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   限りある時間を有効に使いましょう。③



 リーフェリア祭まで、あと12日。


 日中は黒のリーフェリアとしての儀式の手順や作法などを神殿で学びながら、夜は友人宅に戻り調べ物をする日々が続いています。


 先日、神殿で儀式の間を見た時から、私の中に一つの仮説が立ちました。

 私としては、ぜひとも却下したい仮説だったので、その証拠を見つけるために調べに調べました。


 時には奥方さまの元を訪ねて調べ物をしたり、友人に頼んで街の有識者を紹介してもらって所蔵の書物を調べたり、街の生き字引と呼ばれる老人たちに話を聞いたり。必要があれば、神殿の書庫に忍び込んだり、保護者に直接お願いして機密情報を見せていただいたりしました。

 

 そうやって調べれば、調べるほどに、私がたてた一つの仮説が正しい気がしてきてしまいます。

 それでも、否定できる要素を探して調べていたのですが、その仮説が確信にいたった今日。何もする気になれなくなって、神殿に行ったほかは、友人宅に引きこもりました。


 許容量を軽く超えた事態に、考えなければならないことはたくさんあるのに頭がからから音をたてて回るだけで、何も思いつかなくなっています。


 友人に用意してもらった部屋で、寝台の上に寝転び、頭を抱えました。


 ・・・もう、なにもかも、私の限界値を突破している気がします。

 叫びたい。

 思いっきり叫んだら、少しはすっきりしそうな気がするのですが、とりあえず、友人に物凄く心配をかけてしまう事だけは確実ですよね。

 

 睡眠不足もとっくの昔に限界値を振り切ってしまっているので、思考回路がおかしくなっているのかもしれません。


 仮眠はとっているのですが、ここ最近ひどく夢見が悪くて寝ると余計に疲れちゃうんですよね。でも体力的にもそろそろ寝ないと倒れてしまいそうですし。

 目の下にできているクマが、目の上まで侵食してきたらどうしましょう。


 重要なことと取り留めのないことが、ぐるぐると回り続ける自分の思考に翻弄されているうちに、どうやら気づかないうちに眠ってしまっていたようです。


 ・・・夢をみました。


 テラスに続く大きな窓が、音を立てずに開き。

 そこに、夫が、立っている夢です。


 どうして、ここに夫がいるのでしょうか?


 寝台から起き上がりながら、友人が私に用意してくれた部屋は三階なのにいったいどうやってここまで来たんだろう、と不思議に思ったのですが、これは夢ですからなんでもありなんですよね、きっと。

 でも、夢だとわかっていても、やっぱり聞きたくなってしまいます。


「どうして、ここにいるんですか?」

「・・・どうして、かな」


 私が夫の夢を見るときは、現実に輪をかけて無口で一言も喋らないことが多いのですが、この夢の夫は低く囁くような声で返事をしてくれました。


「これ、夢、ですよね?」

「・・・夢だ」


 思わず確認してしまうと、夫がまた返事をしてくれました。すごい。これはすごくいい夢に違いありません!

 だんだん嬉しくなってきて、嬉しさのあまり、調子に乗ってしまいそうな私がいます。


 夢だから、いいですよね?

 うずうずする感じが我慢出来なくて、窓辺に立つ夫にそっと近づいてみました。夫はいつもの無表情のまま、ただ静かに焦げ茶色の目で私をみてくれています。


 それに勇気を得て、腕を伸ばして夫の服の端に触れてみました。夫は全く動きません。嫌がっていないようです。それでも夫を驚かしたりしないように、そっと慎重に夫の大きな体に腕をまわしてみました。

 あ、夫の感触です。

 嬉しさが抑えきれなくて、ぎゅっと抱きついても、夫は微動だにしません。

 それがまた夫らしい気がして、少し笑ってしまいました。


「夢でも、いいです。夢でも、嬉しいから。出てきてくれて、ありがとうございます」


 夢の中の夫の体にしがみつき、触れた部分から伝わってくるぬくもりが、香りが、ぐるぐる空回りしていた思考をどんどん落ち着かせてくれていきます。


 すとん、と。

 急に目の前が開けたような、そんな感じがしました。


 ・・・そうですよね。

 私一人でどうにかしようとするから、どうにもならなくなるんですよね。

 一人で手におえないなら、手を、借りればいいんです。


「私、全部、終わらせてきますね」


 夫はまるで、万能薬みたいな人ですね。

 それまで重く圧し掛かってきたものが、重さはそのままでも、耐えられないものから、終えるべきものに変りました。

 うん、目標がはっきりしたら、後は突き進むだけですものね。


「全部終わったら、そうしたら、やりたいことや話したいことがたくさんあるんですよ」

「・・・全部、終わったら?」

「はい。その時は、また星空を見に行きましょうね」


 いつかみた空がすぐ近くまで迫ってくるような、あの満天の星空をもう一度夫と一緒に見たいです。


「・・・俺に、して欲しいことは?」

「夢に出てきてくれただけで、もう十分です」


 夢だと思っていたから、言えたことも、夢だと思っていても言えないこともありましたが、夢でも会えてよかったです。

 でも、もしかしたら。

 現実では、いえないままになってしまうかもしれませんから。


「ありがとう」


 もう一度だけ、心を込めて言いました。

 安心したからか、夫のなつかしいぬくもりが心地よかったのか、私はそのまま夢の中で眠りに落ちていきました。


 夢の中で眠る夢を見るなんて、なんだかおかしいです。


 くすくす笑いながら目を閉じると。額に何かが触れて。


 ちゅ。


 と小さな音を聞いたような、そんな気が、しました。



 翌朝。

 昨夜見た夢を思いだして、寝具の中で悲鳴をあげながら転げまわり。


 ・・・結局、友人に心配されました。




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