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  夫を躾直します。計画を実行させましょう。⑤


 夫に感性を完全否定されてやさぐれていた私は、ふと、気がつきました。


 そういえば。

 すっかり忘れてしまっていたのですが、店主さまは自警団の一員、つまりは、夫の友人ですよね?


 夫の私的な交友関係に顔を出さない計画、いきなり挫折してるじゃないですか!


 また夫の友人に顔を知られてしまったことに、どっぷりと落ち込みそうになったのですが、すぐに浮上しました。


 夫と店主さま、店主さまと私の会話を思い出してみましたが、どこにも夫婦関係を思わせる単語はありませんでした!

 これなら、親戚とか、同僚とか、いくらでも誤魔化しようはあります。よっしゃっ!


「旦那さま、これからどこへ行くんですか?」


 同じ失敗は二度繰り返すわけには行きません。いえ、もう二度繰り返してしまったのですが、でも、三度目はありませんよ! ええ、ありませんとも! 


 そのためにも、夫のこれからの行動予定を確認します。夫は迷う様子もなくどこかへ馬車を走らせているので、目的地は決めてあるのだろうな、と予想したのですが、やはり決まっていたようです。


「集会へ」

「ど、どの集会でしょうか!?」


 夕べのやり取りの通り、夫は集会に連れて行ってくれるようで、それはとても嬉しいのですが、なぜか非常に嫌な予感がします。

 できれば、あまり夫の私的な関係とは無縁の集会でお願いします、と心の中で懇願しました。そして、懇願してから気づきました。夫になにか心の中でお願い事すると、真逆のことが起きる可能性が高い気がします。


「自警団」

「帰りましょう!」


 案の定な夫の回答に、思わず叫んでしまいました。


 いや、だって、自警団の集会になんて参加してしまったら、周りは夫の知り合いだらけじゃないですか! 店主さまのようにごまかせる会話のほうが珍しいのであって、普通はそちらは? 的な会話が入ることは間違いありません。

 

 ああっ、でもせっかく仕事以外では引き篭もり気味の夫が外出の予定をたててくれたのに、それを無にするのは勿体無さ過ぎます。とはいえ、夫婦として参加するのは、本来の計画の趣旨に反するので、絶対駄目ですし。どうすればいいでしょうか。


 夫の怪訝な視線が痛いです。

 そうですよね、集会に行きたいって言ったのは私ですものね。でも、女心と秋の空は移ろいやすいものだといいますし、ここはひとつ、女心の複雑さに触れてもらうことにしましょう!


「い、いえ、あの、帰るんじゃなくて、もうちょっと違う集会というか、たまにはいつもと違う方たちと交流してみてはいかがでしょうか!?」


 く、苦しい。

 自分で言ってても苦しいのは良くわかっています。でも、他に良い言い回しが思いつきません。


 ああ、夫の視線がさらに厳しくなってきています。

 行きたいって言ったり、行きたくないって言ったり、別のところに連れて行けって言ったり、どんだけ我侭なんだって感じですよね、ごめんなさい、わかってます、わかっているんですけど、他にどういえばいいのかわからないんです!


 一人で混乱の極みに達していると、夫が馬車を止めました。

 本格的に叱られてしまうのでしょうか? これまで見たことも無いほど、厳しい目で夫が私を見ています。

 伸ばされた手に怯えて目を瞑ってしまったのは、仕方ありません。


 夫の暖かな手のひらが頬にそっと触れました。


「誰だ?」

「・・・え?」


 怒気を無理やり押さえ込んだような低い声と、優しく頬をなでる手の温度差に驚いて目を開けると、怒りに目を細め、殺気立っている夫がいて気が遠くなりそうでした。なんとか持ちこたえて夫を見つめ返すと、さらに夫の目に酷薄な色が浮かんできます。


「誰に、なにを言われた?」


 だれに? なにを?


 とっさに脳裏に浮かび上がったのは、白、でした。

 ・・・神官服の、汚らわしいまでの白さ。


 私は手の平に感じた痛みにはっとなって、とっさに首を振って浮かんだその白を打ち消しました。


 いいえ、違います。

 夫が、知っているはずがありません。

 だから、夫が言っているのは、別のこと。

 そう。これは夫だけでなく、私の天敵ですら、知るはずが無いことなのですから。


 いつの間にか両手を硬く握り締めていて、自分の爪で手の平を傷つけてしまったようです。地味な痛みですが、それが私を落ち着かせてくれました。


「えーと。なんのことですか?」

「鍛錬所で。フィリウスか?」


 私は急いで夫との会話を頭のなかで客観的に再現してみました。


 集会に出たいといっていたのに、自警団の集会だと知った途端に帰りたがる。さらに、知人のいない集会への参加を勧めてくる。つまり、鍛錬所で見学に行ったときに、誰かに嫌なことを言われたと予想した? 


 そんなことがあるわけが、と否定しかけて、気づきました。そういえば、私、夫の知り合いの方に話しかけられている最中に中座して外へ出てしまったんでしたっけ。

 私としては妻だと知られたくなかっただけなのですが、客観的に見たら、何か嫌なことがあって、席を外したようにも見えなくも無いかも知れません。

 ということは、フィリウスというのは、あの話しかけてきた男性の名前でしょうか。


「いえ! 誰になにを言われたわけじゃなく、」


 夫のこの激しい怒りの矛先が、無実の男性に向かっていると思い、とっさに否定してから、ふと、気がつきました。


 え。ということは、じゃ、もしかして。

 私のために、怒ってくれているんですか?


「・・・旦那さま」


 感動のあまり、思わずつぶやいて、頬に触れるとても暖かくて大きな手に自分の手を重ねました。

 暖かい、とっても、暖かいです。


「ありがとうございます、旦那さま」


 夫の厳しい視線の中に私を気遣う色が浮かんでいるのに気づいて、とても嬉しくて、少し悲しくて、ちょっと泣きたくなりました。


 夫は、ふと眉を寄せ、反対の手で私の手を取って目を見開きました。


「血が」

「そうなんです、怪我しちゃいました。だから、帰りましょう? 旦那さま」


 夫の知人たちに紹介されるわけには行かない、というのもありますが、今はとにかく、見知らぬ大勢の中にいるよりも、二人でゆっくり過ごしたい気分です。


 夫は、私の我侭を何も言わずに叶えてくれました。


 ・・・離縁の時が、近づいています。



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