二十一話 『王女との出会い』
模擬戦決勝から一夜明けた学園は騒然としていた。
昨日の決勝における大将戦を思い出し沸き立つ者も
いたがそれ以上に生徒達は『突然の訪問者』に沸き立っていた。
学園入り口にはアルバノスが有する戦士団が整然と並んでいる。
何事だ、と生徒達が騒ぎたっているなか、その喧騒とは反するように
『2-A』の教室内は非常に静だった。
原因は明らかだった。教室の一番後ろで高価な椅子に腰掛ける一人の女性。
アルバノス王国王女 ソラ・エル・アルバノス。
優雅に腰掛ける彼女の存在に気圧されて誰一人として声を
発することすらできず椅子に座り硬直している。
彼女の隣には屈強な男が一人。
アルバノス国魔法騎士団団長バスター・アン・レリクル。
鍛えられた肉体に刻まれた傷は数々の戦を乗り越えてきたことを如実に物語っている。
一時間目が開始して五分たつにも関わらず担任であるセラですら声を出せずにいる。
しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。
学園長から王女が訪問する、ということは聞いていたものの訪問の理由は
学園長も聞かされていないらしく教えてもらえなかった。
「王女殿下、本日はどのような理由でこちらに?」
控えめにセラが王女に問いかける。生徒達もそれが知りたかったのだ、とばかりに
つばを飲み込んで耳に意識を集中する。一字一句聞き逃さないように。
王女は優雅な仕草で立ち上がり透き通る声で言った。
「こちらに参ったのは、昨日の戦いにてすばらしい戦いを繰り広げた
優勝チームに会うためです」
「あ、そ、そうなのですか」
そうなのですか、とセラはいったもののいくらアルバノス国において
優秀な人材を輩出する名門であるこの魔法学園といえど、その学園の
模擬戦優勝チームにわざわざ王女が出向くというのはかなり考えにくい。
仮に会いたいと思ったのなら王城に呼べばいいのではないか、と思う。
そして何より問題なのが今この場に昨日の優勝チームのメンバーが
『一人も』いないということだった。
申し訳なさそうな顔をするセラに王女は優しく言った。
「私が勝手にこちらに来ただけですので、どうか私のことはお気になさらず
授業を進めてください」
は、はい、とセラは遠慮がちにいったあと王女の言うとおりいつもどおりの
授業を始めた。いつもは寝ている生徒も緊張のあまりぴんと背筋を伸ばし
授業を受けている。だがほとんどの生徒は授業に身が入っていない
ことはたやすく想像がつく。なにせ授業をしている自分も何をしゃべっているのか
よくわからないほどに緊張しているのだから。
そんなとき、ガラっとドアが開いて教室に入ってくる生徒がいた。
リサ・ル・マルトーズだ。
彼女は私のほうには一瞥もくれず自分の席へと向かおうとして気づく。
「……!」
アルバノス王国に住むものであれば当然知っている人物。
「昨日の戦い、見事でした」
王女はそういって座ったままリサに頭を下げる。
「いえ」
リサは短く返事をして自分の席へと座った。
その後、少し送れてナナが到着し彼女もまた王女と同じようなやり取りを
した。
三時間目終了間際になりギルバルトが到着。
彼は彼女に気づかず席についてしまった。
腹を押さえていたようだが、腹痛だろうか。
ナナがジェスチャーで後ろに王女がいることを伝える。
訝しげに後ろを見てギルバルトは数秒ほど硬直。
あわてて王女に向かって頭を下げた。
三時間目の終了を伝えるチャイムが鳴り響く。
ちらっと後ろを確認したあとギルはナナの元へと向かう。
席はギルの斜め前に位置しているので3秒もかからない。
「おい、なんで王女がいるんだ?」
ぼそぼそと小声でギルが言う。
「あたしもわかんないわよ。深く考えないなら、模擬戦で優勝した
あたしたちを労いにきた、ってところでしょうけど……」
しかしどうもそれだけではないような気がする。
「んー、っつか、ユウナギはまだなのか」
「あんたも人のこと言えないくらい遅かったじゃない」
「いや、それはおまえ、まぁ、事情があってだな……」
ギルは腹を抑えながら歯切れ悪く言った。
「いつまでいるもつもりなのかね?」
「たぶんユウナギたちがくるまででしょうね。あぁー、今日は授業寝るつもり
