11 夫を躾直します。計画を実行させましょう。①
昨夜のやり取りを引きずっているのか、朝から不機嫌な夫は、やっぱり一番上に置いておいた服を着てきました。
今日はどういう場所に連れて行かれるのか良くわからなかったのですが、一応、私が選んだ服を置いておいたので、それを着ています。
薄い水色のシャツと、ボタンが銀色の濃紺の上着、黒のズボン。ちょっとまじめで堅そうな感じが出るようにしてみました。私の服装も、それにあわせて少し良い余所行きの服にしてあります。
本当は、活動的で簡単な服にしようかと思っていたのですが、夫がこれから行くであろう場所を思うと、少しでもとっつきにくい感じがしたほうがいいかも、という小ズルイ考えの結果です。ええ、ささやかな自衛手段ですとも。
夫は無表情で私を馬車に乗せると、すぐに出発しました。
まだ午前中の早い時間帯ですから、いきなり女性が行きにくい場所には行かないだろう、と思っていたのですが、夫が馬車を進めたのは、街のいわゆるそういうお店が軒を重ねる繁華街通りでした。
ええっ!? 朝っぱらからこういうところに行くんですかっ!?
ドン引きしながら隣に座っている夫を盗み見ますが、夫はいつもどおりの無表情で馬車を操っています。
それを見ていたら、なんだか夕べの腹立ちが蘇ってきました。
いいでしょう、この勝負受けてたってやろうじゃないですか! どんな状況になっても笑顔で受け流して見せます。ええ、いつも夫がお世話になっております、位のことはいってやろうじゃないですか!
憤然として前を睨みつけていると、繁華街を通り過ぎました。
・・・あれ? ここのお店に行くんじゃないんですか?
戸惑って夫を見ると、呆れたような夫の視線と行き会いました。だから誤解だといっただろう、と目で言われているような気がします。
ま、まぁ、普通に考えて、仮にも妻を連れてこういうお店には行きませんよね。普段一人で行っていたとしても、連れて行けといわれたからって、まさか妻を連れて行くわけにも行きませんよね。お店にも迷惑をかけますし。
ちょっと冷静になって考えればわかるのに。自分で思っていた以上に頭に来ていたみたいです。
大きく吐いたため息をどう思ったのか、夫はとても嫌そうな顔をした気がしますが、実際には、前を見たまま馬車を走らせているので良く見えませんでした。
しばらくすると、夫はひとつの建物に馬車を寄せて止めました。
ここは、何のお店でしょうか?
夫の手を借りて馬車から降りて、店の外観を眺めます。お店、ですよね? 特に看板は出ていないのですが、全体的な建物の造りが食堂や雑貨屋などと同じような気がします。
夫に促されて中に入ってすぐに感じたのは、熱気でした。
思わず横を歩いていた夫にしがみつくと、なだめるように背中をなでられます。
広々とした室内では、男女合わせて約10数名が体を鍛えていました。
わかりました。ここ、鍛錬所、です。
まだ夫と出会う前に、保護者が言っていました。
この領内では有志による自警団が編制されていて、有事の際には領内の取り締まりを行う警領士と協力して対応しているのだとか。警領士が来るまで間に合わないような時には自衛の範囲での武力行使も認められていると聞いた覚えがあります。
そんな自警団の構成員が時間を見つけて鍛錬を行い、時には一般人へ護身術などの指導を行う場所をとして、各地に鍛錬所を設けているのだそうです。
初めて来ましたが、ここがたぶんその鍛錬所なのでしょう。
ということは、夫も自警団の一員だったんですね。
たいてい夕飯前には帰ってきますし、特に遅くなったりしないので、気づきませんでした。そういえば、お休みの午前中は時々出かけていると思ったのですが、鍛錬に来ていたのでしょうか。
「よぉ、珍しいな。同伴者か?」
「見学だ」
きょろきょろしていると、何か重そうなものを上げ下げしていた男性が夫に声をかけてきました。普通に会話を交わしています。夫の方は口数が少ないのですが、男性がいろいろ話しかけているので、会話がきちんと成り立っています。
ちょっと、意外でした。
もちろん、夫も外で仕事をしているのですから、最低限の社会性は身に着けているだろうとは思っていたのですが、外だと、こんなに会話が弾むものなのですね。
そうこうしているうちに、ほかに鍛錬を行っていた人たちが何人か集まってきて、巡回や訓練、鍛錬についてあれこれ夫と話をしています。
私は邪魔にならないように、脇に置かれた椅子で休んでいたのですが、時々周りの方から投げられる、あれ? なんでこんな子がここにいるの? という不思議そうな視線が突き刺さって非常に居心地が悪いです。でも、もちろん笑顔でかわしますけどね! 直接話しかけられないので、静かに夫の話が終わるのを待ちます。
が、一向に話が終わる気配がありません。しかも夫は他の方と話をしながら、そのまま中庭へと出て行ってしまいました。
・・・もしかして、私、忘れられています?