しているのだろう。
俺とレイナは二人で店内へと入った。
「そういやレイナの武器はなんだ?」
「あたしはダガーだよ。ほら!」
そういってレイナはマントを後ろへやりスカートを捲って太ももを晒す。
「お、おお。そうか」
白い太ももに少し動揺してしまった。
「これは結構いい武器だから買い換える必要はないかな。それより主様の
短剣を見ようよ!」
「そうだな」
短剣の置いてあるコーナーへと移動する。
客が集中しているのは『剣』や『斧』のコーナーなので短剣の置いてある
スペースにはそれほど人がいなかった。
「いろいろあるねー。わー!これなんかあらかじめ『炎』魔法がセッティング
されてるよ!」
「セッティング?」
「うん!えーっとね、作成者が武器に魔法を付加しておくんだよ!そうすることで
魔法が使えない人でもセッティングされている魔法なら使えるんだ!でも使った分の魔力は込めなおさないといけないけどね!あ、あたしなら魔力の装填できるよ!」
へぇー。そいつは便利なものだな。俺でも魔法が使えるのか。って、値段高!?
先ほどレイナが指差した炎がセッティングされた武器の値段は金貨3枚。つまり
俺たちの全財産だった。俺が値段に驚いたのを見たようでレイナがさらに続ける。
「魔法を武器にセッティングするのは結構難しいからどうしても値段は高く
なっちゃうんだよ!魔力を装填するだけならそんなに難しくないんだけどねー」
なるほど。とりあえずこの武器は買えそうにないな。ちょっとほしくなっただけに残念だ。
『おい!この値段高すぎるんじゃねぇか!?!?』
突然怒鳴り声が聞こえた。声のしたほうを見ると『剣』の置いてあるコーナーで
なにやら騒ぎが起こっているようだ。
『い、いや。お客様、それは高威力の魔法がセッティングされているのでその分
お値段のほうがどうしても……』
『うるっせぇんだよ!金貨8枚だと!?どんだけぼったくるんだよ!!』
確かに金貨8枚は高いな、などと思わず声を荒げているほうに同調してしまった。
『で、ではどうすれば……』
『金貨1枚にまけろ!!』
金貨一枚?そりゃぁお前値切りすぎだろ、いくらなんでも。
『そ、そんな殺生な!これでも値段を抑えているほうなんですよ!』
『あぁ?俺らを誰だと思ってんだよ』
俺ら、という言葉からどうやら騒ぎを起こしている奴らは何人かで来店している
ようだ。それに誰だと思ってんだよ、という言葉を発して自分を誇示するあたり
そこそこ名が通った奴らなのかもしれない。
『ひ・ひぃ……』
店長らしきおやじの悲鳴が聞こえる。もしかしたら殴られたのかもしれない。
さすがにこのまま見過ごすのはかわいそうだ。値段は確かに高いがそれ相応の
価値があるということなのだろう。店長に罪はない。
『俺らはあの【赤き空】と関係のある人間なんだぜ?』
赤き空という単語に俺とレイナははっと顔を見合わせた。互いに頷きあい
『剣』の置いてあるコーナーへと駆ける。
そこに居たのはつい先ほどギルドでボルドに襲い掛かろうとしていた二人組みの
男だった。なるほど、通りで聞いたことのある声だと思ったわけだ。
『あんまり舐めた真似するとー』
「するとどうなるんだ?」
『!?』
俺はレイナを伴って騒ぎの起こっているスペースへとゆっくり進んでいく。
『げぇ!?あ、兄貴こいつ!!』
『っち。またこいつか。だがおめぇ、うろたえるな。こっちには『こいつ』が
あるんだからよ』
兄貴と呼ばれた男が手にした剣の刃の部分を舌でぺろっと舐める。
よほど強力な武器なのか?
「主様!あの武器、かなり高度な魔法が組み込まれてるよ!基礎四系統の
魔法じゃない!!」
慌てたようにレイナが口早に告げる。基礎四系統外の魔法か。身近で使っていた
のはリサとギルバルトの二人。それぞれ『氷』と『雷』を使っていた。
「レイナ、お前は下がってろ」
そう言うとレイナはおとなしく俺の背後に回った。
「ヒヒヒ。この武器にセッティングされている魔法は『制止』の魔法!
