三人目
場所は森。俺とレイナは大木の根元に腰を下ろしていた。
「追っ手はきてないみたい」
息を整えるようにレイナが深呼吸をしながら告げる。
足音などの音を聞き取る能力は彼女のほうが格段に上だ。
「まぁキルローナ国の王族からすれば突然侵入し嵐のごとく
去っていった俺たちも問題だろうがそれよりもバレンテールを
筆頭に腐りきった貴族どものほうが問題なんだろう。所謂
『敵は内に有り』ってやつだ」
権力が強く王族すら物を言えなかったものの国民たちが一斉に
奮起し、それを王が指導すれば貴族たちを黙らせ駆逐することができる
だろう。そういった点から見れば俺たちはキルローナが変わるきっかけを
作ったことになるわけだが、まぁ誰かに褒めてもらいたいなんて思ってない。
俺はただレイナを助けたかっただけだ。
「それにしても主様、ホントに強いんだね!」
何度目かになるかレイナはそればっかり言ってくる。そういやエリルも
会ったばかりの頃は執拗に聞いてきたもんだっけな。
確かに俺が逆の立場ならやっぱり『なんだそれ?』って疑問に思うだろうし
好奇心の対象になるのは仕方がない。
「まだ今の俺じゃぁ一国を相手にするのでせいぜいだがいつかは世界を相手に
戦えるようになってやるさ」
いや別に世界を本気で敵にしようなんて思ってないぞ。ただ世界と戦えるくらいに強くなってやるから、っていう意味だ。世界を敵に回すようなことなんてやるつもりはないし。
「主様ならいつかきっとできるよ!その時はー」
そう言ってレイナは途中で言葉を切った。心なしか表情が曇っている。
何か嫌なことでも思い出したのだろうか?あんまり詮索するのも気が引けるし
黙っとくか。
それから数分の沈黙が俺たちを襲った。
先に口を開いたのはレイナだった。まぁ俺から何か話すつもりはなかったから
彼女が話出さない限り沈黙が続いていただろう。
「一日も歩かない内にあたしの故郷につくよ」
「そうか。じゃぁそこまで連れてったらお別れだな。今日はいろいろあって疲れたしもう寝よう。出発は明日の早朝だ」
「うん。じゃぁおやすみ」
何か言いたげな雰囲気だったが彼女は言葉を言い終えたあと地面に横になった。
なんだかんだあったせいですっかり月が空に高々と昇っている。
深夜0時くらいだろうか。
俺も寝ようかと思ったところで何者かの気配を感じた。
神経をその方向に研ぎ澄ます。勘違いではないようだ。何者かがこちらに向かってきている。
レイナの方を見るとすうすうと小さな寝息を立てている。精神的にも肉体的にも
疲れているのだろう。せっかく寝ているところを起こすのはかわいそうだ。
「ふぅ」
俺は小さく息を吐きできるだけ音を立てないように立ち上がった。
☆
「ん~」
出国門から出てこなかったとなると他にキルローナから出る方法は王族専用の
脱出ルートくらいなはず。ワシはある情報屋からそのことを聞いていたので
迷わず王族専用の脱出ルートに向かってキルローナを出たわけだがなかなか
目的の人物を見つけられなかった。
基本的に人外の種族は人間よりあらゆる探知能力に優れている。獣族なら耳や
目。そしてワシの種族は『魔力』の探知能力。
そして先ほどようやく魔力を探知した。ただし『一人分』だが。
目当ての人物。それは黒いコートに顔をすっぽり覆い隠すフードを被った
少年だ。
数時間前に起きた出来事が今なお頭から離れない。とにかくめちゃくちゃだった。
奴は一人で突っ込み一人で獣族の少女を助け、そして一人で脱出してみせた。
にわかには信じられない。それにあの力。あれはなんだ?何もかもが
驚きの連続だった。
そんなことを考えている時だった。前方に気配を感じ目を凝らす。
