一話 『異世界』
「ん……」
えーっと。なんだ。俺は魔法陣に触れて、光が俺の体を包んで、そのあと
なんだっけ……飛んだ……?もうよくわからねぇ。
瞑っていた目を少しずつ開けた。さきほどの光がまぶしすぎて目を瞑っていたのだ。
目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。といっても現実で見た場所ではなく
『夢』で何度もみた場所だが。聖壇のような場所だ。そう、そしていつもその
聖壇の上に少女がいた。しかし、聖壇に目を向けるとそこに人の姿はなかった。
誰もいない……のか?聖壇のほうはろうそくか何かで光が照らされているものの
聖壇から少し離れた俺のところには光源がなく真っ暗闇というほどではないが
先ほどまで明るいところに居た俺の目はまだこの暗さに適応していない。
少しずつ暗闇になれてきてはいるが。そこで、ぽんと肩をたたかれた。
「!?!?」
俺はさっと肩を叩かれた方を向きながらバク宙した。
本能的な行動だ。きれいに決まったと思ったら長いすに足をすべらせて
転げるように着地した。すごくかっこわるい。足をくじかなかったことだけが
幸いだ。
「だれだ……?」
暗くてよく見えないものの、ぼんやりを見える体格からして女、いや少女のようだ。
背丈は160cmくらいだろうか?
「あ、驚かせてしまってすいません」
俺の推測したとおり、俺の肩に手を置いた者は少女だったようだ。
強く叩かれたわけではないし、謝ってきたことから敵意はないと判断していい
のだろうか。いや、油断はできない。ここは俺の知らない場所で知らない相手だ。
簡単に心を許せば危険な目に遭う可能性がある。細心の注意を持って話そう。
「ここはどこだ?」
俺は警戒を緩めず少女に問う。
「地下聖壇です」
地下聖壇か。聖壇であることはわかっていたが地下にあったとは。
そうかだから暗いのか。今、昼だし。
しかしなんで俺、こんなとこにいるんだ?
なんていうか魔法陣で飛ばされる、っていう展開ってこう王様とか召喚者がいて『よくぞ来られた、勇者殿。貴殿に折いって頼みがあるのだ』
とか言われて伝説の剣とか渡される、んじゃないのか?ゲーム的なものだと。
「人がいないようだが」
そうここには人がいない。一人しか。儀式的な何かを感じさせる雰囲気
ではあるが。
「こんな時間なので」
こんな時間……?昼間だろ……?ってか時間って関係ある?さっきはつい勝手に
自分を『勇者』として召喚されたなどと思い上がったことを考えてしまったが
異世界召喚とかだと『使い魔』みたいな感じのパターンもあるよな。『相棒』
ポジションってやつだ。もしかしてこっちのパターンか?召喚の儀式は神聖
なものなので召喚者のみで行わなければならない、みたいなルールがあるのだろうか?
なんかこっちのほうがしっくりくるぞ。とりあえず当たり障りのないことを
聞いてみよう。いきなり核心に迫る質問をするほど心が落ち着いていない。
「今……何時?」
相手からすれば「は?なに言ってんだこいつ」という感じだろうが、先ほどから
親切に回答してくれる少女なのできっとこの当然のような質問にも答えてくれるだろう、と期待して聞いた。
それにもしこの子が俺を召喚した子ならある程度のことは多めに
見てくれるだろうし。
「今は2時半です」
2時。俺が覚えているかぎり先ほど屋上に向かったのが四時間目が終了してからだから
12時半。となると時差が二時間ほどある世界、なのか?
世界と世界では時間の流れが違う、とかいうのはよくある話だしまぁこの辺は
今気にしても仕方がないことだな。おいおい考えよう。
「よければ出口まで案内しましょうか?」
俺がいろいろ考えていたら少女が声をかけてくれた。
「え、あ、ああ。頼むよ」
あれ?なんていうか思っていた言葉と少し違う。普通こういう場合って契約
事項とか取り決めるんじゃないのか?この少女の言葉からするに『なんか
困ってる人見つけたしとりあえず出口まで案内してあげよう』という感じだ。
まるで召喚したのは彼女ではないような、そんな感じ。
「私、暗くてほかに人がいるとは思いませんでした」
暗くて?いや、昼間だろ、今。よくわかんないけど、まぁ、いっか。
「そうか。よくここには来るのか?」
「はい。ここ最近は毎日」
なんとなく口調がシリアスな感じだ。何らかの理由があってここに足を
運んでいるわけか。その理由まで聞くのはあまりにも無粋だよな。
あんまり話したくないような感じだし。
「着きましたよ」
そういって少女が出口らしき扉を開けてくれた。
違う。何がかというと今まで夢に出てきた助けを求める少女の声とだ。
まぁだからなんなのかと言われたらそれまでだが。ああいう場合声の主が俺を
召喚したと考えるのがスマートだ。つまりこの少女は俺が召喚されたところに
偶然居合わせただけ、なのだろう。じゃぁ俺を召喚した者はどこにいるのだろう。
もしかして何らかの不具合が生じて王城ではなくて地下聖壇に召喚されて
しまったパターンか?
