三人
その夜はお父さんとお母さんが用意してくれた豪華な夕飯を
家族揃って食べた。久しぶりに家族全員で食べる夕飯はとても楽しかった。
「レイナ。何かほしい物はあるかい?」
突然お父さんが夕飯を食べ終えソファに腰掛けて夜空を見上げていたら声をかけてきた。
「急にどうしたの?」
そう言うと父親がソファの隣に腰を下ろながら続けた。
「お前は大変な目にあっただろう?少しでもそのことを忘れられるようにと
思ってな」
大変な目、か。確かにそうだ。とっても怖かった。一人で心細かった。
けど数日前のことを思い出すとそういった恐怖よりも彼と、主様と過ごした
時のことを思い出すのだ。たった数日しか一緒にいられなかったけど、
あんなに心躍る冒険をしたことはなかった。
「欲しいものなんてないよ。それに、怖かったけど、それだけじゃなかったから」
レイナは父親を安心させるようににこやかに笑って言った。
「そうか」
お父さんは何やら考え込んだあと思い出したように口を開いた。
「そういえば今日Aランクの討伐任務をクリアしたパーティーがいたそうだ」
Aランクの討伐任務。かなり高ランクの仕事だ。そういえば今日人間区がやたら騒がしかったような気がする。しかしそれほどの仕事をこなす凄腕のパーティーがこの国にいるなんて珍しい。
「パーティーの名前は?」
「確か『黒の一行』だったかな」
黒の一行?聞いたことのないパーティー名だ。できたばかりのパーティーなの
だろうか?けど結成してすぐAランクの討伐任務を受けるなんて普通じゃない。
通常低ランク任務を受けながら徐々に力とパーティーの連携を深めていくはずだ。
「仕事を受注したのは2mを超えるドワーフだそうだ。ただし外に黒いコートを
来て目深にフードを被った連れがいたそうだが」
そこまで聞いてレイナはそのパーティーがユウナギたちであることに気がついた。
ドワーフはボルドのことだろう。もしかしたら人違いという可能性もあるが
Aランクの討伐任務をクリアできる二人組がそうそういるとは思えない。
それこそトップパーティークラスだ。だがあの二人ならやってのけるだろう。
黒の一行。いずれトップパーティーの一つとして数えられるのもそう遠くは
ないだろう。
「私はそろそろ寝るよ」
そう言って父親は立ち上がり寝室へと行った。母親は家事を終えたあと
疲れたということですでに寝室で休んでいるのでリビングにいるのはレイナ
だけだ。
窓から夜空を見上げると雲に隠れることなく地上を照らす月がそこにあった。
彼と初めて会ったのもこんなふうに月明かりが地上を照らす夜だった。
「あたしは」
あたしは何がしたいのだろう。胸に手を当て自分の心と向き合う。
故郷に戻りたい。それがあたしの願いだと思った。思っていた。
主様が急に消えたのはあたしを故郷に送り届けたから。
きっとこうなるじゃないか、って思っていた。あの人のことだから
わざわざ別れの言葉なんて言わずにさっと消えることくらい分かっていた。
それがうすうす分かっていたのに、あたしは何もできなかった。
あたしは主様ともっといろんなところに行きたい。主様と一緒に旅をしたい。
それがあたしの本当の気持ちだ。
ソファから立ち上がり自室へと向かいながら考える。
主様はいつエイバランスを出発するのだろうか。あまり長居はしないはず。
おそらく先にある『グランバル』を次は目指すだろう。あそこは貿易都市
だから旅に必要なものはある程度そろう。二日。いや、もしかしたら明日の
朝にはこの国を出るかもしれない。
ここではぐれてしまえば合流するのは難しいだろう。なにせグランバルは
