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15 黒のリーフェリアのお仕事です。


 リーフェリア祭の二日前の早朝。

 いよいよ、神殿入りをする日がやってきました。


 保護者宅を訪れてから、奥方さまに削り取られた精神力が回復しないまま、神殿入りの日を迎えてしまいました・・・。


 私、今回の件で、奥方さまに対する認識を改めました。

 奥方さまは、確かに賢妻の名にふさわしい才女で、素晴らしい女性なのですが。


 ・・・怒らせては、いけない方でした。


 何なんでしょう、あの迫力。容赦なく追いつめられて、秘密にしておこうと思っていたことも、そうでないことも、全て洗いざらいしゃべらされてしまいました。

 私がぐったりしていた翌朝に、保護者が亡霊もはだしで逃げ出すほどげっそりとやつれていて、ただ一人、奥方さまがとても爽やかな笑顔でいらっしゃったのは、たぶん・・・気のせいじゃないと思います。

 ええ。私、今後絶対奥方さまを怒らせたりしないと誓いますよっ!


 心なしぐったりしつつも神殿入りするまでの日々を忙しく過ごしていたせいか、あれから夫の夢は見れませんでした。

 時々ふと、近くに夫がいてくれるような、そんな気がするときがあるのですが、現実でも夢でも一度も出てきてくれません。残念です。


 神殿入りする前に、もう一度だけ、あの優しい焦げ茶色の目を見たかったな、と思いかけて、大きく首を振ってその思考を振り払いました。


 私、奥方さまと話していて、決めたんです。

 全部終わったら、自分へのご褒美として、夫に会いに行こうと!

 夫にとっては迷惑だろうな、とも思うのですが、これはご褒美ですから。・・・そういう言い訳をつけて、会いに行こうと思っています。


 さて。

 ご褒美を目指して、ここからが正念場。

 体力気力知力の限りを尽くして、運と根性とで乗り切る場面です!


 強力汚れ落としの考案者でもある母から「根性だけは兄弟一」とお墨付きを貰っていますから、自信ありです。

 もちろん、友人との約束だって、きちんと守ってみせますよ。

 友人は、本当に期日までに私が渡した通りのものを全て揃えて来てくれましたから、今度は私が約束を守る番です。


 心配そうな友人に見送られながら、ひとり気合を入れて、友人宅を出発しました。


 その直後。

 なにか・・・視線のようなものを感じた気がしました。

 周りを見回してみたのですが、早朝ということもあって通りには誰も居ません。

 気のせい、でしょうか?


 ちょっと首をかしげながらも、神殿に到着するまでの間、視線のような、ちょっと頬が熱くなってくるような、その不思議な感じは、ずっとなくなりませんでした。


 女性神官に出迎えられて、神殿入りするまで、ずっと。


 ・・・なぜかその感覚に名残惜しさを感じて、閉まる門を見つめてしまいました。




 門が閉まりきるの見届けると、いつの間にか、かなり先を歩いていた女性神官に促されて、神殿の奥へと向かいます。


 ここからが、黒のリーフェリアとしてのお仕事です!


 まず案内されたのは、禊場でした。

 身を清め、頭から聖水を何度もかぶります。春が来ているとはいえ、暖められてもいない聖水はかなり冷たいのですが、ここはぐっと我慢、我慢。


 それから黒のリーフェリアの正装である袖の長い真っ黒な衣装を身につけ、ついでに必要なものを全て袖の中に隠しておきました。

 この袖、邪魔かと思いきや、意外と便利なんですよね。


 そして、神殿の中でも最奥に位置する本殿で、真っ白な衣装に身を包んだ表のリーフェリアと一緒に、神官長様による神の伴侶となるための儀式を受け、柔らかな桃色の花を預かりました。


 その花を聖室と呼ばれる香を焚き込めた小さな部屋に持って行き、一日かけてお世話をします。

 日の出の直前にやってくる表のリーフェリアと交代すると、見事、黒のリーフェリア、神の伴侶となったことになるのだそうです。

 これで私、また人(神)妻になるわけですね。


 この聖室にいる間、私たちはひたすら聖水を浴びつつ、花に聖水を注ぎます。

 その間、眠ってもいけませんし、座って休む事も出来ません。

 前夜祭の最後の帰還の儀式を行うまで、聖水以外の飲食も禁止されていますので、神の伴侶というのも、なかなか体力勝負ですよ。


 でも、表のリーフェリアにこっそり聞いたら、表はただ待機しているだけでいいのだとか。お祭りの当日が忙しいですから、表のリーフェリアはここでは休んでおけ、という事なのでしょうか。

 うらやましいです。


 休めないのはともかく、聖水以外を口に出来ないのが辛い!