とりあえずありがとう、と言おうとした直後、俺はぴたっと動きを止めた。
え……?
外は暗かった。唯一の明かりは月明かりだけ。まさか、2時ってのはAM2時だったのか……?
もうなんでもいいか。考えても頭がこんがらがるだけだ。
『こっちの世界は夜でした』と割り切って考えよう。時差ボケが少々心配だが
そのうち体が慣れるだろう。何もかもをいきなり理解するのは難しい。無理やり理解したことにするしかない。
ちらっと少女のほうを確認する。
さきほどまで薄暗い道を通ってきたのでお互い相手の顔はよくわからなかったが
月の光が照らす地上へと出たことでようやく互いの顔を確認できるくらいの
光を得た。少女は俺の顔をじーっと見つめていた。少し照れるな。そんなふうに
見られると。
「あ……え……」
隣で少女がなにやらつぶやいている。
何に驚いているんだろうか?別に驚かせるようなことなんてしてない
んだが。もしかしてこっちの世界に俺のそっくりさんがいてその人と
間違われてるとか?これありそうじゃね?となると面倒だな。
いろいろ聞かれると答えに詰まってしまって怪しい人物として警察的な
ものに連れて行かれるかもしれない。そうなると向こうの世界(地球)以上
に窮屈かつ、つまらない日々を送ることになってしまう。
とりあえずこの少女に礼を言ってさっさとここから離れよう。
取り返しがつかなくなってからでは遅いからな。
そのときだった。ドゴゴゴゴゴと爆音が当たりに鳴り響いた。
何だ?ヘリでも飛んできたのか?
「大変……!!」
目の前の少女は音に心当たりがあるらしい。
「急いでこの場を離れましょう!」
お、おう、などと情けない言葉を発してしまったのは、仕方ないとおもう。
それだけ少女の顔が真剣だったのだ。何?もしかしてこの子何かに追われてる
のか?少女の後を追って俺は走り出した。
「おーっと。そこまでだ」
前方から男の声がした。少女の足が止まる。
「な!?」
驚きの声を発する少女。
「いけないなー、こんな時間に外を出歩いちゃぁ~」
ざっざっと男がこちらに近づいてくる。
「っく……」
え、だれ?補導員?
「敵国のこんなかわいい女の子にこんなところで会えるたぁ、夜警なんざめんどくさいと思ってたが夜警万歳だぜ。へっへ」
いやらしい笑いを男が漏らす。敵国?つまりこの少女とこの変態くさい男は
敵対関係にあるわけか。しかしお互い敵どうしの奴がばったり会うってことは
ここはもしかして国境か?地球でも敵対する国同士の国境付近では紛争が
起こっていると聞いたことがある。
「女子供に手をあげるなど、恥を知りなさい」
少女が強気の発言をする。しかし若干言葉が震えているのに俺は気づいた。
ってかなんかさっきと雰囲気違うぞ。凛とした声になっている。
「ん?女一人かと思ったらなんだ、男連れか。はは、男のほうは殺していいな」
愉快そうに兵士がげらげら笑いながら言う。普通に兵士と表現してるけど
内心びびりまくりだぜ。こんなにびびるのは自分の家のトイレの窓に手が
張り付いているのを見たとき以来だわ。あんときは三秒ほど心臓止まった
ような気がした。
ん?何か後ろから近づいてきているような気配を感じたのでさっと振り返る。
「!?」
振り返った先には……巨大な『何か』が飛んでいた。なんだ?