広大な敷地面積を誇る。とてもじゃないが一人じゃ探しきれない。
そうなるとエイバランスの出国門で待つしかない。いつ来てもいいように
朝早くから行かなきゃ。あ、旅支度も忘れちゃいけない。
明日の支度を整えレイナは久しぶりに自分のベッドで安らかに眠った。
☆☆☆
ぱちりとレイナは目を覚ました。枕元の時計は午前5時を指している。
「にゃぁ~ぁ~」
あくびを一つしたあとベッドから飛び降りる。
「急いで着替えて行かなきゃ」
早朝とはいえ主様たちがいつ出発するのかわからないのだ。
急いで行くに越したことはない。
あ、そうだ。一つ買っておきたいものがあった。でもこの時間だし
店は開いていないだろう。仕方ない。グランバルで買うとしよう。
レイナは急いで旅支度を整え玄関からではなく自室の窓から飛び降りた。
玄関から出れば両親に気づかれてしまうかもしれないと思ったからだ。
部屋には『旅に出ます。あたしは大丈夫。主様がついてるから』と
書いた手紙を机の上に置いている。
心配することはわかっているけれど、あたしはやっぱり主様と一緒に
いたい。だって主様があたしの『主』なんだから。そしてあたしの願いは主様と
共にいること。共に歩き続けること。
春先だが朝はまだまだ寒い。一応カーディガンを羽織ってはいるが
もう一枚くらい何か着たほうがよかったみたいだ。けど走っていれば
そのうち温かくなるだろう。
レイナは颯爽とまだ人気のないメインストリートを駆け抜けた。
☆
「ユウナギ。起きろ」
「おぅ」
返事はあるもののユウナギはいっこうに起きる様子がない。
「はぁ」
ボルドはあくびではなくため息をつき時計を見やる。時計の針は
朝の7時を指している。そろそろ住民が起き始める時刻だ。
「おい!行くぞ!」
そう言ってボルドはユウナギの両肩を掴み立たせるように持ち上げた。
ついでに肩をばんと叩く。
「ごはっ。いって。おい、お前、昨日言ったよな?優しく起こせって」
「もう二時間近く優しく起こしてやったがお前さんいっこうに起きん
かったろ。むしろ二時間起こし続けたことに感謝してもらいたいものだ」
俺は目をごしごしこすりながら時計を見る。時刻は7時。日もすでに出ている。
「おいおい、もうこんな時間か。うし、出発すんぞ」
「おうよ。本当なら日が昇らないうちに出たかったんだがな」
隣でぼそぼそと文句を言うボルドは無視する。
俺とボルドは急いで部屋を出て階段を駆け下り宿屋を出た。
こういうとき荷物が少ないと支度に時間がかからなくていい。
「このメインストリートを走り抜ければ出国門がある」
「あいよ。んで、走る意味あんの?」
前方を走るボルドに声を荒げながら聞く。正直きつい。朝飯も
食わずに朝から全力疾走なんて何の罰ゲームだよ。
「できるだけ人が少ないうちにでたほうがよいだろう。言っておくが
ワシらはこの国じゃすでにちょっとした有名人になっとるからな」
がはははと嬉しそうにボルドが笑う。
「ったく。下手に人目を集めたくないってのは同意だがよ。お前俺を担いで走ってくれよ。余裕だろ?」
「何を言っている。これも鍛錬の一つと思えば苦しくないだろう。お前さんは体力面に問題がある。それにワシは男を担ぐ趣味は無い」
体力面については自分でも気にしていたことなのでそこを突かれては何も言い返せない。お、出国門がようやく見えてきた。
そこでふと気づく。なにやら人が立っている。俺は目に自信がないので
さすがに顔まではっきりと認識することはできない。
「おっと。これは驚いたな!」
前方を走るボルドが驚いたような声を出す。ドワーフも目がいいのだろうか?