もはや現代に天然でこの魔法を使える者はいないとされている!
剣先を対象者へと向ければ!!!!」
「向ければ?」
男の握った剣の切っ先は俺ではなくはるか上空を向いていた。
「な!?な、なんだ?!?!振り下ろせない!?」
「兄貴!何やってんだよ!さっさとあの男に剣を向けろよ!!」
「できねぇねんだよ!!!!どんだけ力をこめても動かねぇんだ!!!!」
剣が動かないのは俺が奴の握る『剣』の周囲の空気を操り上空で固定している
からだ。動いている対象の周囲の空気を操ることは座標が常に変わるので難しいが
対象がおとなしく止まっているとなると話は違う。
「『制止』の魔法とは恐ろしい魔法もあったもんだな。お前が無駄話をせずに
さっさと俺に切っ先を向けていたら負けてたよ」
まぁその『制止』の魔法にかかったらかかったで『空間転移』をするだけだが。
『目』くらいは動かせるだろうしさっき宿から出るときに念のためにドアの近く
にマーキングをしておいたので目が動かせなくても問題はない。レイナはしっかりと俺の背中を掴んでいる(ちょっと痛い)し一緒に飛べる。
「っく!?このやろう!!!!」
剣を握った男は血走った目で俺を睨んでくるがまったくもって怖くない。
「このまま剣をはなしておとなしく帰るならよし。そうでないというのなら」
俺はホルスターの銃にそっと手をかける。
「殺す」
声を押し殺して短く告げる。
「ひぃ……」
男はぱっと手を離してしりもちをついた。剣は上空に浮いたままだ。
「おい。そいつを連れてさっさとうせろ」
俺は弟のほうを見る。するとはっと目覚めたように飛び上がってから
腰を抜かした兄貴に肩を回し急いで店から出て行った。
「ほらよ」
俺は空気で固定されたままの剣を店主の目前まで持っていく。店主はそれをそっと両手で受け取った。
「あ、ありがとうございました!!本当に、ありがとうございました!!!」
「気にするな。好きでやったことだからよ」
そういって俺はレイナと共に『短剣』コーナーへと戻った。
「レイナ、制止の魔法って知ってるか?」
「聞いたことはあるよ!なんか見えない『糸』みたいなのが出てそれに
触れたら動きが止まっちゃうんだって。そしてその糸が切れるまでは
ずっと動きは停止したままなの」
糸、か。魔法でできた糸なのだろうか?
「制止魔法の使い手は?」
「現代じゃ確認されてないはずだよ。遠い昔に途絶えたって。あたしも
文献で読んだだけだから詳しいことは分からないけど絶大な力を誇ったらしいよ!」
そりゃそうだろうな。どんな猛者も動きを止められちゃぁ手も足も出ない。
あの剣。ありゃ悪魔の武器だぜ。廃棄したほうがいいんじゃねぇか?
