表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

   お家に帰りましょう。②

 そりゃ、驚きもしますよね。

 私自身、勝手に離縁しておきながらまた戻りたいなんて、どんだけ我が儘なんだって思います。


 でも、それでもやっぱり夫と一緒にいさせて欲しいんです。


 夫の表情と瞳の動きを見逃がすまいと、しっかりと夫を見つめていると、動揺と示して揺れていた瞳が、何かを決意したように動きを止めました。


「・・・それは、出来ない」


 予想していた通りの答えだったのに、夫の口で、声で言われた衝撃は予想以上で。


「っ、どうしても、駄目ですか? 奥さんじゃなくて、ただ一緒にいるだけでも、駄目ですか?」

「どちらも、不可能だ」


 夫の端的な言葉に耐えきれなくなって、一度強く目を瞑りました。


「・・・そう、ですか」


 潔くって言葉の意味が頭から消えて、泣いてすがってしまいたいような気持ちになりました。

 だって、どうしても夫と一緒にいたいです。

 言葉を重ねても、夫から帰ってくるのは拒絶の言葉だけで、それがひどく胸をえぐります。

 それだけの事をしたのだから、仕方ないですよね。

 自業自得だって、分かっています。


 ・・・でも、諦められません。

 こちらにいられる間は、どうしても諦めたくありません。


 目を開けると、変わらず覗き込めてしまえる距離に夫の焦げ茶色の瞳があります。

 そこには、軽蔑も嫌悪も浮かんでいませんでした。


 ・・・うん。

 こうなったら勝手に知り合いから始め直させてもらいましょう。自警団の一員である夫と街中で偶然会うことも、行きつけのお店で偶然会うことだって可能なはずです。

 そう、また挨拶から始めればいいんですよ。

 夫から無視されたって、いつかは返事を返してくれる日が来るかもしれませんし。


 これぞ、『負から零、零から一へ計画』です!


 焦らず気長に、根性出して行きましょう!


 もちろん、夫にこの計画のことは伝えませんよ。逃げられてしまう隙を作るのも、拒否されるのも受け入れられませんから、勝手にやらせてもらいます。覚悟もさせません!


 未来のことは誰にも分からないのですから、今本当にしたいと思うことを、しなければならないことをさせてもらいます。


 こっそり決意を固めていると、いきなり夫が私を抱き上げました。

 な、何事ですか!?

 あまりの勢いに、思わず夫の胸元にしがみついてしまいました。


「家に帰るんだろう?」


 そうですね、レインも心配しているでしょうから、帰らなければいけないんですが、それでどうして私は夫に抱き上げられているのでしょうか?


「また妻にすることも、ただそばに置くだけにすることも不可能だ」


 分かっています、だからこっそり決意を固めていたんです。だって、私も諦めることが不可能ですから。

 夫の胸元にしがみついた手に、ぎゅっと力を込めて胸の痛みをごまかしていると、夫がゆっくりと口を開きました。


「妻だ」

「・・・はい?」

「離縁は、成立していない」


 夫は私を片手に抱き直すと、懐から数枚の紙を出しました。なんでしょう、どことなく見覚えがあるような・・・ってこれ、離縁の書類です!


 え?

 あれ、でも。

 え、どういうことですか。どうしてここに書類の一部があるんですか!?

 だって、書類は全部一箇所にまとめて隠して、メモだって・・・と、一気に大混乱を起こしながら思ったところで、離縁の書類の隙間から、見慣れた私の文字が躍る覚書の一枚がこぼれ出てきました。

 これ、手続き手順の、途中の部分です!

 ちょうどここにある書類についての部分で、焦った文字で、『重要!必ず提出!』と書かれ、手順はどうなっているのか、誰に署名をもらわなければならないのかを説明しています。


 ・・・つまり。

 書類、隠された?


「肝心の書類を提出し忘れたようだな」


 しれっとして言う夫を呆然と見上げると、書類を握りつぶすようにしてしまってしまいました。


「妻を妻には出来ないし、置物にもする気はない」


 通りで、手続きが妙に簡単な気がしたはずです。

 一番重要で、一番時間が掛かる書類がまるっと抜け落ちていたんですから、当たり前ですよ!


「おめぇなぁ。本当にそれで離縁出来ると思ってたのかよ?」


 呆然と夫を見つめていると、それまで沈黙して成り行きを見守っていた店主さまが深いため息をついて言いました。


 その声に驚いて振り向くと、ご友人がたが呆れたようにこちらを見ています。というか、最初から居ましたよね、そういえば!?


 こんなに目立つご友人がた三人なのに、声をかけられるまで存在を感じさせないってどういうことですか!?


 それから、ただでさえ混乱しているのに、さらに煽るような、不可解なやつ、というのが凄く伝わってくる視線で見るのはやめてください、店主さま!


「だ、だって、申請はどちらか片方だけでも出来るんですよね!? 結婚のときだって私サインしていませんし、レインもそれでいいって!」

「それで離縁できりゃぁ、苦労しねぇよ」


 妙に実感を込めた店主さまの吐き捨てるような言葉に思わず硬直すると、ご同僚が間に入ってくれました。


「もちろん、夫婦の片方のサインだけでいいよ。ただし、その代わり相手側の保護者とその地域の諮問神官の署名が必要だけどね。結婚の時だって神官に意思確認されたでしょ」


 ご同僚が、すごくいい笑顔です。そ、そういえば、確かに保護者の友人だという神官が訪ねてきて、世間話的に結婚を望むかどうか聞かれたような気がします。


「そ、そんな。だ、だって、・・・あれ? え、じゃぁ、レインは・・・?」

「口は厄の元だという。少し、黙った方がいいぞ、フィリウス」


 え、ええええっ!? 元夫が冷たい目でご同僚を威嚇していますが、ということは、やっぱりそうなんですか?


 元夫、まだ夫!?


 驚愕の事実に呆然としたままの私に、元・・・友人の夫が恫喝する声で。


「もちろん、君も黙っていられるな?」

「あー、ここは頷いときなよ。ほら、ボウドゥに蹴られたくないだろうし、彼女、仕事続けたいんでしょ?」


 それってつまり、私がバラしたら友人が仕事が出来ない状況になるって脅しですよね?

 思わずチラリとご同僚を見ると、気の毒そうな目で、脅しじゃなくて忠告だよ? と言っているんですが、どっちにしても、結局同じ意味ですよね!?


 ・・・ああ、レイン。

 私が言えた義理じゃありませんが。


 ・・・もっとちゃんと調べましょうよ?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