十五話 『水流』VS『土石』
『さて、続きましては次鋒戦!
二年生チームの選手は『水流』のエリル・フォン・リピローグ!!!
水魔法の名家として名を馳せる一族です!どのような試合を見せてくれるのか
楽しみです!!! 』
審判の紹介に観戦客がわあああっと歓声を上げる。
エリルはそれに応えるように涼しげな表情をしながら手を振っている。
『対する三年生チームの選手は『土石』のシーサー・イル・ドーットウィーク!!
みなさんご存知、生徒会一の怠け者!! しかし実力はピカイチです!!
今日はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!! 』
「おいおい、誰が生徒会一の怠け者だって?ったく、ちゃんと仕事もしてんだぜ、
一応よ」
シーサーはいつもどおりとぼけた口調で審判に言い返す。
観客席からは『がんばって!!シーサー君!!』といった黄色い歓声が
聞こえてくる。まぁ確かにあいつの顔は男の俺からみても整っているということは
わかるが俺が女だったら絶対あいつには惚れないな。性格うざすぎだろ。
「まずいわね」
隣に座っているナナが深刻な顔で言う。
「まずいってのは? 」
「二人の魔法の相性よ。水と土の優劣関係では土が優位に立つ。
もちろん相性の優劣が絶対というわけではないわ。例えば火と水ならパッと見
水が有利だけれど火の使い手が優れていれば火の熱で水を蒸発させることが
できる。けれど水と土の場合、中途半端な水の使い手は土を固めてしまい相手の
土魔法の威力を上げてしまうのよ。土を砕くには相手の魔術師よりかなり実力を
有していないと無理ってこと」
なるほど。つまりエリルにとって土魔法の使い手であるシーサーは最悪の相手
というわけか。
『それでは次鋒戦試合を開始します!!! 』
審判が試合開始を宣言する。
エリルはリサ同様に対戦者であるシーサーから距離を取るために
バックステップ。同時に詠唱も唱えている。
「今までどおり遠距離戦闘ってわけね。んじゃ俺はトリッキーに動きまくると
すっかな」
バックステップを取ったエリルに対しシーサーはエリルと正面から相対するのを
避けるように半円を描きながらエリルの右側面へと走り出す。無論詠唱しながら。
こいつらの試合見てたら詠唱しながら動けるのが当たり前に思うけど
一般的にはそうじゃないんだよな。まったくすげぇやつらだ。
控え席にいる俺はそんなことを思いながら闘技場を見つめる。
先に詠唱が完了したのはエリルだった。
『水魔法・流動する水の鞭』
エリルの立っている地面に魔法陣が現れ、輝く。
直後ザアアアアアアと水の流れる音と同時に直径50cmほどのひも状の水が
エリルを守るように彼女を中心として回り始める。
全長にしたらどのくらいあるんだろうな。わからんがかなり長そうだ。
イメージ的には床屋の前に置いてあるあのグルグルしたやつだな。
「ほぉ~。それが『水流』の二つ名の由来となった魔法かい。上級魔法を
ぽんと出せるたぁ、さすがは水魔法の名家ってとこか。なかなかやるじゃんよ」
言葉を言い終えた直後、シーサーは懐からナイフを三本取り出しエリル目掛けて投げる。
しかしそれがエリルに当たることはなかった。
水の鞭が正確に三本のナイフを払い落としたからだ。
「無駄です。この鞭は私に向かってくる魔法や武器にかかわらずどんなものでも
自動で撃ち落とします」
「へぇ、どんなものでも、ねぇ。 じゃぁそのでっけぇ水の鞭が反応できねぇくらい
の速さと量で打ち込んでやるよぉ! 」
走るのをやめてシーサーはエリルに右手をかざす。
『土魔法・土地蔵』
直後、今までシーサーが半円を描いて走ってきた地面に一定の間隔を
空けて魔法陣が現れ、その後1mほどの地蔵が出現する。
「吹き散らせ、土千本」
シーサーの言葉を合図に地蔵ががぱっと口を開ける。
そしてそこから無数の土でできた千本が発射される。
『ザパパパパパパパ』という音が闘技場に響く。
おそらく水と千本が衝突した音だろう。
同時に煙が立ち込め闘技場中心部にいるナナとシーサーの姿が見えなくなる。
「大丈夫なのか?」
控え席からエリルを見守っていた俺は隣のナナに話しかける。
「あの水魔法は二つ名の由来になったほどの魔法よ。
相手の魔法が上級魔法ならともかく、土千本は中級魔法。量こそ多いけれど
流動する水の鞭を打ち破れるほどの威力はない。そしてあの魔法の最大の
利点は死角がないということ。四方八方から飛んでくる魔法は例外なく打ち落とせるのよ」
ナナは自分のことでもないのに得意げに言う。
なるほど。ナナの話を聞いた限りではめちゃくちゃすごい魔法っぽい。
というかすごいんだろうが。なぜだ、この違和感は。
俺は自分でもうまく説明できない違和感を先ほどから感じていた。
「次はエリルが主導権を握るはずよ。相手は土千本をエリルが完全に防ぐことが
できずに直撃し致命傷を負うと踏んでいるんでしょうけどそうはならない」
にやっとナナは笑ってそう付け足した。
会場に響いていた音が止み煙が晴れる。
闘技場には水の鞭を纏ったエリルが『無傷』で立っていた。
うぉおおおおおおおと観客が歓声を上げる。
さすがはリピローグの娘だ!という声が聞こえてくる。
俺はさっとシーサーを見る。
奴は笑っていた。どこにも焦った様子は見当たらない。それどころか
余裕すら感じさせる微笑をたたえている。
やはり、奴は何かを狙っている。
先ほどから違和感を感じていたが一番それを意識したのはナナの
『四方八方』という言葉。本当にエリルの魔法に死角はないのか?