じゃないと変態貴族が買いでもしたら大変なことになっちまうだろう。
「それよりもあたしは主様の力に驚いたよ!あれなに!?」
「あー、まぁ今度ゆっくり教えてやるよ」
俺はレイナの言葉を軽く受け流した。なにやら客がこちらをちらちらと
見ているし居心地が悪くなったのでさっさとここから出たい。
適当に何本か買って帰るか。メインは銃なわけだし。
「あ、あのぉ~」
「ん?」
さきほど剣を渡してやった店主が俺たちのほうにやってきて声を掛けてきた。
「短剣をお求めでしょうか?」
「ああ」
「それでしたらどうぞ、お好きなものを持っていってください」
「え?いや、そんな……」
多分さっき助けてやったから感謝の意味もこめて言ってくれているんだろうが
別にそのためにやったわけじゃないしなぁ。
「主様!こういうときは素直に好意を受け取ろうよ!ね!!」
くいくいっとレイナが腕を引っ張ってくる。まぁ、そっちがそう言うなら
無理に断る理由もない、か。ただでくれるわけだし俺としても嬉しい限りだ。
「じゃぁこの短剣をもらうよ」
俺が選んだのはレイナが最初に見つけた炎が出る短剣だ。『火』ってのは
かなり重要なものだからな。持っていて損はないはずだ。
「それだけでいいんですか?」
「ああ。もともとサブの武器を買いに来ただけなんでな」
「そうですか。それじゃぁどうぞ持って行ってください。それとあの、もしかして
貴方がた有名なパーティーの一員ですか?」
「どうしてそう思うのー?」
隣のレイナが軽い口調で聞く。
「さっきの手並み。実に見事でしたから。それにあの二人は『赤き空』に縁のある者。並の者ならまず関わりあいになどなりたくないでしょうから」
「まだ駆け出しのパーティーだ。それじゃ、この短剣ありがとな」
短剣を懐に収めレイナと店を出た。
☆
武器屋の一角にユウナギとレイナの後姿を見る者がいた。
目深に帽子を被りグレーのマントを羽織った女性。
「あの御方、一体何者でしょうか」
彼女は先ほどの騒動もそこから眺めていた。あまりに横暴な客だったので
止めに入ろうかと思っていたところに突然現れた人。
先ほど宿屋の廊下ですれ違った者に違いなかった。声からするにまだ10代半ば
くらいの少年だろうが実に堂々とした出で立ちで歴戦の猛者を思わせる雰囲気を
出していた。そしてそれと一緒に何か、得体のしれないものを感じた。
言い知れぬ何か。それが何かはわからないがこれまで生きてきた中で初めて
味わった感覚だ。匂いからするに人間であることは間違いないのだが普通の人間とは根本から違うような気がする。
その後彼女も静かに武器屋を後にした。
☆
「タダで武器が手に入るとはな」
「ラッキーだったね!」
場所は見渡しのいい通り。
俺とレイナは並んで歩いていた。
「主様!なんか食べてから帰ろうよ!」
レイナの提案に俺は頷くことで意思表示した。さっき力をすこし使ったこともあってか小腹が空いた。
「できれば甘いものが食べたいな」
がっつり系のものはあとで宿で取ることになるだろうしここで満腹状態になるのはまずいだろう。
「じゃぁあそこは?ケーキが売ってるみたいだよ!」
ケーキ、か。向こう、日本じゃ誕生日やめでたい日以外は口にすることのない食べ物だった。
「主様~!はやくー!!!」
ぴょんぴょんと跳ねるようにレイナがケーキ屋へと駆けていく。
元気なやつだな。あいつを見ていると自分が年寄りなんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
その後俺とレイナは一つずつケーキを注文しそれを分け合いながら食べ、宿へと戻った。
☆
「俺だ。ゼロ」
そう言うと中から鍵を解除する音がしたあとボルドが顔を覗かせた。
「おいおい、ワシが所持金は?と尋ねてから答える手筈だろ?」
「どっちでもいいだろ」
やれやれ、とボルドは首を左右に振りながらベッドへと腰を下ろした。
俺とレイナもそれに続くようにベッドに並んで腰を下ろす。ちゃんと鍵はかけてある。
「収穫はあったか?」
「ああ。こいつを手に入れた」
そう言って俺はコートの懐から短剣を取り出してボルドに投げ渡す。
「おぉ!こいつは良い品だな!高かったろう?」
「タダでもらったんだよ~!」
レイナが笑いながら答えた。
「タダ?」
レイナの答えに何か不穏なものを感じ取ったのかボルドが顔をしかめる。
それを見てレイナはどうしたの?というような顔をしている。まぁボルドのことだ。
