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  友人に手続きを教わりましょう。②

 

「それで? 今日は一体、どうしたの?」


 いつの間にか料理の注文も終え、わざとらしいまでの男性のような動作としゃべり方をやめて素に戻った友人は、軽く身を乗り出して聞いてきました。


 そうです。私も時々忘れてしまいそうになるのですが、この友人はれっきとした女性です。季節がめぐる前に離縁するまでは、ふわふわのスカートが良く似合う、それはそれは可愛らしい女性の姿をしていました。


 離縁をしてからしばらくは保護者の元に居たのだそうですが、そちらも季節がめぐる前に独り立ちして、今は小さなお店を開いています。


 とはいえ、女性の一人暮らしは何かと物騒。

 ならせめて見た目だけでも男性のように振舞えば危険が減るのでは、という考えから始まった男装だったのだそうですが、今では基本が男装になっています。女性客も着々と増えているそうで、しばらくこのままで行くそうです。


 そんな活動的な友人の午後の時間を丸々取ってもらったのは、他でもありません。


「離縁の手続きを教えて欲しいんです」

「・・・は?」


 今日の一番の目的を告げると、男装の友人は驚きを素直に表現してくれました。大きな目がさらに大きくなって落っこちてしまいそうです。


 なんだかこの表情は何かに似ていますね。何でしたでしょうか?

 ・・・あ、分かりました。驚いて固まってしまった猫にそっくりです! 


 それにしても友人はこんなに可愛らしいのに、どうして男装をしているときは、ちゃんとした男性に見えるのでしょうか。不思議です。恐らくちょっとした仕草の影響だと思うのですが、やっぱり見た目は大事ということですね。


「誰が、なんのために?」

「私が、離縁するためですが」


 そんなに私が離縁しようとするのは意外だったのでしょうか? 友人が少し青ざめているように見えます。

 私としては、離縁をしたいといえば友人は嬉々として手伝ってくれるだろう、と勝手に思っていたのですが、この様子だと、そう簡単にはいかないかもしれません。


 複雑な感情が渦巻く視線で見つめられて、小さな不安が芽生えてきました。

 ・・・もしかして、友人は知っているのでしょうか? いえ、そんなはずはありません。ありません、よね?

 小さな不安が少し大きくなりかけたとき、私を見つめていた友人が視線をそらして小さく息をつきました。


「もう決めたんだね」

「はい」

 

 離縁の理由や原因は尋ねずに、静かな声で確認だけをしてくる友人は、私のことをよく分かってくれています。

 

「私は馬に蹴られて死にたくはないのだけど、その笑顔は、何を言っても聞いても無駄ということだよね。じゃあ、ひとつだけ君にお願いだ」


  再びため息を吐いて早々に詮索も説得も諦めてくれた友人に、私は笑顔のままうなづきました。関心が無いのではなく、私の意思を尊重してくれているのだと知っています。

 そして、それを知りながら堂々と甘えてしまうのが私です。だからせめて友人のお願いぐらいは聞いてあげたいとは思うのですが、この友人のお願いごとは私の手に負えないことが多いんですよね。

 ちょっと警戒しつつ、友人の言葉に耳を傾ける姿勢をみてとった友人は、可愛らしい顔を悲しげに歪めました。


「私が会いたいと思った時に会えないような、遠くへは行かないで」


 ・・・この友人は、本当に、どこまで分かっているのでしょうか。


 一瞬、呼吸が止まったのを誤魔化すために大きく息を吸い込みました。

 すると、友人の大きな瞳が恫喝するようにスッと細くなり、鋭く、冷たい輝きをみせます。


「約束できないのであれば、協力はしない」


 友人は、本気です。


 外見の可愛らしさにだまされがちですが、友人は誰よりも己に厳しく、一度決めたことはどんなことでもやり遂げるだけの強い意志と行動力があります。

 そうでなければ、離縁も起業も、たった一人でやり遂げることなんてできません。

 その友人が本気で協力しない、と言ったら、本当にしないでしょう。それどころか、的確に邪魔してきそうな気がします。


 でも、守れない約束も出来ません。

 威嚇する猫のような悲しげな目で睨んでくる友人に私は大きく深呼吸をして、決心しました。

 本気には、本気で返しましょう。


「レイン、私はこれから起きることは約束出来ません。未来はいつだって不確かで、私の予想の範疇をいつも軽々と超えて行ってしまいますから」


 未来は誰にも分からなもいのですし、予想外にもほどがあるような事態が起きたりします。実際、私も友人もそれを嫌になるほど、経験していますしね。だから、約束は出来ないのですが。


「でも、努力することは約束します。いつでもレインに会えるように最後まで諦めないで足掻いてみせます」


 未来に起こることは約束できなくても、それに立ち向かえるかどうかは、私の意志にかかっています。私の意志は私だけのもの。それなら、約束できますから。


「この約束じゃ、だめですか?」


 悲しげな厳しい目で私を睨んでいた友人は、少しの間目を閉じて、大きく息を吐き出したあと、ちょっとふてくされたような視線を投げかけてきました。


「きちんと守ってくれるなら、それでもいい」

「ちゃんと守りますとも!」


 どこかで折り合いをつけるような、意図的に落ち着いた声で友人が答えたので、力強く約束しました。


 よかった、もう悲しそうな目はしていません。

 ほっとしたところで、ちょうど料理が運ばれてきました。大きな葉で包まれていて、見たことも無いような道具と一緒に私と友人の間に並べられて行きます。


「取り合えず、先に食事にしよう」


 賛成です。食事は全ての活動の源ですからね!


 ・・・ところで、これどうやって食べるんですか?




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