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黒の銃騎士   作者:
放浪編
27/37

道中


 太陽が空に昇り木々の間から光が差し込んでいる。

 視界がいいとは言えないが歩けないほどでもない。

 

 俺は昨日で会った獣人の少女『レイナ』と街を目指して森の中を

歩いていた。レイナの話では今日中には森を抜けて街に入れるとのことだった。


主様ぬしさまー。昨日は聞きそびれちゃったんだけどどうして旅なんてしてるの?

しかも一人で」


 横を歩いていたレイナが俺を見上げていった。見上げた、といってもそれほど

角度があるわけではないが。


「一人で旅するのが珍しいのか?」


「珍しいわけじゃないけど主様、魔法が使えないんでしょ?」


 なるほど。レイナは『魔法が使えない弱っちい奴がなぜ危険を冒して一人で旅を

しているのだ?』と聞いているのだろう。もっともな質問だ。


「魔法は使えないがこれでもそこそこ腕は立つほうだと思うぞ。まぁ披露する機会

があれば見せてやるよ」


「強気なこというね、主様。じゃぁ楽しみにしとく!」


 そんなこんなで途中昼飯を食べ俺たちは森を抜け出た。


「ほら!あそこに見えるでしょ!あれが『キルローナ国』だよ」


 興奮気味に話すレイナを軽く無視して目を細めて前方を見る。なるほどうっすらと

入り口らしき門が見えるがそれほど騒ぐほどしっかり見えているわけではない。


「あー、人間と比べてあたしたちは視力が格段に良いんだよ!」


「そうなのか。そいつは便利だな」


 見たところまだまだ歩かなければならないようだ。まぁ日が落ちる前までには

たどり着けそうだ。


「んで、お前はキルローナから逃げてきたんだよな?」


「うん。あの変態から必死で逃げてきたんだよ!」


 変態?ああ、こいつを買おうとした奴か。他者を奴隷にするっていうくらいだし

ある程度の権力を持っているのは間違いない。面倒なことにならなきゃいいが。


「長居はしないほうがよさそうだな。キルローナで一泊して

明日の朝には出発するぞ」


「わかったー!」



 レイナと早足で歩き俺たちは日が暮れる少しまえにキルローナの入口にたどり着いた。


 たどり着いたのだが……。


「んで、ここからどうする?」


 とりあえず俺はレイナに尋ねてみることにした。何に困っているのかというとどうやって

キルローナへと入るかだ。俺たちは今巨大な門の手前の林に潜んでいる。

 門の近くには警備兵が立っており怪しい者がいないか常に目を光らせている。

 通ろうとすると一人の警備兵が近づいていき身分証のようなものを要求し、身分を証明

できるようであればその者の入国を許可する、という形式のようだ。


「えーっと……」


 レイナは思案顔で考えている。


 空間転移で飛び越えることは不可能だ。そもそも門は人が通り抜けるたびに逐一閉められている。

 門の向こうの景色が見えない以上転移できるのは門の手前までだ。門の開いた瞬間を狙って

飛ぶにしてもそう遠くまで見晴らせるわけではないので飛んだ直後にすぐに兵に見つかってしまう。


「お前どうやってここを出たんだ?」


 そういえばレイナはここから逃げてきたと言っていた。ならば当然何らかの手を使って

この門を突破したはずなのだ。


