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  私のお話をしましょう。②

 突き刺さるような強い視線を感じて、反射的に夫を見上げてしまった私は、そのまま、身動きできなくなりました。


 夫が私を見ています、ものすごく、見ています。

 というか、それはもう、睨むの領域ですよね!?


 な、なんで急に睨まれているんでしょうか?

 焦って天敵の方を見ると、非常にまずいな、というような顔をしていました。

 天敵が何かしたのでしょうか?


 焦げ茶色の瞳には、先ほどまでの穏やかさは微塵も残っていなくて、ただ、荒れ狂う激しい何かが渦巻いています。


「あ、あの・・・」


 音をたてて血の気が引いて行くのを感じつつ、いったい何が、いきなり夫にこれほど険しい色を浮かべさせたのかと不安になりながらも、やっとの思いで声をかけると、夫の大きな手のひらが頬に当てられました。


「聞きたい事がある」

「は、はいっ!」


 なんでも答えますから、どんどん聞いてください!

 だからその、私の息の根を止めてしまいそうな目で睨むのはやめてもらえないでしょうか、と言いたくても、返事をするだけで精いっぱいです。


 緊張に耐え切れなくて固まっている私に向けられた、刺し殺されてしまいそうな鋭い線とは裏腹に、初めて聞くような、どこまでも甘く優しい声で夫が囁きかけてきました。


「訪れし者は、どうやって、帰還する?」


 夫の低い声がゆっくりとその言葉を口にした瞬間、なぜか急に室内の圧迫感が増しました。

 夫と視線合わせているのではっきりとは見えないのですが、視界の隅で元夫と天敵が少し動き、ご同僚と店主さまが立つ位置を変えているようです。


 ど、どうして、いきなりこんなに緊迫した雰囲気になっているのでしょうか。

 とにかく、夫を刺激しないように、素早く答えようと口を開きかけると。


「沈黙しなさい、渡帰となりたいならば!」


 天敵の切迫詰まったような声に、え、と思って振り向こうとしたら、頬に触れている夫の手に阻止されました。


 な、なんだかとんでもない危機にさらされているような気がするのですが、何が危険なのかがさっぱり分かりません。


 どうして天敵は沈黙しろ、なんて言うのでしょうか。


 それに、渡帰となりたいならば、って。

 こちらへ渡り、なおかつ帰ってきた人を指す特別な言葉を知っているということは、天敵は本当に母から信頼されていたんですね。


 混乱して思考が飛び始めていることに気づいた夫は、私の目をしっかりと見つめたまま、口もとに微かな笑みを浮かべました。


 お、夫が笑って・・・!?


 目を見開いた私の下唇を、夫の親指がゆっくりとなぞり。

 ぞくり、と小さく体を震わせると、焦げ茶色の目がすっと眇められました。


 そのまま、唇が触れあってしまいそうなほど、夫が近づいてきて。


「帰還方法、は?」


 眩暈がするほどの甘さと、激しい熱を含んだ声の振動が、私の唇に触れて、反射的にきつく目をつぶってしまいました。


 でも、それは失敗でした。

 見えない分、余計に指の動きが、体温が、はっきりと感覚として伝わってきてしまって、さらに夫が近くなった気がして、体中の血液が沸騰してしまいそうです。


 というか、ひ、人前なのに!

 こんな至近距離は、絶対おかしいですよっ!?


 見えないはずなのに、夫の焼きつけるような視線が、ゆっくりと私の唇をなぞる親指の動きを追っているのを感じて、なぜか急に泣きたくなるような衝動に襲われて。


 も、もう、無理です、限界です!


 追い詰められていく感覚と、わけのわからない焦燥感に耐え切れなくなった私は、せめて夫の手を止めようと、意を決して目を開けました。


 そこには。

 口元に微かな笑みを浮かべたまま、極至近距離で、愉悦さえにじませて待ち構えていた焦げ茶色の瞳が、


 答えるか、喰われるか。

 好きな方を選ぶといい。


 と、はっきりと意思を伝えてきました。


 ・・・夫は、本気です。

 どこまでも本気です。

 それを嫌でも理解させる瞳に、私は真っ白になりながら、思いっきり首を振りました。


 何が危険かなんて分かりませんが、ひとつだけわかる事があります。

 いまの夫に逆らっちゃ、ダメです! 喰われます、冗談じゃなく、比喩でもなく、本当に喰われること間違いなしですっ!


「き、祈祷所デッ、リーフェリア祭が、半地下、デッす!」


 ・・・焦りすぎて声が裏返り、意味不明な言葉の羅列が口から飛び出してきて。


 ちょっとしたきっかけで、今にも何かが起きてしまいそうなほど緊迫していた場が、何とも言えない微妙な空気へと変貌を遂げました。


 うん、自分でも何を言っているんだろうって、思います。


 だから、皆さん。

 ・・・そんなかわいそうな子を見るような目で見るのは、やめて欲しいです・・・。


 あまりのいたたまれなさに泣きそうになりながら、夫の腕の中でできるだけ小さく縮こまると、夫が少し戸惑いながらも慰めるように何度も背中を撫でてくれました。

 ちらり、と夫を見上げると、混沌としたまま、それでいて、どこかやさしい色も浮かべた目が続きを促しています。


「・・・祈祷所、です。リーフェリア祭の翌朝に、祈祷所に差し込む陽の光を浴びれば、帰還できるはずなんです」


 夫に励まされて、きちんと言い直すと、天敵が深くため息をつき、何か小声で毒づいているのが聞こえます。


 夫の瞳から、苛烈な色が消え、代わりに何かを決意したような色がよぎったのですが、すぐに見えなくなりました。


「どうして、断言できる?」 


 何かを考えこんでいる夫の代わりに、元夫がどこか慎重な声で尋ねてきます。


「私の一族は、母は、それで帰って来ましたから」


 凪いだ夫の瞳にほっとして、夫に体を預けたまま、今のうちに話しておきたいことを全部話してしまおう、と思いました。


 ・・・長い話に、なりそうですね。



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