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17 豹変しました。 ①


 焦げ茶色の瞳が、まっすぐに私を見ています。

 星明りだけが頼りの深夜だというのに、なぜかその瞳の色を見分けることが出来ました。


 私が、もう一度、どうしても見たいと思っていた色。


 ・・・旦那さまです。

 夢でも、幻でもない、本物の旦那さまです!


 じわじわと嬉しさが込み上げて来て、もう我慢できませんでした。

 そっと、驚かさないように注意しながら慎重に顔に手を伸ばしてみます。

 途中で少し手を止めて夫の様子をうかがうと、嫌がってはいないようで、ただ、無表情のまま、じっと私を見ています。

 拒否されていないということに勇気を得て、思い切って夫の頬に触れてみました。


 暖かい。

 手のひらから伝わる熱に、懐かしさが込み上げてきました。


 ああ、旦那さまです。

 ・・・少し、痩せたでしょうか。


 無精髭が復活していて、ちょっとふかふか感が戻ってきているのですが、緩衝材の役割は放棄してしまっているようです。ヒゲがあるのに、気安さもぬいぐるみっぽさもありません。


 少し鋭さを増した顔の輪郭と、瞳の奥でギラギラと鋭く輝く物騒な光が、夫を怒り狂う野生動物のようにみせています。


 その物騒な光を真っ正面から受けて、硬直してしまいました。


 ・・・あれ?

 夫の頬に触れたままの手が小刻みに震えだします。


 え。

 もしかして。私、ですか?

 私に怒っていますか!?


 なにに怒っているんだろう、なんてのんきなことを考えてしまいそうになっていましたが、いまや背筋には滝のような冷や汗が流れてます。


 いや、思い当たる節はありますよ? それはもう山のように心当たりがあるのですが、でも、なにも今急に怒りださなくてもいいんじゃないでしょうか!?

 あ、もしかして、頬に触れたのが駄目だったのでしょうか。不快でしたら、すぐにやめますので!

 ああでも、せめてもうちょっとだけ、触れて居たかったな。

 残念に思いながら手を引こうとしたら、夫の大きな手でがっしりと掴まれて、びくとも動かせなくなりました。


 夫は、掴んだ私の手のひらに強く唇を押し付けると、ぎらぎらと輝く強い瞳のまま、手のひら越しに私を見据えています。


「足が」


 うああぁっ、っあ、あしっ!?

 私の足が何か粗相をしましたかっ!?


 夫の絞り出すような低い声の振動が、唇の動きが、そのまま直接手のひらに伝わってきて、一瞬頭の中が沸騰してしまいそうな気がしました。

 久しぶりに聞く夫の声を、耳で聞くだけでなく、肌に触れて体感させられているようで、心臓が変な動きをしています。


 だだだ、ダメです、これ以上手のひらに意識を向けちゃダメです。


 何か他に、そうです、足! 足でした!

 夫のことを蹴るとか踏むとかしているのかと、慌てて自分の足へ視線をさ迷わせて、うわ、と思わず声を上げてしまいました。


 膝から下が大変なことになっています。

 それを見て、ちょっと冷静さを取り戻しました。


 ・・・そうでした、母特製の汚れ落としを使ったから。いくら下に向かっての爆発が特徴だとはいっても、起爆が足元に近過ぎましたしね。

 でも、痛みが全くないのは、どうしてでしょう?


 それにしても、この程度で済んだのは幸運です。これだけきれいに吹き飛ばされたのに、夫のおかげで怪我もないですし。


 そういえば、私を受け止めてくれた夫は怪我などしていないでしょうか?


 かなり勢いよく飛ばされたので、それを受け止めた夫も無傷では済まないと思うのですが。

 夫の身体をペタペタ触ってみると、夫が一瞬大きく震えました。


 やっぱり! 怪我をしているんですね!?

 手当しなくちゃ、と夫の服の裾をまくろうと引っ張ったら、大きな手に押さえられてしまいました。


 手当てをしようとしているのに、どうして、止めるんですか?

 やっぱり私に手当されるのは嫌なのかも、と悲しく思いながら夫を見上げると、私を抱える腕に力がこもり、夫の胸元に顔を押し付けられてしまいました。


 あれ?

 ・・・怪我、していないのでしょうか。

 そういえば、手当しようにも私、お薬を持っていませんでしたね。あと出来る手当てといえば、撫でるか舐めて消毒するくらいしか思いつきません。うん、怪我がなくて何よりです。


 それにしても、暖かくて優しい夫の香りが懐かしくて、心地よくて、ちょっと胸元に顔をこすりつけてしまいました。夫はいつもいい匂いがするのですが、これ、何の匂いでしょうか。気になります。


 ・・・夫と会えて気が抜けてしまったのか、頭のくらくらが再開していて、思考があっちこっちに飛んで収集がつかなくなってきました。


 ちら、と夫を見上げると、焦げ茶色の目が、スッ、と細められ。


 私を抱きかかえ、さらに片手を握ったまま、大きく後ろを蹴るように動き。


 僅かな衝撃が伝わってきたかと思うと、夫の足元に刃物を持った黒フードの神官が一人、うつ伏せに倒れていました。


 ・・・黒フードの、神官?


「フィリウス」

「ごめん、ごめん。小物すぎて見落とした。どうも殺気が薄いとわかりづらいんだよなぁ」


 夫の不機嫌な、地を這うような低い声に軽く答える声には、聞き覚えがありました。


 慌てて顔を上げると、いつか鍛錬所であったご同僚が少し離れた場所で数人の神官から武器を奪って捕縛しています。


「おめぇらな。会えて嬉しいのは分かるがよ、ちったぁ時と場合と状況を考えようや?」

「無粋だぞ、ヴォルフ。ほっておけ」


 さらに離れたところから、聞こえてきた声の方を向けば、夫よりも大きな筋骨隆々とした影と、それに比べるとかなりほっそりとして見える影がありました。

 会話しながらも、彼らも次々と神官たちから武器を奪って捕縛しているようです。


 あれ? ヴォルフって確か、以前夫に連れて行ってもらった素敵な食堂の店主さまのお名前でしたよね。それにあの淡々とした声は、友人の元夫に間違いありません。

 なんで彼らがこんなところにいるのでしょうか。


 ・・・うん? こんなところ?



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