「誰がたってるんだ?」
一向に顔がわからないのでボルドに尋ねる。ボルドの声の感じからするにもしかして俺たちが知っている人物だろうか?っていってもかなり数は限られるわけで。俺とボルドの共通の知人といったら彼女しかいない。
「主様!」
俺の目でも彼女の顔を認識できるくらいまで近づいたところでレイナが声を張り上げた。
「レイナ!?おまえ、どうして……」
どうしてお前がここにいるんだ。せっかく故郷に帰ってこれたお前がなぜ。
俺とボルドは立ち止まりレイナと対面する。彼女は小さなリュックを背負っているだけだ。
「あたし、あたしね。主様と別れたあとすごく寂しかった。お父さんやお母さんが傍にいるのに。それで考えたんだ。ううん。考えなくても初めからわかってた。もっと、もっとたくさん主様と一緒に冒険がしたいんだって」
「レイナ……」
「主様。あたしも一緒に連れて行って!!」
連れて行って、って。どうすりゃいいんだ。そりゃ俺も一緒に来て欲しいという思いはある。彼女は強いし、それに一緒にいると元気を分けてもらえるような気がする。けど、今いる場所は彼女の故郷なわけで、彼女の両親からすれば俺が無理やり連れ去った、みたいにならないか?それにここにいれば危険なこととかかわらずに済むんだ。
そんなことを考えているときだった。後ろのほうから気配を感じたので振り向くとそこにはレイナのように頭から猫耳を生やした二人の男女がいた。
「お父さん、お母さん!?」
レイナが驚いたように声を出す。彼女の様子からして親には内緒で家をでてきたようだ。
「ふふ、さっきまでのレイナ、すごくいい顔をしていたわ」
レイナの母親が優しく笑いながらレイナの傍まで歩いていき彼女の頭にゆっくりと手をおいた。
「ごめん、お母さん。あたし……」
「分かってるわ。行きたいんでしょ?あの人と」
「うん……!」
レイナが力強く頷くのを俺はボルドと共に見ていた。連れて行く事が決定したわけじゃないんだがもう決定事項みたいだな。
「じゃぁはい。これは私からの贈り物よ。受け取って」
レイナの母親がレイナに袋を手渡す。中に何か入っているようだ。
それを受け取ったレイナが袋を開けて中に入っているものを取り出した。
「え!?」
袋の中に入っていたもの。つまりレイナが取り出したものは黒いコートだった。ちょうどボルドが羽織っているのと同じような。
「必要だと思って昨日の晩に織ったのよ。サイズはぴったりのはずよ」
レイナは嬉しそうに貰ったばかりの黒いコートを羽織る。なるほど。確かにサイズはぴったりだ。ぴったりだがなぜ黒なんだ。まさかまた統一感か。黒装束の三人組って、傍から見たら怪しすぎるだろ。
「お母さん、ありがとう!本当にうれしい!!」
レイナと母親のやり取りを見ているときに後ろから声を掛けられた。
「君が『黒の銃騎士』さんかな?」
「え、あーっと、はい」
黒の銃騎士と呼ばれるのにはまだ慣れていない。なんでも俺のことらしいがちょっといかつくないか?騎士ってところとか。
「キルローナでのこと、感謝してもしきれません。あの時私の娘を助けてくれて
本当にありがとうございました。そして、これからもあの子のことをよろしく
お願いします」
「はい」
はい、としか言えねぇよ。こんな切実にお願いされたらよ。ここで無理とか言える奴はたぶん悪魔の化身だよ。
「がははは。それじゃぁそろそろ行こうか」
ボルドが高らかに笑いながら言ったのを合図に俺たちは出国門へと歩み始める。
「行ってきます!必ずいつか帰ってくるから!!」
「気をつけていくのよ!!」
レイナと母親は出国門を出るまでずっと手を振り合っていた。父親のほうは腕を組み仁王立ちして見送っていた。なんというか娘が嫁に出て行くときみたいだった。
「行ってしまったな」
「ええ」
