豹変しました。 ②
え。
あ、ああっ!?
一気に頭のくらくらがとまって、爆発前までなにをしていたかを思い出して青ざめました。
わ、私、さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際でしたよね!?
夫と会えた嬉しさで、自分の置かれた状況を忘れてました!
こ、こんな混乱している状況で、夫に、だ、抱きついてしまっている場合じゃ無いですよ、本当に!
し、しかも、他の方に見られていたなんてっ!
焦って顔に熱が集まるのを感じながら、慌ててしっかりと周囲を見回すと、先ほどの爆発で聖地と呼ばれていた場所の床が大きくえぐれていました。
さすが、母特製の汚れ落とし。
落ちない汚れはありませんね・・・というか、汚れごと本体を爆破させる洗剤って、それはもう洗剤じゃないですよね?
ここまで威力があるなんて聞いてませんでしたよ!?
これは本当に、足だけですんだのは幸運に違いありません。もう少し位置がずれていたら、床と一緒に私も消える羽目になるところでした。
もうちょっとで死ぬところだったと思うと気が遠くなりそうでしたが、気をしっかり持って、さらに周囲を見回すと、爆発に巻き込まれた天敵がかなり離れた場所で起き上がっているのが見えました。
でも、神官次長の姿が見当たりません。
どこに隠れていたのか、武器を持った黒フードの神官が増えているので、それに紛れてしまっているのでしょうか。
首をめぐらせて神官次長を探していると、夫がそっと、私を地面に下ろしました。
いい子にしていなさい、というように、くしゃっと頭を撫でて行きます。
その仕草は、どれもとっても優しかったのですが、夫が背を向けた途端、冷や汗がどっと吹き出てきて、体が硬直してしまいました。
よ、よくわからないのですが。
夫から、漂ってくる不穏な気配は、なんなんでしょうか。
とにかく、今夫の注意がこちらに向くような動きは、絶対にしちゃいけないような気がします。
ええ、ぼやけていた意識がたった今鮮明になりましたとも!
心なしか、足の痛覚も戻りつつあるような気がするのですが、ここは全力で気のせいということにしておきましょう。
ほとんどの黒フードの神官たちが捕らえられているなか、まだ剣を振りまわしている人たちは、なんだか他の神官たちとは動きが違うようです。
本物の刃物を振りまわしている彼らに素手で向かって行く夫に悲鳴を上げそうになったのですが、なぜか悲鳴を上げたのは、夫と対峙した黒フードの神官の方でした。
・・・何が起きているのかは分からないのですが。今の夫には絶対に振り向いて欲しくない気がします。
ええ、切実にそう思います。
ここはとにかく大人しく、静かにしていることにしましょう。
悲鳴を上げていた神官はあっという間に地面に倒れたので、夫には怪我は無いようです。
はらはらしながら見守っていると、夫の進む先に二人の神官に守られるようにして、神官次長が立っていました。
何時の間にか天敵も神官次長の側に寄っています。
「お前たちはいったい・・・なぜこの神聖な儀式の場に部外者がいるのだ!?」
気が触れたように叫ぶ神官次長の声にも、夫の歩みは止まりません。とまらないまま、次々と黒フードの神官たちが地に伏していきます。
「私が招いたんですよ、デールイ神官次長。腕の立つ者を、とおっしゃっていたので、とっておきの凄腕を揃えさせていただいた。お気に召しましたか?」
微笑む天敵が、罠にかかった獲物を食べようとしている蜘蛛のように見えてきて、つい、視線を逸らしてしまいました。やっぱり、この人だけはどうにも苦手です。
「フローイン教師、貴様、裏切るのか!?」
「ええ」
あっさりと。
今は夜ですね、とでもいうように、ごくごく当たり前のことを肯定する声に、神官次長が眼を見開いています。
「あなたは、この神聖な神殿内で邪術を行ってきた。それも神官たちを純潔主義者に育て上げ、洗脳し、数多の訪れし者たちを殺害させた。これは神殿の教義的にも、領地の法的にも、重罪。そうですね、神官長、領主?」
微笑を崩さないまま、少し声を張り上げると、店主さまの影から、二人の人が出てきます。
星明りに照らされたその二人は、厳しい表情を浮かべた神官長さまと、同じような表情をしている保護者でした。
私は驚きのあまり、保護者を凝視してしまいました。まさか、保護者までがここへ来ているなんて。
その瞬間、ものすごく、重い音が響き。
はっとして視線を戻したときには、もう、二人の神官が視界から消え、神官次長がぐったりとした状態で、こちらに背を向けている夫の片手で首を絞められています。
え?
なにが起きているのわからずに呆然と夫を見ていると、微笑を浮かべたままの天敵が、こぶしを握って思いっきり夫を殴りつけました。
え、えええっ!?
「気持ちはわかるが、殺すなといったはずですよ、この馬鹿者が。殺して済むなら、私がとっくにやっている。さっさとその手を離せ」
か、かなり力を込めて殴られたように見えたのですが、夫はふらつきもせず、じっと天敵に視線を向けているようです。
「二度、言わせるな?」
天敵から微笑が消え、真顔で吐息のような声でささやくと、夫は大きく息をついて、首を絞めていた神官次長を地面に投げ捨てました。
投げ捨てられた神官次長は激しく咳き込んでいるので、意識はしっかりしているようです。
というか。天敵の真顔を初めて見たのですが。
なんですか、あれ。全くの別人じゃないですか!
もともとわけのわからない迫力がある人ではありましたが、夫に鍛えられているはずの私が、思わず無意識に後ろに下がってしまいましたよ!?
もしかして、私、これまでとんでもない相手に喧嘩腰で接してきたのでしょうか?
天敵の意外な一面に、だらだらと冷や汗を流しつつ、固唾を呑んで状況を見守っていると、夫がはじかれたようにこちらを見ました。
それに一瞬遅れて、天敵と保護者が。
夫の友人たちが、一斉に私の方を向きました。
その切羽詰った視線に思わずつられるように、私の背後を振り返ったとき。
目の前には、もう。
・・・銀色の輝きが迫ってきていました。