そこには月明かりを一身に浴び静かに男が佇んでいる。フードを目深に
被り、ところどころに白いラインの入った裾の長い黒いコートを纏って。
その姿はヒーローというよりはダンジョンの隠れボスといった感じだ。
圧倒的なプレッシャーを放っている。
「っふ、そちらから来てくれるとはな……!」
ワシは目の前の少年を見据えて静かに告げる。額から汗が滴り落ちる。
「お前は宿屋で見かけた奴か。こんな夜更けにこんなところで何してる?」
少年はよく通る声で返事をする。改めて聞くととても澄んだ声だ。
「お前さんを追ってきた、と答えれば納得してくれるかの?」
直後少年がホルスターに収められている銃に手を掛ける。
「ま、まてまて!別にお前さんをとっ捕まえにきたわけじゃない!」
慌てて少年に言った。敵意はない、とばかりに両手を挙げる。
「だったら何の用があって来た?」
これだけ敵意はないと示しているのに少年は銃から手を離さない。
「お前さんに興味が湧いた」
「帰れ」
「おい!それはないだろ!」
少年の速攻の拒否にワシはたじろぐ。年下のくせに生意気な男だな、と思った。
「お前さんあの獣族の少女と旅をしているのだろ?ならば今回のことが起きぬように旅の仲間は多い方がいいんじゃないか?」
その言葉に少年は若干動揺したようだ。ふむ。この辺を攻めてやれば良いみたいだな。
「生憎だがあいつと旅するのは次の国までだ」
「次の国?エイバランス国のことか」
「だから用心棒なんて必要ない。あいつの故郷まで一日もかからないそうだしそれに追っ手ごときに遅れはとらねぇよ」
なるほど。確かにそれならワシは必要なさそうだ。
「まて、ではあの少女を送り届けたあとは一人旅をするということか?」
少年は少し間を空けたあと答えた。
「そうなるな。まぁもともと一人で始めた旅だ。それに一人には慣れている」
なんだか哀愁が漂っている。
「ふむ。そうか。じゃぁワシは勝手についていくことにしよう」
「はぁ?」
「ワシの次の行き先もエイバランスだ。だから旅路が一緒になることは致し方ない
ことだ。そうだろ?」
そう言うと少年はようやく銃から手を離す。こちらに敵意がないということが
分かったのだろうか。
「ほんとに敵意はないのか?悪いが人間は信用ならん」
ん?人間?今この場にいるのはワシと少年だけだから少年の言った人間というのはワシを示すことになるわけだが。
「いや何を言っておる。ワシはどう見ても人間じゃなかろう」
「はぁ?何言ってんだ?」
少年はふざけているわけではないらしい。どうやら本気でワシのことを人間だと
思っているようだ。ふむ。おかしいな。
「ワシは『ドワーフ』。人間からすれば他種族に分類される」
「ドワーフ?嘘つけ。お前でかいし、それに髪も黒だろ」
「? 黒い髪こそドワーフの印だ。それにドワーフの平均身長はお前さんら人間より高いぞ」
その言葉に少年は明らかに動揺している。おかしな少年だ。まぁだからこそ気に入ったのだが。
「嘘だと思うならあの少女に確かめてみるといい」
「ああ。あとで確認しておく」
とことん用心深い男だ。まぁ用心するに越したことはない。
「あの少女は?」
「向こうで寝てる」
「お前さんは寝なくていいのか?」
「もともと睡眠にそれほど時間を掛ける方じゃない。三時間も寝れば
十分だ」
「ほぉ。でも疲れておるだろ?寝たほうがいい。結構歩くことになるぞ」
「お前の前では寝ない」
まったく信用されておらんようだ。まぁ仕方ないか。
「それならワシは明朝までここでじっとしておる。お前さんらの寝てるところには絶対に近づかん」
「それを信じろと?」
「ああ」
数秒ほどの沈黙が流れる。
「ただしもしワシがお前さんが明日ここに迎えに来てくれるまでお前さんらの方に近づかなかったら、その時はワシも一緒に同行させてくれ」
