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  夫を躾直します。計画を実行させましょう。②

 仕方ないので、夫の出て行った中庭の方へ行くと、そこも広々とした屋外鍛錬所になっていて、夫が何か組手のようなものを実演しているところでした。


 ああ、やっぱり今日の服は失敗でしたね。

 上着の肩のあたりがとても邪魔そうです。

 これなら、簡単な方の服にしてあげればよかったな、と思いつつ、今朝の心理状態ではそれも無理な話なので、仕方ないということにしておきましょう。


 それにしても、動きがきれいです。


 他の方たちの動きもとても機敏なのですが、夫のそれは機敏さとともにしなやかさがあり、舞っているようにさえ見えます。


 あの足さばき、私がやったら、あっという間に転びますね。


 夫とそれを囲む人々の様子を見ていると、どうやら、夫はこの鍛錬所でも指導者の類に入るようです。汗をかきながら、熱心にああでもない、こうでもないと実演してみせる夫は、とてもいきいきとしています。


 知らなかった夫の一面を盗み見ているようで、ちょっと気恥ずかしくなってきました。

 夫はかなり汗をかいているようですし、お水でももらって来ましょうか。


 顔に集まってきた熱を散らすついでに水を取りに室内に戻ろうと振り向いた先、私のすぐ真後ろに人が立っていたのに気づいて、思わず飛びずさってしまいました。

 見上げると、先ほど夫に最初に話しかけていた男性が立っています。明るい茶色の髪に、緑の瞳。その瞳がどこか面白そうにこちらを見ていました。


「エーファにつかまっちまったから、もうしばらく時間がかかるよ。ここでは女性も鍛錬に参加できるし、せっかくだから何かやってみないか?」


 エーファ、という女性の名前に反応して夫の方を振り向くと、背の高い女性と体さばきについて話をしているところのようでした。なるほど、ここは女性にも開放されている施設ですから、ある意味出会いの場にもなりますね。覚えておきましょう。


「私、運動の類は苦手なので。見るのは好きなんですけどね」


 そもそも、今の私は運動できるような恰好じゃないですし。

 丁重にお断りすると、相手も本気で誘っていたわけではないようで、あっさりと引いてしげしげと観察されました。

 なんでしょう、なんだか珍しい生き物を眺めるように見られている気がします。


「なぁ、間違ってたら悪いんだが、あんた、あいつの女房だよな?」

「・・・っけ、見学者です!」


 直球で尋ねられて、しまった! と思いました。

 そういえば、夫と私が結婚したことは、ほとんど知られていないはずです。夫から直接紹介を受けたのは、二人だけです。つまり、それ以外の人々は、私の存在を知らない可能性があることを、すっかり頭から抜け落ちてしまっていました。これは、明らかに失敗です!


 だって、もし夫が私の存在を公にしていなければ、未来の奥さまに余計な心配をかけずに済みますし、離縁した後に夫が周囲からあれこれ言われるのを避けることができます。


 それもあってこれまでずっと、夫の私的な集まりには極力顔を出さないようにしていたというのに、すっかり忘れてしまっていました。


 ということは、集会への参加もダメじゃないですか!

 夕べ夫に約束してもらいましたが、参加する集会は私が選んだ方がいいですね。確か、偽名と仮面で参加できる集会があったはずです。そんなものすごく怪しい集会、誰が行くんだろうと思った記憶があるので、間違いありません。でもまさか、自分が行きたいと思うことになるとは。

 

 ああ、それにしても、ここに来たのは間違いでした。

 いつもと違う夫の様子を見れたのはよかったのですが、長居は無用です。まだ妻とは知られていませんから、ここはひとつ、さっさと出てしまいましょう!


「私、お先に失礼しますね」


 話をしていた男性に断って、素早く建物の外へ出ると、だいぶ陽が高くなっていました。


 夫のほうはまだまだ時間がかかりそうですし、馬車の中で待っていましょう。あとでこれからの予定を聞いて、夫の知人が多そうな場所なら変更してもらわなくては。


 小さくため息をついて馬車に乗り込もうと、段に足をかけた瞬間、後ろから強く腕を引かれて足が宙に浮きました。


 頭から倒れていく感覚に、心臓が止まりそうになりましたが、しっかりと抱き止めてくれた腕のおかげで、倒れずにすんだようです。というか、その腕がなければ転ばなかったんですけどね!

 きっ、と犯人を睨みつけると、少し息のあがった夫がそこにいました。

 予想通りの犯人です。


「そんな風に引っ張ったら、危ないです」


 至極もっともなことを抗議すると、夫は太い眉をギュッと寄せました。


「どこへ?」

「馬車の中で待っていようかと。もうよろしいんですか?」


 鞄からハンカチを出して夫の額と首筋に流れる汗を軽く拭き取ります。夫はちょっと待っていろ、というような仕草をして私をきちんと立たせてくれました。鍛錬所の中に入っていったかと思うと、すぐに出てきます。あ、上着を取ってきたんですね。


 まだ汗をかいている夫を見上げて、私は鞄の中から、夫の替えのシャツを取り出してハンカチと一緒に渡しました。

 夫はシャツの替えを不思議そうに眺めています。なんでこんなものが鞄の中から出てくるんだろう? って思ってますよね。残念ながら、回答は教えてあげません。


「そのままだと、風邪ひきますよ? ちゃんと汗を拭いて、着替えてくださいね」

 

 有無を言わさず夫を馬車の中に押し込んで、着替えさせました。

 実は鞄の中には、私の分の上着とスカートの替えも入っています。


 ・・・よくないお店で私が大暴れするのを想定して持ってきていたことは、内緒です。




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