表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/47

  豹変しました。 ③

 この神官たちは、一体どこに隠れていたのでしょうか。全部で、4人。

 黒フードの奥の血走った目が、鋼の反射を映して白く、光っています。


 全てがやけにゆっくりと動いていき、その白い煌きが迫ってくるその光景に、あ、これは死んだな、と思いました。

 背後で夫たちが動いてくれている気配も感じますが、この距離は、間に合いそうにもありません。


 夫と初めて会ったときのこと、初めて朝の挨拶をしてもらえるようになったときのこと、初めて一緒に出かけた日のこと。

 次々と思い浮かんでくるのは、走馬灯、というものでしょうか。


 最後にもう一度、夫に会えてよかったです。

 でも、もっとちゃんと、話をしたかった。

 もっともっと。

 ・・・夫と一緒に居たいです。


 目の前に迫った鋼が、私の肌に食い込む、その直前。


 銀の白い煌めきが黒と茶に遮られ。

 鋼が無理やり砕かれる音が響き。


 目を見開いたままの私が見たのは、折れた剣の先を咥えたまま、体当たりで黒フードの神官を吹っ飛ばした、馬。


「う、ウーマ、さん・・・?」


 夫にウーマと名付けられたその馬もどきは、その体格を存分に活かして、残りの神官たちを文字通り蹴散らしていきます。

 常々丈夫そうな体躯だなぁ、とは思っていたのですが、いつもは穏やかな目に狂気を思わせるほどの怒りを浮かべ、何度でも死んで来い! といわんばかりに神官たちをはじき飛ばし、踏み、頭突きを繰り返しています。


 先ほどの折れた剣を咥えたまま。


「って、ウーマさん!? だ、だめ、ダメです、そんなもの食べたらお腹壊しちゃいますよ!? ペッしなさい、ペッ!」


 あまりのことに、呆然と馬の行動を眺めていたのですが、いくらなんでも、刃物を咥えたまま頭突きとか、絶対そのうち怪我をします! しかも勢いで噛み砕いて食べてしまいそうな気がして、慌てて暴れる馬の首に抱きつきました。


 いや、もし食べちゃったらお腹を壊すどころの騒ぎじゃなくなることはわかっているのですが、ちょっと焦りすぎておかしな言動になっています。


 慌てて馬のたてがみを引っ張りながら、咥えている剣を取り出そうとすると、もうヒビが入っていました。まさか、本当に噛み砕いて食べる気ですか!?


 焦ってぎゃーぎゃー喚きながら、鬣をひっぱり続ける私に、馬はどこか呆れたような視線を注ぎ。

 ちょっと嫌がったあと、やがてぺっ、と折れた剣を吐き出しました。


 ガシャン、という音と共に、私は、その場に座り込んでしまいました。

 心配そうに覗き込んでくる馬の目には、もう狂気も怒りもなく、ただ、おだやかな色だけが浮かんでいます。


 ピクリとも動かない神官たちが、気絶しているのか、死んでしまったのかは、私にはわかりません。

 ただ、馬に弾き飛ばされ踏まれていた最初の一人以外は、右手の甲に何かが刺さっているように見えます。

 夫が、時々手入れをしていた、なにに使うのか良くわからない道具に似ている気がしました。


 夫たちのほうを振り向きたいのですが、あ、足に力が入りません。

 もう絶対、死んだと思いまし・・・っ!?


 動かない体を何とかしようともがいていると、いきなり背後から何の前触れもなく夫の太い腕が私の腰にまわり、抱き上げられたかと思うと、そのまま締め落とされそうな力で締め付けられました。


 く、苦しいっ!

 絶体絶命の危機が去ったと思いきや、な、なぜまた新たな生死の瀬戸際に直面しているのでしょうか!?


「怪我はっ!?」


 怪我どころか、たった今あなたの腕の中で瀕死の重傷者が生産されつつありますよっ! と、こ、答えたいけど、答えられません!

 いや、ほんとに力を弱めてくれないと、私、死んじゃいます、本当に圧死します!!


 耐えきれずに夫の腕をバシバシ叩くと、ようやく少しだけ力を弱めてくれました。こんなに短い時間で二度も死を確信する羽目になるとは思いませんでした・・・。


 ぐったりしていると、なだめるように背中を撫でられ、しっかりと抱き上げられました。


 視界が高くなって周囲を見回すと、天敵が夫の友人たちに指示をだし、捕縛した神官たちと一緒に神官次長がひったてられて行くのが見えます。

 こうやって見ると、この人たちはたった四人でこれだけの人数を捕縛したんですよね。夫を含めてですが、いったい、彼らは何者なのでしょうか。


 ぼんやりと手際よく神官たちを引き立てて行く彼らを見ていたのですが、捕縛された神官次長の憎しみを込めた眼とぶつかりました。


「訪れし者は、去れ! ここは、我々の世界だ!」


 神官次長の叫びが聞こえて、夫の腕がピクリと動きました。

 また気絶したくなるような不穏な気配が夫から伝わってくるのですが、意識だけは飛ばすまいと下っ腹に力を込めつつ、私を守ろうとしてくれている腕にそっと手を触れます。

 腕から緊張は抜けず、仕方ないので、そこから顔だけを出して神官次長に向けました。


「そうです、ここはあなた方の世界。ですから、あなた方の法で裁かれてください」


 どんな刑になるのかは、この世界の法に詳しくないので分からないのですが、もしかしたら無罪放免もあるかもしれません。それならそれでもいいんです。

 私は、訪れし者として、渡り人として、自分のやるべきことをさせてもらっただけですから。


 店主さまが、まだ何かを喚いている神官次長を強制的に引っ立てていきました。

 残ったのは、私と夫と天敵と、床がえぐれた元聖域だけです。


「黒のリーフェリア。あなたにもまだ聞くべきことがありますが、まずは足の手当てが先でしょうね」


 ため息をつくように言われて、つい天敵の足に視線を落とすと、神官服で多少隠れていますが怪我をしているのがわかりました。やっぱり、あの位置にいたら巻き込んでしまいますよね。 

 後味の悪い思いで見ていると、天敵が完璧な微笑み浮かべました。


「私の方はたいした怪我じゃありませんよ。むしろ、あの洗剤の効果を体験できて良かったと思っているのですから」


 あれだけの爆発を起こしたものを「洗剤」だと言ってのけるということは、もしかして。


「母に強力洗剤を開発させたの、あなたですか」


 思わず、半眼になりながら天敵を軽く睨むと、微笑みのまま、あっさりと頷かれました。


「とても面白い発想力の持ち主でしたよ、彼女は」


 ・・・なんてものを開発してるんだ、と思いましたが、天敵が絡んでいては仕方ないのかもしれません。

 小さくため息をつくと、私を抱き上げている夫の腕にちょっと力がこもりました。

 夫を見上げると、どういうことだ、と言うように私を見ています。


「治療しながら、話せばいい」


 天敵の言葉にちょっと頷きました。

 そうですね、私も夫に聞きたいことがありますし、話したいことも沢山あります。


 時間はまだたっぷりあるので、ゆっくりお話しましょうか。

 ・・・ついでに私のお願いも聞いてくれると、嬉しいんですが。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