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4 夫を躾直します。挨拶をさせましょう。

 このままじゃだめです!

 なにがだめって、次に奥さまになる方との会話が片手で数えられるくらいしかないってありえません!


 そこで私は考えました。

 夫との会話が片手で足りてしまうのは、そもそも、挨拶をしないのが原因だと思うのです。本来、挨拶だけでも片手以上の会話が成り立つはずですから。


 誤解を招かないように言わせていただきますが、私はちゃんと挨拶していますよ?

 ただ、夫から帰ってくるのが、頷きだけなので、会話になっていないんです。

 反応を示してくれるだけ、ましかなぁ、と思っていたのですが、これからはそうはいきません! 


 挨拶は人づきあいの基本中の基本。とっても大事なものです。

 次に奥さまになる方に、挨拶もできない夫かよ、と思わせないためにも、なんとしてもこれは躾なければなりません!


 というわけで、さっそく今朝から躾開始です!


 寝床の奥から慎重に夫の腕に触れます。

 しつこいようですが、この時、いきなりつかんだりしちゃダメです。危険です。寝ぼけた夫の攻撃対象になるような、激しい動きは一切禁止です。あくまで、そっと、そ~っと触れるのが正解です。


 ちなみに昔、寝ぼけた夫に落とされたのは、いきなり腕を揺らしたのが原因でした。


 腕に触れて、とくに反応がなければ、そのままゆっくり動かします。


「旦那さまー、起きてください。朝ですよー」


 最初は小さな声で、それから少しずつ大きくしていく。これも重要です。いきなり大きな音で驚かせてしまうと、びっくりした野生動物(夫)に反射的に抹殺されてしまうかもしれませんから。

 いえ、やられたことはないですよ?

 さすがにそれを経験していたら、今私ここじゃなくて土の中です。


 そうやってしばらく声をかけていると、夫の目が開きました。

 眠っている時の夫はそれこそクマさんのぬいぐるみのように気持ちよさそうに眠っていてかわいらしいのですが、いかんせん、目を覚ました途端に無表情になってしまいます。

 惜しいですね。いっそ寝ぼけたままでいてくれたら、かわいいのに、と思いかけてやめました。

 夫が寝ぼけたままでいたら、私の命がいくつあっても足りません。却下します。


「おはようございます、旦那さま」


 さぁ、ここからが躾開始です。


 夫はいつもの通り頷くと、足をちょっと曲げて、私が通れるだけの隙間を開けてくれます。

 隙間を通って、寝床から降りると、もう一度夫の腕に触れて注意を促します。

 また閉じようとしていた目が、再び開かれ、ちょっと不思議そうに私を見ています。


「旦那さま、おはようございます」


 もう一回、旦那さまの目を見てご挨拶。旦那さまはまたちょっと頷きますが、これで納得しては、未来の奥さまとの会話がある夫婦生活の夢が断たれますから、私、もうひと頑張りしますよ。


「おーはーよーございます」


 ちゃんと聞こえるように少し近づいてもう一度繰り返します。ここまでやったら、ちゃんと声を出して返事をしろ、と言っているも同じでしょう。

 さぁ、どうする、と用心深く夫を見つめていると、夫は二度、ゆっくりと瞬きをしたかと思うと、そのまま目を閉じてしまいました。


 えええっ!? また寝るの!?

 あ、そういえば夫は朝に弱いんでしたっけ。私が着替えて、家のことをして、朝食の用意ができた頃でないと起きて来ませんから、いつも二度寝していますしね。でも、でもですよ、この状態で寝ることはないんじゃないでしょうか?


「おはよーございます、おはようございます、ですよ、旦那さまってば!」


 ここで負けるわけにはいきません! 一度目を覚ました旦那さまは私の命にかかわるような寝ぼけ方はしないはずなので、ここは思い切って腕をゆすって、しつこいくらいに繰り返します。


 おっ、旦那さまがうっすらと目を開けました。

 眠そうな半眼状態は、普通はかわいいものなのかもしれませんが、旦那さまの場合は何やら背筋が寒くなるような気がするのはどうしてでしょう?


「お、おはよー、ございます?」


 思わず腰が引けちゃうのは、しょうがないんです、うん、仕方ない。

 仕方ないんですけど、その動きは失敗でした。

 狩猟動物の前で、逃げるような動きをしちゃダメでした。本能的に追いかけたくなるっていいますよね、そういえば。

 薄目の状態のまま、寝ぼけているとは思えないような素早い動きで捕獲され、抱き込まれてしまいました。


 お、重っ!

 窒息する、圧死する!

 じたばた暴れていると、旦那さまが上に乗っかった状態から、体を少しずらしてくれました。


 呼吸万歳。

 大きく息を吸い込み軽くせき込むと、その様子を旦那さまの半眼が見つめています。

 なんでしょう、どうも生命の危機が去っていないように感じます・・・。


「えっと、おはよーございます?」


 とりあえず、沈黙してこのまま睡眠に入られてしまっても困るので、もう一度声をかけてみました。


 まだどこか寝ぼけた雰囲気の夫は、何事かを考えている様子。

 なんだか非常に嫌な予感がしました。

 が、私が動くよりも先に夫が無表情のまま、顔を近づけて来て。


 ちゅ。


 かわいらしい音をたてて頬に唇を押し当てる感触。

 呆然としている間に、反対側の頬にも。


 ちゅ。


 反応を観察する目とぶつかって、自分の顔が一気に熱くなるのを感じました。


 だ、誰がちゅーしろなんて言いましたか!?

 私はただ、声に出して挨拶をして欲しかっただけで、ちゅーして欲しいなんて一言も言ってないです!!


 ああっ、でも挨拶して欲しいってはっきり言ってなかったです、そう言えば。

 誤解されるようなことをしたつもりは無かったんですが、空気を読まない無い無い尽くしな夫なんですから、ここは私の作戦ミスということでしょうか。


 真っ赤になっているであろう顔のままそっと夫の様子を伺うと、なんの感情も浮かべていない目で私を見ておりました。

 なんだか自分だけわたわたしているみたいで、恥ずかしいし、居た堪れないんですが。とにかく寝床から起きようとすると、夫の腕一本で押さえられました。


 なんでしょうか?

 なんでこちらをじっと見ているのでしょうか。

 なんで自分の頬を指で叩いているのでしょうか。


 ・・・これ、なんの羞恥刑ですか?




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