「!?」
俺はハっと目を見開く。いや、死角は存在する。
普段ならそれほど気にならない場所。しかし相手は『土魔法』の使い手。
俺がエリルに呼びかけようとしたときシーサーが高らかに声を上げる。
「ほぉ。今のを完全に防ぎきるとはやるじゃんよ。けどそれは想定内。
わりぃがお前に主導権は握らせねぇよ!!!!」
『土魔法・摩天楼』
シーサーが魔法名を口にした直後、エリルの足元に巨大な魔法陣が出現する。
「な!?!?!?」
エリルは驚愕の声を上げる。
中級魔法にしては詠唱が長すぎると思っていた。その正体がここにきてやっと
わかった。っく……油断した。エリルは悔しさで顔を歪める。
絶望的なこの状況にどうすればいいのか迷った。けれど考えるより早く
体が動いた。
「連結魔法……」
ナナが呆然とつぶやく。
連結魔法?聞いたことないな。なんだそれ。
「異なる魔法の詠唱を連続で行うことよ。やろうと思ってできるものじゃない。
魔力をそれぞれ別のものに二分して込めるなんて普通はできないわ。」
俺はナナから顔をそらし闘技場を見つめる。
ナナが水を纏った状態で上空へと飛んだところだった。
地面に描かれた魔法陣から巨大な塔がエリル目掛けて伸びていく。
ー私がここで負ければチームの優勝は厳しくなる。負けるわけにはいかない。
私はユウナギ様まで回さなければならないんだから!!!!!ー
「はぁああああああああ」
エリルの口から今まで聞いたこともないような叫びが漏れる。
手を交差させたり開いたりしている。その動作に合わせて彼女が纏っていた
水の鞭が一つの巨大な龍へと姿を変える。
『水魔法・直下する水龍』
エリルの言葉を合図に巨大な水の龍が塔目掛けて飛んでいく。
「纏っていた水に新たな魔力を流し込み魔法を書き換えたか。やるねぇ」
シーサーは地上から冷静にその光景を見ていた。
ー思っていた以上にやるじゃんよ。けどまぁ、最後に笑うのは俺だけどね。
「お願い!!あの塔を打ち崩して!!!」
エリルは祈るように言う。
龍と塔が激突する。
『ドドドドドドドドドド』と凄まじい音が生じる。
そして数秒後、ビキビキという音が生じる。何かにヒビが入る音。
その正体はエリルに迫っていた塔にヒビが入る音だった。
直後、塔が盛大に砕け散った。
「やったわ!エリルが相手の魔法を相殺した!」
ナナが拳を上げて喜ぶ。
だが俺はまだ喜べなかった。なぜならシーサーが未だに余裕の表情で
笑っていたからだ。
「やった……!はぁ……相殺できた!」
エリルは祈りが通じたとばかりに喜びの声を上げた。
そんな彼女を次の瞬間さらなる絶望が襲う。
「おぉ。俺の魔法を相殺するたぁ見事だよ。けどよぉ、俺の二つ名を
忘れてもらっちゃぁこまるぜ」
シーサーはニヤっと意地の悪い笑みをたたえて高らかに言い放つ。
「俺は土と石を操ることに長けた『土石』の魔術師だぜ!」
シーサーが先ほどエリルがやっていたように手を動かす。
同時に四方に飛び散っていた塔の残骸である石や土の塊がもう一度
一つの『物体』を形成していく。
『土魔法・飛翔する土龍』
砕けた石や土が形成したのは巨大な龍だった。
ゴゴゴゴと轟音を響かせエリル目掛けてすさまじい速さで飛んでく。
「そんな……」
エリルが絶望したように言う。
相手は二手も三手も先を読んでいた。もっと警戒すべきだった。
私を貫くにしては巨大すぎる土の塔を。
直後エリルを龍が襲った。
『勝者、三年生チームシーサー・イル・ドーットウィーク!!!
さすがは生徒会メンバー!実に見事な試合でした!!!!!!!!』
「すごーい!!!あたし惚れちゃったかも!」
「キャー!シーサー君かっこいい!!」
「あいつ普段とのギャップがすごすぎだろ」
女子は黄色い歓声を、男子はどこか冷めたような感想を送る。
しかしどちらも彼の強さを認めるように拍手を送っている。
「エリル......」
ナナがぽつりとつぶやく。その一言に彼女の今の心境が全て集約されている
ようだった。
「ナナ。しっかりしろ。絶対勝てよ。」
ドンとそれまで黙っていたギルバルトがナナの背中を叩きながら言う。
ナナは驚いた目をしてギルバルトを見つめた。
「そうね。もう後がないのよね。あたしに任せて。必ず一勝を上げてくるから!」
ナナは先ほど暗かったのが嘘のようにやる気に満ちた顔で立ち上がる。
「おう。その意気だぜ。俺らは回ってくるつもりでスタンバっとくぜ」
俺らは、というギルバルトのセリフにナナと自分が勝てるという
自信が現れていることに俺はなんだかこみ上げてくるものを感じた。
「ナナ。お前を信じてるよ」
ナナに向けて短く、されど俺の気持ちを込めて言った。
「うん。行ってくるよ!」
ナナは堂々とした様子で闘技場へと向かっていった。