だったのに緊張で全然寝れないわ」
「ちげーねぇ」
昨日の今日なので模擬戦での体力、魔力の消耗がまだ回復していない。
つまるところ体力的にも精神的にも非常にきついのだ。
「まぁ、しゃぁねぇか。王女の前で寝るわけにもいかねぇし。ユウナギも
そろそろ来るだろ」
「そうね。さてと、昼最後の授業もがんばりますか」
そのころユウナギたちは馬車に揺られていた。
「ユウナギ様。ご気分はどうですか?」
「ああ。昨日よりは随分マシになった」
「それはよかったです!」
昨日の夜は腹痛に苛まれて結局寝たのは朝方だった。昨夜のことを思い出す。
ギルバルトの家にて行われた『打ち上げ』。エリルたち女子三人が腕によりを
かけて俺たちにご馳走を作るというから最初こそ楽しみにしていたのだがキッチンから
漂ってくる匂いに俺とギルバルトは身の危険を感じたものの逃げられるはずもなく
じっと料理が運ばれてくるのを待っていた。運ばれてきた料理の味については
わざわざ説明する必要もないだろう。まずかった。とっても。まぁ三人とも
箱入り娘のようだし料理なんてやったこともないんだろうから当然の結果では
ある。せっかく作ってくれたものを残せるはずもなく俺とギルバルトは食いまくったよ。
女子三人は『動きすぎて逆にお腹減ってないからお菓子でも食べとくわ』という
具合に菓子ばかりたべていた。味はともかく他人に飯を作ってもらえるってのは何年もなかったので嬉しかったけどな。
「ユウナギ様、学園に着いたら食堂で何か豪華なものを
食べましょう!そうすれば元気もでますよ!」
「おお!!そりゃいい案だな」
食堂の飯なら腹を壊す心配はない。
朝飯は時間がなかったのであまり食えなかったので腹ペコなのだ。
太陽がすでに空に高々と昇っている。
そろそろ昼食の時間だ。
馬車が学園の正門付近まできたところで停車する。
普段は学園の中まで入っていくのでここで停車するのはおかしい。
「どうかしたのですか?」
エリルが御者に尋ねる。
御者からの返事が返ってくる前に馬車の扉が開けられた。
「エリル様。なにやら戦士団が待機しておりこれ以上先に進むことが
できません。申し訳ありませんがこちらでお降りになってください」
戦士団が待機?学園には最低限の防備施設が揃っているし学園が雇っている
戦士が要所要所に配置されているはず。そもそも学生ひとりひとりが自身の身を
守る力は持っているのだから戦士団を派遣する必要はない。
それらのことを考えてはじきだされる結論はひとつ。要人が学園に来ている。
それも尋常ではないほどの大物となれば考えうる人物は王族関係者。王がわざわざ
城を空けてまで学園に来るとは考えにくい。このように自由なことが出来うる人物がいるとすればそれは『王女』だけだ。
「わかりました。ユウナギ様、ここからは歩いていきましょう!」
「おう。なんか騒々しいが大丈夫かよ」
エリルと一緒に馬車から降りて学園へと向かう。
学園の正門には何十人、いや何百人と戦士が整列している。迫力負けしそうに
なる気持ちをなんとか落ち着けながら俺はエリルとともに進む。何かイベントでも
あるのだろうか?特に何も聞かされていないが。ふぅ。なんか喉渇いてきた。
「エリル」
「どうしましたか?」
「すまんが喉がかわいたんで水でも飲んで行くわ。先行っててくれ」
「……わかりました。できるだけ急いできてくださいね!」
一瞬間が空いたのが気になったがエリルはそう言って先に教室へと
向かっていった。『一緒に行きます!』とか言いそうだと思ったんだが心配
いらなかったようだ。
水飲み場は学園内部へと続く通路から左に外れたところにあるはずだ。
「失礼します」
そう言ってエリルは教室へと入る。教室を見回し、そして発見する。自分が予想
していた通りの人物を。
その人物に向かってエリルは頭を下げる。一糸乱れぬ振る舞いで。
「顔を上げてください。公用ではありません。昨日の試合、実に見事なものでした。今日は昨日の優勝チームの方々にお会いしたく参ったのです」
「王女自らわざわざ出向いていただき、その上労いの言葉まで掛けていただけるなんて恐縮です」
そう言いながらエリルは顔を上げる。王女がキョロキョロとあたりを見回しているのが目に入った。誰かを探すかのように。言葉を発さぬ王女の代わりに隣に控える大柄の男が口を開いた。