ドラゴン?肌が黒い。いわゆる『黒龍』というやつか。それに、誰か乗っている。
こういうのを目の当たりにすると本当に異世界に来たんだな、って実感する。
実はさっきまで『これもしかしたら夢なんじゃね?実は屋上で寝ちゃって夢を
見ている。だって異世界召喚にしてはなんていうか普通すぎじゃないか?』って
思ってたんだがこの張り詰めた緊張感は間違いなく『リアル』だ。
(馬鹿な。この距離から我が存在に気づくのか。魔法で気配を消したはず。
微妙な魔力痕に気づいたのか?だとすれば桁外れの探知能力だ。そうか、
あの者が王女の言っていた……)
この時、ドラゴンに乗る龍騎士も、そして夕凪もまた知らなかった。
この先、二人がともに「生涯の好敵手」と認め合う関係になるということは。
「おい……後ろ! 」
俺の言葉に反応して少女が後ろを振り返る。
「そんな……龍騎士!! 」
龍騎士!?確かに龍の上に立っているし納得の呼び方だな。
「へへへ。大将。そっちの男のほうはあんたに任せるぜ。」
下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる男が言葉を発する。
大将と呼ばれた龍騎士は言葉を返すことなく俺のほうに向かってきた。
っち。2対2という構図か。って、なに冷静に判断してんだ。
龍なんてものが目の前にいるのによ。これ勝てる見込み
あるのか?というか龍も頭数に入れると3対2じゃねぇか!
そしてこのままいけば俺が龍の相手をする流れになるな。
勘弁してくれよ。異世界に飛ばされて最初の敵がドラゴンとか難易度高すぎ
じゃねぇか?普通低級の魔物を倒してレベルアップするところだよな。
ってか下手したら俺の命ここで終わっちまう。せっかくあの偽りの日常から
解放されたってのにこんな怒涛の展開は望んでいなかった。
まぁ危険度でいえば間違いなく龍騎士のほうが高い。幸い奴の狙いは俺だ。
幸いっていうのは狙いが少女じゃない分少女の生存率が上がる、っていう
意味な。俺としてはまったくもって幸いじゃないけど道案内してくれたり
と世話になったし彼女には生きて欲しい。それにまぁなんだかんだ駄々を
こねたが上等じゃねぇか。もうこの際戦ってやるよ。きっとこれが俺の運命
なんだろう。だったら逃げない。それにきっと逃げられない。
俺はダダっと地を駆ける。少女と一緒に居れば少女を危険に晒すことになる。
「え!?」
突然龍の方向に向かって走り出した俺の行動に驚いた少女が驚きの言葉を発する。
「1対1にもちこむ。いいな?」
2対2だと少女と連携の取れない今の俺ではうまく立ち回れない。それなら
一対一で各個撃破したほうが良い。撃破できるのなら。
「わ……わかりました!!」
「っへ……1対1ねぇー。俺はともかく大将とあのガキが戦えるなんて
本気で思ってるのか?」
男が少女に言う。
少女はあの龍騎士の正体に気づいていた。大陸の半分の領土を支配するグリテン帝国。
帝国には『三大騎士』と呼ばれる三人の戦士がいる。そのうちの一人。
龍を操る者。『龍騎士』バルノ・ガン・レイブン。
目の前の男が強気にでているのも頷ける。三大騎士はグリテン帝国最強の騎士の称号。
三大騎士と渡り合える戦士が大陸に両手の指の数以上いる、とは考えられない。それほどに強いのだ。だが、少女は確信していた。きっと、あの方なら……。
家で見つけた古い伝承の記された本。ところどころ文字の読めない部分は
あったがその本の中に確かに記されていた。
『異界より着たりし少年、世の戦乱を収めん』
地下聖堂に突然現れた見たこともない服を着た少年。触れたときに思ったがあの
材質はこの世界には存在しない。明かりが弱かったため髪の色までは
聖堂の中でははっきりとしなかったが月明かりに照らされた彼の髪の色を見て
驚いた。明るい茶色の髪。この世界には存在しない頭髪の色。
彼が伝承に記された少年なのかはまだわからない。
だけど、今は信じるしかない。
だから私は……この目の前の男を倒す!!
「ほう……この状況においてなお勝機を信じているとは、よほどあのガキを信用
していると見える」
「ええ。あの方は、いずれ大陸中に名を響かせることになります!」
少女は力強く言った。
毎夜のようにグリテン帝国の傘下である国との国境付近に足を運ぶなどと
いう危険を冒したのは、伝承に記された少年と出会うため。
いつか世界を舞台に戦うであろう少年をこの目で見るため。
「っへ。てめぇのその強気な顔がいつまで続くことやら……!!!」
大丈夫。あの方の心配はいらない。だから……
私は私の敵を倒す!!!