18 私のお話をしましょう。①
足の治療は、神殿内の一室で受けられることになりました。
保護者は、神官長と別室でじっくりと話合いを行うのだとか。
奥方さまに対しては、なんとなくいつもやつれているような気がする保護者ですが、相手が奥方さまでさえなければ、いくらでも他人を追い込み、やつれさせる事ができる方なので、ちょっと神官長が心配です。
陽が昇ったらリーフェリア祭を取り仕切らなければならないはずなのですが、今から保護者と話し合いなんかして、大丈夫なんでしょうか?
そんな心配をしている間に、夫が手早く、しっかりと治療してくれました。
正直、両足は見るに耐えない状態だったのですが、相変わらず痛みはほとんど感じません。足首も足の指もちゃんと動くので、時間がたてばすぐに良くなりそうです。
ただ、困った事が、ひとつ。
どこへ移動するにも夫が私を抱えて運ぶのは、どうにかならないでしょうか!?
物凄く恥ずかしいですし、私を抱える度に不機嫌そうな気配を漂わせるので、非常に心苦しいです。
でも、一度自分で歩くと主張したら、思いっきり睨まれてしまいました。
いや、確かに歩けないかもしれないなぁとは思うんですけど。でも、立っているくらいはできると思うんですよね。
それに、治療の間は椅子に自分で座っていたのに、どうしてまたソファに移動して、そのまま夫の膝の上で抱えられているのでしょうか。
そう思って、夫の膝から降りるべく、一生懸命主張してみたのですが、無言で却下されました。
それでもあきらめきれずに説得を続けていると、黒フードの神官たちを連行して戻ってきた夫の友人たちのうち、元夫が呆れたような視線を向けて来ます。
「感覚が麻痺していて実感がないだろうが、君は大怪我をしている。いざというときに動けないのだから、大人しく抱えられているといい」
意外なところから仲裁が入って、思わず元夫と夫を見比べるのですが、どちらもそれが最善、という目をしています。
・・・そうなんでしょうか?
たしかにまだ神官次長派の神官が隠れていないとは言い切れないですし、急に動かなきゃいけないことがあっても、動けそうにもないです。
ずっと膝に乗っかっているのは申し訳ない気がしますが、ここは甘えさせてもらったほうがいいのかも、と納得した私は力を抜いて、夫に少しだけ、寄りかかりました。
お腹に回された夫の腕に、きゅっ、と力がこもったような気がしたのですが、夫は特になにも言わなかったので、そのままにさせてもらいます。
「感覚が麻痺って、どうしてですか?」
「儀式前に部屋で待たされてる時に香が炊かれてたでしょ? 香に紛れて、神経を麻痺させる薬を吸わされていたんだよ」
元夫の言葉から気になったものを拾って質問すると、どこから持ってきたのか、ご同僚がはい、と香炉を渡してきました。
火はついていませんが、炉口から香るのは、確かにあの香の匂いです。
「ああ、それ以上嗅いじゃ駄目だよ? 今のあんたじゃ、効き過ぎるだろうから」
確かに今も少し、くらっとしました。
そういえば、気合いを入れるために頬を叩いた時も、いい音はしていましたが痛くなかった気がします。
なるほど、これに感覚を麻痺させる薬が混じっていたから、部屋を出るときにひどく眩暈がしていたんですね。
ほぼ丸二日、食事も出来ず、眠れず、立ちっぱなしで、掃除をさせられていたせいでふらふらになったのかと思っていました。
・・・そういえば私、寝ていないし、食事もしていないんでしたっけ。
なんだか思い出したとたんに、どっと疲労と眠気と空腹が襲ってきた気がして、さらに力を抜いて夫に寄りかかりました。
穏やかな目をした夫が、大きくて暖かい手でねぎらうように背中を撫でてくれます。
「腹減ってるみてぇだな。食うか?」
店主さまがどこからともなく、かわいいリボンのついた袋を出してきました。
あ、これ、以前頂いた猫のクッキーです!
ありがたく頂戴して、さくさく感を楽しみながら食べている間に、天敵の治療も終わったようです。
気を利かせた店主さまが全員分のお茶まで淹れてくれたので、ようやく人心地つきました。
疲れているときに甘いものとお茶の組み合わせは、最高ですね!
体に染み渡る糖分と水分にほっと息をついて一息入れていると、ふいに、全身から汗が噴出してくるような威圧感を感じました。
え。
・・・い、一体なにが?