19 お家に帰りましょう。①
夢も見ないほどぐっすりと眠って、目が覚めたら、窓の外は夕日で赤く染まっていました。
綺麗な夕焼けです。
寝台からぼんやりと空を眺めて、そういえば、夫に離縁したことを伝えたときもこんな綺麗な夕焼けでしたっけ、と、思ったところで、眠る前までの出来事が一気に蘇ってきて、飛び起きました。
私、話したいことまだ全部話してないのに、途中で寝ちゃいました!
夕焼けがきれい、ってもう夕方!?
どんだけ寝てるんですか、私!?
いきなり起き上がったからか、焦りすぎてしまったせいか、頭がくらりと揺れて、それでも寝台から降りようと床に足をつけたら、激痛が走りました。
うあっ、足、怪我してっ!
怪我のことをすっかり忘れて思いっきり足をついてしまったので、脳天を突き抜けるような痛みに、寝台の上でもがくほか何もできず。
しばらくして、鼓動に合わせて響く鈍い痛みに涙目になりながらも、ゆっくり身体を起しました。
それにしても、寝ている間は全然痛くなかったのは、多少の痛みじゃ気付かないほど深く眠っていたからでしょうか。
大怪我をしていると言われた時はあまり実感がなかったのですが、今は身をもって実感しましたよ。
うん、私、怪我人。
改めて自分に言い聞かせながら、窓の外を見ると、夕陽がどんどん傾いていきます。
リーフェリア祭は、昼間に一番の催し物が開催されるので、行事はほとんど終わっているでしょうね。
夫は、もう帰ってしまったのでしょうか?
自警団として来ているのであれば、事後処理のために、まだ神殿内に残っているかもしれません。
あ、でも、夫はいつも暗くなる前には帰宅していましたから、もう帰り支度をはじめてしまっているかも。
夫に話したいことを全部話そうと思っていたのに、眠気に負けて、一番肝心なことを話せないままになってしまいました。
どうしても今日、夫に聞いてほしいことがあるのに、痛みにのたうち回っている場合じゃないですよ!
意を決して、そっと寝台から降りようとすると、まだ床に触れてさえいないのに、足がずきずきと無視出来ないほど痛みます。
もういっそ、あの頭がくらくらする香炉が欲しい、と思ったところで、体がふわり、と寝台から離れていきました。
あれ?
体が浮いた、と思ったら、もう太い腕に抱き上げられていました。
びっくりして見下ろすと、何をしているんだ、というように焦げ茶色の瞳が私を見上げています。
夫です。
いったい、いつの間に部屋に入ってきたのでしょうか?
いえ、そんなことよりも、まだ帰っていなかったんですね、よかった!
ほっとして、ちょっと笑みを浮かべると、夫は無表情で私を抱きかかえたまま歩き出してしまいました。
え、どこに行くんですか!?
「あ、あの、私、お話ししたいことがっ」
「外で聞く」
ばっさりと切り捨てるようなその言葉の通り、神殿の建物から外に連れ出されたのは、裏門でした。
馬を引いたご友人がたと一緒に、見慣れた黒と焦げ茶の馬、ウーマさんもいて、あっと思った時には、すぐ目の前に駆け寄って来ました。
痛い、痛い?
と、心配そうに私の足に鼻を寄せてくるのですが、決して触れようとはしません。さすが、お利口馬ですね!
私が手を伸ばして馬の鼻先を撫でてあげていると、夫が私をウーマさんの上に座らせました。
あ、こうすると、夫と視線が同じくらいの高さになるんですね。
いつも見上げているので、こうして同じ高さの視線になるのは、初めてかもしれません。
話したいことがあるなら、どうぞ?
と夫の焦げ茶色の目が言っているような気がするのですが、何だかいつもよりも夫を近くに感じて、ちょっと緊張してきてしまいました。
というか、夫が馬の背に手をついたままなので、近くに感じるというより、実際に近いですよね!?
緊張してしまうので、ちょっと離れて欲しいのですが、と言おうとしたら、それより先に視線だけで却下されてしまいました。
いや、せめて交渉くらいさせてくださいよ!? と訴えかけてみたのですが、夫は無視しています。うう、これはダメです、私の意見は通りません。
私は夫の目を見つめたまま、意を決して、大きく息を吸い込みました。
「あのっ、私、一度は神さまの伴侶として黒のリーフェリアになりました。だけど、神さまと離縁させていただいたので、もう、黒のリーフェリアじゃありません。・・・だから」
一気に言ってしまおうと思ったのに、やっぱり躊躇ってしまいました。でも、今言わないと、絶対に後悔してしまいます。身体中から勇気を振り絞り、恥を捨てる時ですよ!
私はこれから、一世一代の我が儘をいいます!
「だから、もう一度、奥さんにしていただけませんか!?」
もし万が一、また渡り人が現れてしまったら、私は渡帰にならなくてはなりません。
でも、それまでの間は、夫と一緒に居たいんです。
・・・夫の瞳がどこか動揺したように揺れました。