「適当な荷馬車に乗り込んだんだよ」


 適当な荷馬車、か。なるほど。こいつの故郷とは正反対の森で出会ったのはなりふり構わず

荷馬車に乗り込んだせいだったのか。余裕があれば自分の故郷の方向へと向かう荷馬車を選ぶ

こともできたのだろうがそれだけ切羽詰った状況だったということだろう。


「荷馬車の検査はどの程度される?」


「それほど厳重にされるわけじゃないよ。警備兵が御者に荷物が何なのかを聞く。そのあと

手前のほうの荷物を開けてチェックするくらいだから」


 なるほど。それなら確かになんとか突破できそうだ。だが……。


「荷馬車が通らないな」


「キルローナは食料や衣類なんかをほとんど自国で供給してるんだ。だから他国からはあまり

物が運ばれてこない。もちろん運ばれてくる物はゼロじゃないけど大抵そういったものは

貴族が直々に発注したものだから市場には流れないんだよ」


 他国の物を市場へと流通させないのは自国の経済を活性化するためか。たしかに他国から

品質がよく、それでいて価格の安い物が入ってくれば国民はそちらを買うに決まっている。

そうなればもともとその品物を作っていた者たちが大きな痛手を被ることになる。それを

防止するためか。


「それでも完全に防げるわけじゃない。闇市で出回ったりしてるからね」


 闇市か。どの時代、どこの国でも必ずあるものなんだな。それよりも合点がいった。

 他国からの輸入を制限しているにもかかわらず荷馬車のチェックが甘いのはそれらの

品が貴族の物だったからか。これは好都合だ。


「よし、ひとまず荷馬車を待とう。それに乗り込めばキルローナへ入れる」


「でもそのあとはどうするの?あたしも最初荷馬車へ乗り込んで入れる、ってことを

提案しようとしたけど問題はどのタイミングで抜け出るかなんだよ。街中には警備兵が

うろちょろしてるから出ればすぐにバレる。かと言って最後まで乗ってれば貴族の家へ

直行だよ」


「荷馬車の中に入り込めさえすれば俺がなんとかする。心配すんな」


 中に入ってしまえば空間転移で外へ脱出できることは可能なはずだ。

 

「じゃぁ脱出の方は主様に任せるよ。荷馬車の中に入る件については任せておいて。

あたしは人間より耳が良いから遠くからくる荷馬車の音が聞こえたら知らせる。

心構えさえできていれば入り込めるよ」


 そんなこんなで俺たちは息を殺して林の中で隠れていた。どれほど経っただろうか。

 一時間。いや、半時間くらいだろうか。それくらいの時間が経ったとき隣に居るレイナ

がちょんちょんと服の裾を引っ張った。


「きた」


 小声でそうつぶやく。


「どうすればいい?」


 俺も小声で問い返す。荷馬車に忍び込んだことなどない俺にとってレイナはいわばその道の

先輩だ。


「入国門の近くだから荷馬車の御者たちも警戒してる。まずはその警戒を解かなきゃいけない。

あたしが魔法で気を引くから主様は一気に駆け抜けて」


「お前はどうする?」


「あたしの心配はいらないよ。大丈夫。そろそろ荷馬車が来るよ!」


 しばらく待っているとレイナの言うとおり二頭の馬に引かれた荷馬車がやってきた。探知能力

に関してはレイナのほうがはるかに優れているようだ。

 レイナも荷馬車が見えたことを確認したようで詠唱を始めた。なんだか懐かしいな。つい最近

までは嫌ってほど耳にしていたっていうのによ。

 