『タダより高いものはない』という言葉を思い浮かべて何があったのか考えているのだろう。
実際その通りだしな。
実はな、と俺は先ほど武器屋であったことをボルドに説明した。
「目立ちたくない、と言っておったのはどこのだれだ」
ボルドは怒ったというよりは呆れたというような感じで苦笑しながら言った。
「いいじゃーん!人助けしたんだからさ!っね、主様?」
同意を求めるようにレイナがこちらを見る。まぁ、確かに人助けをしたわけだがボルドの言いたいことは痛いほどわかる。
「それにこの前ギルドであったやつらが相手だったんだよ!」
ボルドの同意を得ようと思ってか俺は説明する際にわざと伝えていなかったことをレイナが口走る。
「なに!?ほんとか?」
「うん」
レイナがあっさりと肯定する。彼等が赤き空の関係者だということも追加して説明する。
「お前さんなぁ。ただでさえギルドで問題を起こした上に続けざまにこんなことをすれば『赤き空』も黙ってはおらんだろう」
だよな。そう思ったけれどでも助けてしまったものはもう取り返しがつかないわけで。目の前で困っている人がいるのを黙って見ないふりする、なんて鬼のようなことはできないし仕方ないだろう。
「まぁ今更どうこう言っても仕方ない問題か。今後のことを考えたほうが有益だろう」
ボルドが頭を切り替えるように大きく息を吐きだした。
「今回の件で赤き空がワシらをマークした可能性がある。より周囲を警戒しなければならんだろう」
「赤き空のリーダーはどんなやつなんだ?」
「それは戦うことを前提としての質問か?」
真剣な瞳でボルドが俺を見る。
「ああ。いつ戦いになってもおかしくない。そしてそうなったときは俺が奴らの頭と戦う」
それがこのパーティーのリーダーを務める俺の仕事だ。
「正直な話よくわからん。ただ使用魔法は火系統だ」
火。何度かその系統の魔法は見てきた。つい最近まで一緒に戦っていた
「ナナ・サンフォーラル」。炎剣の二つ名を持つ生徒。
「リーダーの名はルージュ。「赤のルージュ」と言われておる」
「もし赤き空との戦いになったらレイナお前はー」
逃げろ、と続けようとした。しかし俺の言葉をレイナが遮る。
「戦うよ、あたしも。だって黒の一行の一員だもん。大丈夫。戦えるよ、主様」
訴えるように俺の目を見つめてくる。
「まぁ、頭数は一人でも大いに越したことはなかろう。だができるだけ戦いたくはないな。まだワシらが挑むには早すぎる」
そこで赤き空の話は終わった。ボルドは留守中何もなかった事の報告をした。
「あ、そういえばさ、同じ階にエルフの子がいるよ!」
レイナが部屋を出たときにすれ違った女性の話をする。ボルドは興味深そうに聞いていた。
「エルフ、か」
ボルドがぼりぼりと頭を掻きながら続ける。
「彼等もかつて人と争った一族。今でこそ表立ってのいざこざはないがな。強力な魔法を使う種族だ。特に「結界魔法」では並ぶものがないとされている」
結界魔法という聞き覚えのない魔法に俺は首をかしげる。
「結界魔法っていうのは簡単に言うと攻撃ではなく防御、補助に特化した魔法なんだよ。多種多様な魔法が揃っていてあらゆる場面に対応出来るんだよ。ただ欠点もあってね、広範囲に加えて継続して魔法が発動してるからかなりの魔力量がないと使い物にならないの。だから人間だとまず使用できないんだよ。まぁ稀にいるみたいだけど」
結界魔法、か。確かに心強そうだ。
「そのエルフが結界魔法の使い手と決まったわけではないがな。あくまでそういう傾向にあるという話だ」
「なるほどな。まぁそのエルフの話はこの辺でいいだろ。それよりお前らこの国をどう思う?」
俺は二人の仲間に質問を投げかける。
「んー、あたしは悪くはないと思うよ。いろんな種族が入り混じってるからあたしたちも浮かないし」
ね~!と同意を求めるようにレイナはボルドを見る。
うむ、とボルドは小さく頷く。二人にとって居心地の悪い国ではないようだ。俺としても過ごしやすい、とまではいかないが普通に滞在できそうだと思っている。
「しばらくは低ランク任務をこなして金を貯めるとしよう。既に目立ちつつあるしこれ以上目立たないためにもな。併せて情報収集も行う」
金も足りないが情報量も不足している。知識は力となる。
遅かれ早かれ目立ってしまうにしても、それまでにある程度の『武器』
は持っておきたい。
「そうだな」
「うん!」
それから細かいことを俺たちは話し合った。