レイナたちが見えなくなったあとレイナの父親、ダドンが妻のアンナの肩にそっと手を置いた。彼女の方は小刻みに震えている。娘のまえでは気丈に振舞っていたもののやはり一人娘が家を出ていくのが辛くないはずがない。
「大丈夫だ。彼ならきっとレイナを守ってくれる」
「はい」
「それにしてもあんなコートを用意していたとはな」
「あの子、黒の一行の話になったときは面白いくらい反応してましたから。喜んでくれてよかった」
「ああ。そうだな。きっとすぐにまたあの子の名前を聞くことができる。彼らはすぐに名を挙げるだろう。何も心配はいらないよ」
ダドンとアンナは寄り添うようにして家へと戻っていった。
☆
「主様!確かエイバランスからは一人で旅をするって言ってたよね?」
「その予定だったんだがまぁいろいろあってな。成り行きでこいつと一緒に
旅をすることになったんだよ」
俺は右隣にいるボルドに視線を向ける。
「がはははは。ああ、そうだ言っておくがワシが「黒の一行」の二番目の仲間だからな」
「ええ!?あたしのほうが主様と出会うの早かったんだけど!」
「正式に仲間になったのはワシのほうが早かった!」
「別にどうでもいいじゃねぇか」
しかしまぁ結局三人で旅をすることになったか。ボルドと昨日決めたパーティールールにも反していないしな。「向こうから入りたいと言ってくること」とかいうルールな。
「そういえばAランクの討伐任務をクリアしたって聞いたよ!」
「おう。まぁワシとユウナギのコンビの前では敵は手も足も出なかったがな」
ボルドの言葉に思わず俺もニッと笑ってしまった。初任務にしては上出来だったからな。
「いいなー。あたしも早く主様と任務をこなしたい!」
「次の国でいやってほどすることになるさ」
俺はレイナに次の目的地であるグランバルで行うことを教えた。
「それだと結構時間がかかりそうだねー」
「うむ。まぁそれほど急ぐ旅でもないしな。ワシとしてはじっくり腰をすえて
旅支度を整えたい。仲間探しも含めて」
「また仲間かよ」
やたらとボルドのやつは仲間にこだわるな。レイナが仲間になったばかりだってのに。
「んーでもあたしも仲間は増やしたほうがいいと思うよ。主様は最終的にSランクの任務もやりたいと思ってるんでしょ?ならなおさら必要だよ。あたしとしては女の子の仲間が欲しいなー」
「ふむ。確かに女一人では心細いだろうな」
ボルドとレイナが仲間の話で盛り上がっている傍ら俺はぼーっと空を見上げていた。
仲間云々のことはこいつらに任せよう。
しっかしまぁこうして森を歩いていると「あいつ」と二人で探索ごっこをしたことを思い出す。
『ユウナギ!もし魔物がでてきたらボクが退治してあげるよ。君はボクより弱いからね』
つり目で挑むような目をした少女。俺と同じ『超能力』を持った存在。
あいつは元気にしているだろうか。エリルの家から出るときも思い出したし
最近やたらと彼女のことが頭を過ぎる。理由はたぶん俺がわくわくしているから
だろう。あいつと二人で探索していた時のように。
●
『ユウナギ!何か明かりになるようなものを持ってないかい?』
『ないよ!ねぇ!帰ろう!怖いよ!』
『まだ来たばっかりじゃないか!それにしてもこんなときに限ってボクたちの力は役に立たないね』
『大丈夫!何かが襲ってきたら『バリアー』を張るよ!』
『それより早くボクが『飲み込む』よ』
彼女との会話が蘇る。結局あの日は夜遅くまで森を探索して何事もなく家に帰ったのだが、終始俺は怖がっていたが彼女と二人ならどんな敵が来ても大丈夫だと安心もしていた。
「ユウナギ?」
上の空だった俺にボルドが話しかけてきた。
「ん?」
「いや、なにやら考え事をしているようだったからな。何を考えていたんだ?」
「大したことじゃない。昨日の夕飯のことだ」
「がはははは。ああ。ありゃぁうまかったからな」
「次はあたしも一緒に食べるからね!」
他愛のない話をしながら俺たちは次の国『グランバル』へと向かった。