「ユウナギという少年はどこだ?君と共に来ると聞いていたのだが」
「もうじき来ると思います。狙いはやはりユウナギ様ですか?」
まっすぐ王女を捉えて言う。アルバノスの未来を担う次世代のエースと言われていたユーナを倒したのだ。彼が注目を集めることは最初から分かっていた。
しかしまさか王女直々に会いに来るとは。優勝チームに会いたいとは言っているものの一番会いたいのはユウナギなのだろう。
「狙い、なんて、穏やかな言葉ではありませんね。私はただ会ってみたいだけなの
です。『最弱』と言われながらも傷ひとつ受けることなく『最強』の生徒に完勝
してみせた少年に。そのように思うのは当然ではありませんか?」
そのように言われると言い返す言葉がない。強いて言うなら『じゃぁ城にでも呼べばいいだろ。わざわざ戦士団まで引き連れて来る必要はないだろうに』と言いたかったがさすがにそんなことを王女に言えるはずがない。
これ以上話すこともないのでエリルは自らの席に着いた。それから五分後。
扉ががらっと開いた。
ふぅ。水飲んだらすっきりしたぜ。あぁ腹減った。にしてもいたるところに戦士がいて睨むように見られるのはいい気持ちがしない。
いつも以上に早足になりながらも教室前へとたどり着く。教室の扉の前にも二人の戦士がいてびびった。なんだ、誰かいるのか?
この部屋の中に。まぁいいや、考えてもわかんねぇし。
俺は教室の扉を開けて教室へと入る。特に考えることなく自分の席に向かおうとしたときひとりの女性と目があった。優雅に椅子に腰掛けている。その隣には屈強な男がひとり。
なるほど、この女が要するに身分の高いやつで、んでそいつを守るためにこんだけ戦士を動員してるわけか。
はた迷惑なやつだぜ。とりあえず軽く会釈しておく。
さっさと席に座ろうと思っていたら女性が立ち上がって口を開いた。
「あなたがユウナギ殿ですね?」
「そうだけど?」
「昨日の大将戦、実に見事でした!私あんな胸躍る試合を見たのは初めてです!」
それを聞いていたナナやエリルは自分たちに話しかけてきた時のテンションと
随分違うな、と思った。
「そりゃよかった。えーっと、ところであんた誰?」
ユウナギの言葉に教室に漂っていた空気が更に硬直した。
『おいおい、何言ってんだ!?ギャグかなんかか??』
『やべーぞ、これ。頼むから俺を無事にこの教室から出してくれ』
『こんなことになるって知ってたならあたし今日来なかったのに』
声に出さずにクラスの生徒は心の中で皆同じようなことを思った。
いろいろと知らないことが多いようだったがまさか王女の顔すら知らなかったとは、とエリルは驚いていた。
「貴様、何のつもりだ?」
王女の隣に立つ騎士団長が憤怒の形相で今にもユウナギに襲いかかろうとするのを王女が止める。
背に背負う大剣を男が引き抜こうとしたので俺も腰に下がる『天』『地』に
手を伸ばしていた。彼女が止めなかったらもしかしたらここが戦場となっていた
かもしれない。
「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私はソラ・エル・アルバノス。
アルバノス国の王女です」
「おぉ。そうだったのか」
やっば。王女かよ!?え、俺、王女相手に『誰だお前?』って聞いちゃったのかよ。
そりゃ隣に立ってるいかついおっさんもキレるわ。冷静な感じで返してみたけど俺、大丈夫か……?いや、王女の表情を見るに怒ってはいないみたいだし大丈夫だよな。
「今日は本当に一目お会いしたかっただけなのです。貴方のそのお力を
今後もアルバノスの為に捧げてください」
捧げる、か。騎士は己の剣を国に捧げるというし王女の言葉は『騎士』として言われるのならば
最高の誉なのだろう。しかし俺はその言葉をそのまま飲み込むことができなかった。
「?」
王女はやや不安そうな顔をしながらもこれで用は済んだ、とばかりに椅子から立ち上がる。
「いきなりの訪問、大変失礼しました。ユウナギ殿、またお会いしましょう」
そう言って王女は隣に立っていた男を引き連れて教室から出て行った。
こんだけの為に会いにきたのか。
ーアルバノスの為、か
その後は何事もなく一日が終わった。




