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  お家に帰りましょう。③

 これから未来に起きるであろう、友人夫妻のすったもんだを想像して青ざめていると、私を抱えた夫がちょっと揺らして注意を向けさせました。


「おかえり」


 夫の焦げ茶色の目が、私の大好きな目が優しく私を見ています。


 離縁が成立していないということは、本当に、戻っちゃっていいのでしょうか。もう、取り消しとかさせませんよ!?


 ・・・それにしても、夫は、私が隠していた書類を見つけても、それでも何も言わずに私のやりたいようにさせてくれていたんですよね。

 しかも、今。

 夫は私に、お帰りと言ってくれました。


 嬉しいけど、まだきちんと夫に謝っていないですし、お礼もいいたいし、混乱もしているしで、頭の中が自分で思っている以上にぐちゃぐちゃになってしまっていたのですが。


「・・・ただいま、です・・・旦那さま」


 混乱したまま、それでも挨拶を返すと、ぎゅぅっと夫の腕に力が込められて。


 夫が、ふわり、と。

 柔らかく、嬉しそうな笑顔を浮かべました。


 初めて見る、夫の満面の笑顔。


 私は、呼吸も忘れて、食い入るようにその表情を見つめています。


 心臓の鼓動が夫に聞こえてしまいそうなほど、大きく早くなっているのを感じながら、それでも夫から少しも視線を逸らせなくなりました。


 もしかして、夫は、気づいていたんでしょうか。

 離縁の手続きをしてから、心の中ではいつでも「夫」といいながら、ずっと「旦那さま」と呼びかけることができずにいたことを。


「帰ろう」

「っ、はいっ、旦那さま」


 帰ろう、と言ってもらえることが嬉しくて。

 旦那さま、と呼べることが幸せで。

 気付けば、ぼろぼろと涙が溢れてきてしまいました。


 夫がじっと私を見ているので、慌てて涙を止めようとしたのですが、止まりそうにもありません。

 少し乱暴に目元をぬぐっていると、夫がゆっくり顔を近づけてきて。


 ちゅ。


 と右目の涙を吸い取り。


 ちゅ。


 左目の涙も吸い取られ。 


「・・・足りない」


 夫の低いささやきに、えっ? と思った瞬間。

 唇に、熱を持ったように熱い唇が落ちてきました。


 優しく触れ合うだけの口づけでも、頭が沸騰してしまいそうだったのに、柔らかく、湿ったものが丹念に唇の輪郭をなぞっていきます。


 う、うぁぁぁっ!

 ちょっ、それはっ、初心者には厳しすぎますっ!!


「おーい。ほどほどにしないと、また気絶されるぞ?」


 どこかのんびりとしたご同僚の声に、今すぐ気絶したくなりました。

 しかも、人前じゃないですか!! 


 思わず悲鳴を上げそうになった、そのわずかな隙間から、するり、と夫が入ってきた感触に、完全に思考が停止しました。


 頭が、真っ白になります。


 時間をかけてゆっくりと夫に翻弄され、ようやくその唇が離れていったときには、呼吸は乱れ、痛みを感じるほど耳まで真っ赤になってしまっていました。


「止まったな」


 止まったって、それは、もしかして涙のことでしょうか?

 そりゃ、涙も乾きますよ! というか、今すぐまた泣き出しそうです! と、夫を見上げながら睨むと、夫の瞳が眇められ、また唇をふさがれてしまいました。


 だから、なんで!? 


「ま、おたくらは、これで万事解決、かな? 全く、派手なんだか、地味なんだか、よくわからない夫婦喧嘩だったな」


 ご同僚が大きく伸びをしながらそんなことを言いました。


 ・・・もしかしてこれって、夫婦喧嘩した妻が家出をして、夫に連れ戻されたという図になっているのでしょうか。

 なぜでしょう、無性に恥ずかしいっ!!


「ああ、そうだ」


 真っ赤になって慌てふためいている私に様子をじっくりと見ていた夫が、ふと思いついたようにニヤリと笑いました。肉食獣の、笑みです。


「妻を妻にすることは、出来る」

「え?」


 妻を妻に?

 どういう意味だろうと考えていると、やけに艶めかしい動きで夫が私の唇をゆっくりとなぞっていきます。


 触れた部分から伝わってくる熱に、ぞくりと背筋が震えて夫を見上げると、そこには、はっきりと狂おしいまでの熱が灯っていて。


 その熱の意味を正確に理解した途端、私の顔が真っ赤に燃え上がるのを感じました。

 思わず足の怪我のことも忘れて、夫の腕から降りようとすると、逆にシッカリと捕まりました。


「安心しろ」


 夫が野性的な色気をだだ漏れにしながら、捕らえた獲物を吟味するように視線を這わせて来て。


「明日は一日中寝ていて構わない」


 そ、そんな言葉で安心出来る女性がいるわけないでしょうがっ!!


 なんだかもう、いろいろと限界を迎えて、うきゃーうきゃー喚いて暴れる私を抱きかかえたまま、何の苦もなく馬に乗った夫に連れ去られるようにして、帰宅した私は。


 ・・・本当に、一日中、寝る羽目になりました。




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