14 根回ししましょう。
夫の夢を見た翌朝。
額に触れた感触を思い出して悲鳴を上げつつ転げまわっていた私に、寝間着のままの友人が何事かと心配して様子を見に来てくれました。
心配する友人に黙っているわけにも行かず、正直に夕べ見た夢を思い出していたと話すと、私のほうをじっと見て、なんともいえない表情になりながら、小さく頷いて出て行きました。
なんとなく、部屋を出る直前に苦笑されたような気がするのですが、気のせい、ですよね?
私はまだ火照る顔を両手で軽く叩いて冷しつつ、着替えを始めました。
それにしても、夢って凄いですね。
睡眠不足にさせたり、辛い事を思い出させたりもするのに、それと同時に、こんなにも幸せな気分にさせてくれるんですから。
私から一方的に離縁したので、夫に嫌われていても仕方がないとは思っているんです。でも、夢の中の夫は無表情のままながら、穏やかな目で私を見てくれていました。
たったそれだけで。
とても安心した自分がいました。
夢の中だけでも嫌われていないと思うと、それだけで元気とやる気が湧いてきます。
本当に、よい夢を見ました。
前向きになって周囲の手を借りると決めた私は、まずは友人を巻き込むことにしました。
友人は毎日忙しそうにしながらも、必ず私と朝食を一緒に食べてくれています。そして、毎朝少し眠そうにしながらも、身だしなみには全く乱れがありません。もちろん、今朝もビシッと隙のない男装です。さすがオシャレさんですね。
「だいぶ顔色がよくなったようだね。ここ最近の君は亡霊のようだったから」
「心配かけてすみません。でも、もう大丈夫ですよ!」
解決策はこれから考えればいいですし、周りの手を借りると決めてから、道は幾通りにも広がっています。
今朝の夢をちょっと思い出して幸せな気分で答えると、友人はやっぱり生暖かい目で私を見ているような気がするのですが、どうしてでしょうか?
「よく眠れたようでよかった。君は睡眠不足になるといつも暴走するから」
なんでもない、という風に友人が首を振ってそういいました。確かに友人の言うとおり、寝不足のときの私って、いろんな意味で暴走しがちな気が。うん、要注意です。
私は朝食を食べ終わった頃を見計らって、友人にひとつ、頼み事をすることにしました。
「レイン、私はこれからあなたに無茶振りをします」
「・・・なんだい、藪から棒に」
朝食を食べ終えていきなり言い出したので、友人をちょっと警戒させてしまったようです。
いや、無茶ぶりするって予告されて嬉しい人は居ないですよね。ちょっと切り出し方を失敗しました。
「これ、揃えてもらえませんか? 私の神殿入りが前夜祭の前日、リーフェリア祭の2日前からなので、その前に」
用意していた忘備録を手渡すと、友人はざっと中身を確認してちょっと眉を寄せて、口元に手を当てて考えています。
「・・・これは、たしかに無茶振りだ。というか、なにに使うつもりなのかな?」
まぁ、忘備録の中身が中身なので、それは聞かれるだろうなって思ってました。
「それの中の数種類を混ぜると、汚れ落としになるんですよ」
勘のいい友人ですので、たぶんこれだけで私が何をしようとしているのか、ある程度予想がついたのでしょう。特に何も言わずに期日までに用意してくれると約束してくれました。
「・・・ところで、私との約束は覚えているんだろうね?」
友人がついでのように尋ねてきたのですが、いつもはまっすぐな視線が私を心配して揺れ動いているのが分かります。
「もちろんです」
「それなら、いい。料金は出世払いにしといてあげるよ」
しっかりと頷けば、私の意思を尊重してくれました。友人には甘えてばかりですね。いつか、ちゃんとお返ししなくちゃな、と思いながら、今は甘えさせてもらうことにしました。
その後、友人は仕事に、私は神殿に向かいました。
神殿も祭りが近づくにつれて、皆が忙しそうに動き回っている中、今日もやっぱり天敵と神殿内で遭遇してしまいました。
いつもの心得を説いているように見せて、さりげなく隠語を交えて私がいかに黒のリーフェリアにふさわしくないかを熱弁していますが、もちろん全部右から左へ流します。
あまりにも熱弁が止まらないので、夫との離縁を決意した日にしたためた手紙を天敵に叩きつけました。離縁当初は、渡すかどうするか迷って、結局やめておいたのですが、よくよく考えれば天敵相手に遠慮は必要ありませんものね。
これで天敵も見事、私に巻き込まれました!
これほど厄介ごとに巻き込む事に罪悪感を覚えない相手はいませんね!
手紙を受け取った天敵の反応を見ずに廊下をかなりの速さで歩いていたら、神官長様にぶつかってしまい、お叱りを受けたりもしましたが、決して、敵前逃亡したわけじゃありませんよ?
勇気ある撤退ですとも!
神殿での勉強や打ち合わせ、諸々の相談事などを行ったあとは、今度は保護者宅へ移動し、奥方さまにお会いしました。
本来なら、まずは保護者に相談すべきことなのかもしれませんが、正直奥方さまのほうが話しやすいですし、ちょうど保護者は不在だそうなので、遠慮なく奥方さまに私の仮説と、調べたことの結果をお伝えします。
初めは柔らかな笑みを浮かべていた奥方さまの表情が、私の話が進むに連れて、厳しいものになってきました。
「力を貸していただきたいんです」
「あなたが、そう言ってくれるのを待っていたわ」
その強い眼差しに、さまざまな可能性と打つべき手がめまぐるしく浮かんでくるのをみて、やっぱり奥方さまは賢いだけでなく、強い方だと改めて思います。
待っていたという言葉通り、奥方さまはその場で私が必要としていたいくつかの情報を与えてくれただけでなく、すでに神殿内に臨時の警備を配している、ということも教えてくれました。
さらに帰還の儀式といわれている前夜祭には、さらに数名をひそかに派遣することが決まっているのだとか。
おかげで、ほんの少し、私の不安も軽くなりました。
流石は、才女と名高い奥方さま。この手回しのよさは凄すぎです。
「ところで。私からいくつか質問があるの。もちろん、正直に答えてくれるわね?」
ほっとして気を抜いたところを狙ってかけられた声に、思わずびくっ、と肩をすくめたのですが、奥方さまはいつも通りの上品な微笑を浮かべています。
だけど、奥方さま。
・・・目が、笑ってないですよ?
その後、某天敵のような表情のままの奥方さまに、取調べのような質問の数々を浴びせられて精神力を使いはたした私は、保護者宅に泊めていただくことになり。
精神的に疲れきってしまっていた私は、夢も見ずに爆睡してしまいました。
・・・夢が見れなくて、残念です。