友人に手続きを教わりましょう。③
流石に行動派の友人なだけあって、その後の動きには全く無駄がありませんでした。
どこに何を提出して誰に挨拶に行かなければならないかを説明しながら、実際に訪れなければならない場所を下見させてくれて、書類も手に入れてくれました。
私はあまり物覚えの良い方ではないので、必死に覚書に書きつけながら手順を何度も復唱しています。思っていた以上に手続が複雑で、とても一日ではすみそうにありません。離縁するのって大変なんですね!
「手続はおおよそこんな感じだけど。離縁したあと、どうするか決めてるの?」
手続場所を巡り細やかな説明を受けていたら、あっという間に時間が過ぎて行きました。少し買い物にも付き合って貰って、近くの食堂で夕飯を取ることにしました。ここなら夜でもあいている甘味店も近く辻馬車の乗合所も近いのだそうです。
「そうですね、一度、保護者の元に身を寄せようかと」
「じゃあ、私のところにくればいい。店の手伝いと家のことをやってくれるなら、一部屋提供するよ」
「そこまで迷惑は・・・」
「迷惑かどうかは私が決めること。で、誘っているのは私。いいからつべこべ言わずに、来なさい」
もう、本当にどこまで気遣い人間なんですか!
でも嬉しくてついニヤニヤしてしまいます。友人と一緒に暮らすのもなんだかとっても楽しそうですよね。
それにしても、こんなに気遣いが出来て、とっても可愛らしくて行動派な友人に季節が変わる前に離縁された元旦那さまは一体何をしでかしてしまったのでしょうか。こんなに良い人と結婚したのに離縁されてしまったのですから、非常に気の毒な気がします。それも今日の友人の手続手順は無駄がなく、迅速に離縁は行われたのは間違い有りません。
友人が聞いて欲しくなさそうにしているので、これまで一度も聞いたことが無かったのですが、聞いておけばよかったです。
店の入り口に近いところに座っていた私は、すぐに気づいてしまいました。
間の悪いことに、友人の元夫が入ってきたのです!
確かに同じ街に住んでいるのですから、遭遇する確率は皆無ではありませんが、ここは住んでいる人口も多く、街全体が一つの巨大な都市を形成していますし、元夫は確か中央部付近に住んでいて仕事もその近くだったはずです。
どうしてこんな南のはずれのレストランにいるのでしょうか。
しかも元夫の隣にいるのは、私の知り合いでした。
この街の教会の教師と呼ばれる、布教家です。残念ながら、私の数少ない知り合いの中でも、会いたくない人物の一人です。なんて間の悪い。
友人は、それまでの楽しそうな表情を消して、無表情で元夫を見たかと思うと、素早く男性の仮面をかぶったようでした。私もそれにならって、唇を引き締めました。
話しかけてくれるな、という気配を必死に出すのですが、やはり空気の読めない男二人組には通じなかったようです。
こちらに気づいた教師がまず寄ってきて友人と私に挨拶をしました。
「珍しい組み合わせですね。今日はお店の方は良いのですか?」
そりゃ珍しいでしょう。私たちがいっしょに街に出るのは、月に一回ですから。そうでないときは、たいていお互いの家でおしゃべりしていますし。というか、なんで話しかけてくるんですか、この人は。
「おそらく、私たちの方が驚いていますよ、フローイン教師。こんな時間にあなたがいらっしゃるなんて。うちの店の店員たちは優秀なので、私がいなくても問題ありませんので、ご安心を」
流暢に返答する友人がとても頼もしく見えます!
人によってはこの教師のことを憂いを帯びた美貌の持ち主とか、清廉潔白な敬虔な教師とか言われているそうですが、私にとってはただの天敵です。
「レイン、」
「こんばんは! そちらも珍しい組み合わせですよね!?」
私の天敵と会話という名の壁を作ってくれた友人のためにも、今度は私が友人の天敵の壁になる番です!
友人に話しかけようとした元夫の言葉を思いっきりさえぎって話しかけます。
「引きこもりの君に、俺たちが一緒に居ることが珍しいかどうか、分かるとも思えないが」
撃沈しました。
そういえばこの人は夫の友人だったような気がします。
し、しかしここで私が沈没しては、友人がこの元夫の対応もすることになります。なんとしてもそれは阻止して見せますとも!
「引きこもりじゃなくて、あまり街に来ないだけです!」
「どちらでも同じだろう」
まぁ、確かにあまり街の情報には詳しくないかも知れませんが、少なくとも私の夫よりはこの街のことを知っていますとも! と言いたいところなのですが、残念ながら比較対象が夫ではちっとも凄くありません。無念です。
「じゃ、教師さまたちもごゆっくり」
教師と談笑していた友人が私の不利をみてとったのか、教師に別れの言葉を送っています。が、空気を読まない教師は私の方をちらりと見ると、私たちのすぐそばの席を指差しました。
「こちらの席は空いていますか?」
「フローイン教師。私たちはこれから内緒話をするので、遠慮してください」
友人がたしなめるように言っていますが、私の方は友人の影から心の中で威嚇しています。
どうしてもここに座るっていうなら、私たちは帰るか店を変えるかします。流石にその意図は伝わったのか、教師は大袈裟なほど残念がりながらも元夫を連れて奥の方の席に移動して行きました。
私はすかさず友人をそちら側から見えないであろう席に移動させました。何があったのかは分かりませんが、ひとつだけ言えることが有ります。
間違いなく、元夫は未練たらたらです。
だってさっきの会話の間中、友人から一瞬も視線を外しませんでしたから。本当に、何をやらかしたのでしょうか、あの元夫は。
移動する二人の背中に警戒のまなざしを投げかけていると、嬉しいような、困ったような、複雑な表情をした友人が私の髪をちょっと引っ張って注意を引きました。
「今の君の様子を例えるなら、怯えながら毛を逆立てて子猫守る母猫のようだよ」
「そういうレインは、思春期の娘に近寄る男を降り落とす父親のようです」
お互いに顔を見合わせてちょっと笑いました。予定外の天敵と会ってしまいましたが、友人と一緒でよかったです。
「離縁が成立したら、いつでもうちにおいで。父様が君を守ってあげよう」
「その時は母様がしっかりとお世話させて頂きますね」
笑い合いながら、おどけることができました。
・・・よかった、私も友人もまだ大丈夫です。