 ここ最近、ちゃんと三食友人の美味しい手料理を食べていたので、もうお腹がすき始めています。それに長いこと香を焚き込めた部屋にいたので、頭がちょっとくらくらしています。


 「香」と言えば聞こえはいいですが、要するに「煙」ですものね。

 私、いまちょっと燻製にされているお魚やお肉の気持ちが分かるような気がします。


 それでも、寝てしまうこともなく、無事に表のリーフェリアと交代したあとは、今度は神殿の半地下にある祈祷所での祈りと清掃が待っています。


 ・・・なぜ、清掃?


 初めてそれを聞いたときは、思わず教官役の女性神官にそのものずばり聞いてしまったのですが、あいまいに微笑んでごまかされてしまいました。

 結局その理由は分からないままなのですが、とにかく黒のリーフェリアは昼の間、神殿のあちこちを巡って祈り、清掃するのが役目なのだとか。


 神さまの伴侶も、家事能力が必要だったとは。

 夫の所で掃除能力を磨いておいておいてよかったです。


 まだ空が白み始めたばかりなのですが、頭がクラクラしていることもあり、早目に移動しておく事にしました。


 半地下、と言ったのはまさに文字通りで、本殿の豪華さからはかけ離れた質素な祈祷所は、その下半分が地下に埋もれています。残り上半分は地上に出ているのですが、外から見ると、物凄く低い祈祷所に見えるに違いありません。


 それになぜか、酷く暗いです。上半分が地上とは言え、まだ日が登っていませんしね。

 ・・・それにしても、真っ暗です。


 一度来たことがあるので、そんなに怖がる事はないと分かってはいるのですが、やっぱり暗いのはちょっと苦手です。

 意味なくビクビクしながら祈祷所で一人座っていると、ようやく、朝日が差し込んで来ました。

 暗闇に慣れた目には、その光はあまりに眩しく、神々しくて直視できません。


 ・・・ああ、これなら、納得です。


 ここは質素だと思っていましたが、光が差し込んできた、ただそれだけで、ここは特別な場所になりました。


 私は心を込めて、掃除しました。


 ここでは香も焚き込められていないので、掃除をしている間に頭のクラクラもだいぶ収まりまってきましたし、もうすぐ別の場所へ移らなければなりません。

 最後にもう一度、光にあふれた祈祷所を眺めてから、移動しました。


 次は、聖誕の間と呼ばれる聖室のひとつです。

 そこは、私たち訪れし者にとっても、非常に縁深い場所ですから、しっかりと汚れを落とさせていただきましょう!

 なにしろ、わざわざ神官次長様自ら念入りに清掃するようにとのお達しがあり、天敵からもくれぐれも手を抜かないように、と言われていますからね。

 ええ、友人の収集能力の結晶とも言えるこの洗剤で、私の清掃能力の限りを尽くし、見事磨き上げて見せましょう!

 ・・・といっても、ここには私一人しかいないんですけどね。


 気合を入れすぎてちょっと筋を痛めつつ、その後は神殿内の数カ所を巡って清掃しながら、夜の訪れを待ちました。

 お腹が空いてますし、ちょっと眠いです。

 夕方頃から、またあの香を焚き込めた部屋で待機になってしまったので、頭もクラクラしてきました。


 もうやる事がないのですが、座るのも禁止なので、壁に寄りかかって立っています。

 時々眠りそうになってしまうのですが、女性の神官にゆり起こされるので、できる事と言えば、ぼんやりと考え事をするくらいです。


 もうすぐ夜ですから、そろそろ夫が帰ってくる頃でしょうか。

 ふいに、夕日を背にして、馬に乗った夫の影が脳裏に浮かんできました。


 あれは、とても綺麗でした。

 もう一度、見てみたいです。


 次々にやりたいことや見たいもの、言いたいことなどが浮かんでくるのですが、それが全部夫に関わることばかりで、ちょっと笑ってしまいました。


 私、もしかしたら。

 自分で思っているよりも、夫のことが好きなのかもしれませんね。


 自分で自分の気持ちが量れないなんて、なんだか不思議です。


 全部終わったら、夫に会えますよ。

 だからご褒美目指して、もうひとがんばり、しましょうね!



 ようやく日が落ち、辺りが黒一色に染まる頃。

 豪奢な衣装に身を包んだ神官たちと、表のリーフェリアが入ってきました。


 ・・・前夜祭が始まります。




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