『風魔法・吹き荒れる嵐』


 レイナが魔法が発動した。巨大な竜巻が入国門目掛けてゆっくりと進んでいる。動きが遅いのは

目的が門をぶっ壊すことではなく警備兵の目を引くことだからだろう。

 俺はすばやく林を抜け出し馬車へと駆ける。空間転移を使いたかったのだが風の竜巻のせいで

土煙が生じて使えない。 

 レイナは先ほどの魔法に続けてさらに魔法を発動しているらしく騒ぎはどんどん拡大している。

 詠唱速度、威力共に先日までいた学園でもトップクラスのレベルだ。なるほど、任せてくれと

言うだけあって魔法の腕はかなり立つようだ。目前に見える荷馬車にさっと俺は乗り込んだ。

 馬車は動きを止めていたので乗り込むのはそれほど難しくなかった。視界が利かないのは

俺だけでなく警備兵や御者共も同じだしな。


 荷物の積んである車から顔を覗かせているとレイナが猛然と掛けてくるのが目に入った。

ものすごい速さだ。駆けるだけならはるかにレイナのほうが速い。残像すら見えるわ。


「主様!」


 レイナが手を伸ばしてきたのでその手を掴み引き上げる。


「言うだけあってたいしたもんだ」


 俺は素直にレイナを褒めた。


「えへへ!次は主様の番だからね!」


 歯を見せて笑うレイナに俺も笑い返す。年は俺と同じなのにこうして無邪気に笑っている

ところを見ると普段以上に幼く見える。


「わかってるよ」


 ぽんとレイナの頭に手を乗せて言った。






「一体何事だ!!」


「わかりません!突然上級魔法クラスの魔法が発生して……」


 門の警備を任さた若い警備兵の報告にグレイスは非常にいらいらしていた。


「魔法が突然発生するものか! 術者は?」


「それが逃してしまいました。というよりも姿を確認することも出来ず……」


「ふぅ」


 グレイスは大きくため息をついた。入国門付近で発生した竜巻を彼は街中

の警備をしている最中に見かけ急いで駆けつけたのだ。

 遠くから確認したかぎりでもレベルの高い魔法であることが分かった。

 あれほどの使い手となると古来より魔法の才が受け継がれている名家の者か

人間よりはるかに多くの魔力を持つ種族の者の仕業だ。そして恐らく後者の方。

 名家出身の人間がこんな騒ぎを起こす必要がどこにもないからだ。盗賊という

線も考えられるが奴らは奴らで入国する手段を持っているし何よりこのように

目立つことはしない。


「どうすればいいのでしょうか?」


 うろたえている若い警備兵を見下ろしグレイスは答えた。


「手の空いている者を全員街中の警備につけろ!」


「っは!」


 なぜこのようなことをしたのかは察しがつく。騒ぎのドサクサにまぎれて

キルローナに入国するためだろう。さきほどの報告で荷馬車が数台入国門付近に

来ているということを確認した。恐らく敵は騒ぎを起こすことで警備兵や御者の

目をそちらに向けたのだろう。だがー


「ふん。出てきたところを叩けばいい話だ。どこの誰かは知らんがこんなことを

して命があるとは思うなよ。荷馬車には特に注意しろ」


 グレイスは不敵に笑いながらじきに来るであろう荷馬車を待ち構えた。




「よし、入った!」


 レイナが小声ながら嬉しそうに言った。

 俺は懐から短刀を取り出し車を覆い隠すように張られている布に小さな穴を

開ける。外の様子を伺うためだ。

 レイナの読み通り荷馬車のチェックはかなり緩かった。だが向こうも馬鹿ではない

らしい。


「見張られているな」


「うん。入るのは簡単。だけど出るのが難しいんだ。といってもあたしは荷馬車がキルローナ

を出たあとに抜け出たからそれほど難しくはなかったけどこんな街中となると……」


 街中を警備している兵士は荷馬車に特に目を光らせている。荷馬車の中に不穏因子が

紛れ込んでいることはすでに分かっているのだろう。まぁ、ばればれだしな。


「こんなに見張られてたら出られないよ」


 頭から生えている耳が下を向いている。彼女の今の気持ちを体現しているようだ。

 無理もない。普通なら見つからずに抜け出ることはかなり困難だろう。普通なら。


「レイナ」


 そう言って俺はレイナを抱き寄せる。


「にゃ!?ちょ、主様!?」


「落ち着け。見つかったらどうする」


 そう言うとレイナは押し黙った。顔が普段より赤くなっているようだが今はそんな

ことに構っている場合ではない。