「……。考えておく」
そう言って少年は踵を返した。
「ふむ」
とはいったものの果たして明日迎えに来てくれるだろうか。
獣族の少女の魔力をたどればなんとか足取りはつかめるが
一度警戒されてしまえばこちらとしては思うように後をついていけなくなる。
向こうには獣族の少女がいるわけだからワシの探知もできるわけだし。
ふぅ。ワシも少しだけ寝るか。
そのあと大音量のいびきがユウナギのところまで聞こえてきた。
☆
「にゃぁ~。あ、おはよう、主様」
「おう」
ぼんやりと空を眺めているとレイナが目を覚ました。疲れは取れたようだ。
俺も三時間寝た。あのよくわからん男のいびきのせいで少々寝るのに時間が
かかったが。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが髪が黒いのはドワーフだけか?」
「そうだよ。ドワーフは黒い髪に背が高いのが特徴だよ」
「どんなやつらなんだ?」
「強靭な肉体を持つ種族だよ。それと武器に魔法を宿して闘うタイプの戦士が
多いって聞くかな。あんまり繊細な魔法は使えないみたい」
レイナの言葉を頷きながら聞く。ふむ。どうやら昨夜あった男がドワーフであることは間違いないようだ。俺の中のドワーフのイメージは背が低くて太っちょで鍛冶を職業としてるものだったんだがな。
まぁ必ずしも『人間』のイメージが実在する存在と合っている
とは限らない。
むしろそうじゃないほうが多いのかもしれない。所詮勝手な想像だからな。
「それがどうかしたの?」
「ああ。実はな」
俺は昨日会った男のことを話してやった。一応宿屋で一度会っていることも教えておく。
「へぇ~。そんなことがあったんだ。それでどうするの?」
「どうするかをお前に聞こうと思ったんだ。俺としてはどっちでもいい」
というかまぁどうでもいい。どうせ次に行く国、確かエイバランスだっけか、に行くまで
の間一緒にいるだけだ。一日もない。
「ん~。じゃぁ一緒に行こうよ。旅のお供は多い方がいいよ」
「わかった」
そう言って俺は立ち上がる。
「お前は一応ここにいろ」
そう言い残して俺は昨日ドワーフの男と会った場所に歩いていく。
しばらく歩くとちょうど昨日会った場所にドワーフが胡座をかいて座っていた。
「お、やっときたか」
待っていました、とばかりにドワーフがぽんと膝を叩いて立ち上がる。でかいな。
俺より40cm位高い。まぁ、現段階での話だ。俺の身長はまだまだ伸びる。
「旅の共は多い方がいいからな」
さっきレイナが言ったことをパクらせてもらった。
「まぁ何でもいいさ。ワシはボルドだ」
「ユウナギだ。こっちだ」
俺はドワーフボルトを連れてレイナのもとへと戻った。
「レイナ、こいつがさっき言ったドワーフだ」
「レイナっていうのか。よろしくな。ワシはボルドだ」
「よろしくー!なんだか賑やかになってきたね」
「それも今日で終わりだ。お前を故郷に送り届けてそれで解散だ」
俺の言葉にレイナが何とも言えないような表情をする。
(ふむ。このレイナという少女もしかしてー)
ボルトは思うところがあったがそれを口には出さなかった。
口に出したのは違うことだった。
「まてまて。ワシはお前さんについて行くぞ」
(レイナのことはワシがとやかくいうことでもないだろう。
それにそういうことは自分の口から言うべきことだ)
「どうしてお前と二人で旅なんかしないといけないんだ。絶対
嫌だぞ」
「ドワーフの特徴も知らんくらい世間知らずなくせによう言うな」
「これから知っていく予定なんだよ」
そんなこんなで俺たち三人はレイナの故郷『エイバランス』へと出発した。