「これから飛ぶ。しっかり抱きついとけよ」


「え!?飛ぶってー」


「3、2、1ー」


 問答無用でカウントを始めるとレイナはしっかりと俺に腕を回して抱きついた。

 飛んだ直後に突然景色が変わっていたら叫びだしそうなので手でレイナの目元を

覆う。


「ゼロ」


 視界に入った適当な裏路地に焦点を合わせ俺たちは飛んだ。





「ん?」


 聞こえてくる音が先ほどと変わったことで違和感を感じたのかレイナが声を漏らした。


「手をどかすぞ。念の為に言っておくが声は出すなよ」


 そう言って俺はレイナの目を覆い隠していた手をどける。


「うそ!?どういうこと!?」


 レイナが目を見開ききょろきょろと周囲を見渡している。

 どう見ても挙動不審者だが幸い裏路地なので見咎める者はいない。


「言ったろ。任せろって。疑ってたのか?」


「そういうわけじゃないけど、でも驚くでしょ!普通!!」


 そういやエリルもこんな空間転移を見せた時は似たような反応をしていたな。

 それほど昔のことではないのになんだか懐かしい気持ちがこみ上げてくる。


「ほら、こんなところで時間潰してる暇はないぞ。さっさと今日泊まる宿を

探そう」


「あ、うん!」


 レイナは持っていたバッグから帽子を取り出して目深に被る。獣人特有の耳を

見せないようにするためだろう。



 俺たちは暗い路地を出て宿を探すために人の多い表通りを歩き出した。




「なに!?どの荷馬車からも人はでてこなかっただと!?」


 中距離連絡魔法を用いてそれぞれの馬車を見張っている兵士からグレイスは報告を

受けている。


『はい。どの荷馬車からも不穏な人物は出てくることなくすべて貴族の屋敷へと

入っていったということです』


 ばかな。グレイスの目の前には荷馬車が一台貴族の屋敷へと入っていこうとしていた。

 グレイス自ら荷馬車の見張りに参加していたのだ。そしてどの荷馬車からも不穏な人物

が出てこなかったということは消去法で今自分の目の前を通っている荷馬車に紛れ込んで

いたということになる。だがその荷馬車ももう貴族の屋敷へと入っていこうとしている。

 ではどこにいたというのだ!?あの騒ぎはただのイタズラだったとでも言うのか?

 いやそんなはずはない。イタズラにしては発動した魔法が強力すぎる。


「人が忽然と消えた、とでもいうのか……?


 胸騒ぎがする。何か、とんでもないものがこのキルローナに入ってきたような

そんな感覚だ。

 ここキルローナは『光と闇の国』と呼ばれている。鎖国気味ではあるが経済は

非常に発達している。格差に関しても上を見れば筆頭貴族などは一般市民とは比べ物

にならないほどの贅沢をしているものの全体的な生活水準は他国に比べて高い。

 その証拠にキルローナにはスラム街といったものは存在しない。

 これがキルローナの光。そして闇は先ほど言った『貴族』たちだ。『他国』から

連れてきた女娘を『妻』という名の奴隷として屋敷に招いている。噂では荷馬車の

中には年若い娘が積まれているものもあるとか。それだけではない。つい先日は

筆頭貴族『バレンテーラ』が獣人の娘を妻として迎え入れるという話が上がった。

 互いに了承した上での婚約なら問題はないがあのバレンテーラに自ら嫁ぐ娘など

いるはずがない。奴の屋敷には他国から連れ去られてきた娘がいる。自国の娘を

攫わないのはそんなことをすればこの国での評判がダダ下がりになり暮らしにくく

なるからだろう。十分評判は低いがそれでも自分の娘に手を出されないのであればー、

というようにこの国に住まう者たちはバレンテーラには触れないようにしている。


 獣人の少女は無理やり奴隷として買ったに決まっている。だが幸いその少女は

難を逃れたという話だ。もしこんなことが現実になっていれば獣族と戦争になっていた

かもしれない。こんな状況を王が見逃しているのは貴族の力が純粋に強いためだ。

 国にとって必要な兵隊の多くが貴族の私兵によって構成されている。それゆえに

王が強く貴族にモノを言えないという現状を作り出してしまった。


 今回の騒ぎの原因がなんなのかは分からないがとにかく早く解決してしまいたいものだ。


 グレイスはため息をつきながら王城へと帰路についた。

 

 

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