9 友人に手続きを教わりましょう。①
夫を見送った後、ふらふらになりながらお茶会に参加しました。
奥方さまからの生暖かい目も、参加者たちからのからかい混じりの冷やかしも、ただひたすら私の精神を削り取っていきます。
・・・お茶会が終わる頃には、精神的な疲労感に机に突っ伏して動けなくなっていました。せっかくのお勉強会の内容も、奥方さまの素敵な服装も、全然頭に残っていません。
「赤くなったり、青くなったり。ずいぶん忙しそうだ」
「・・・レイン」
笑い混じりの友人の声に思わず恨みがましい視線を向けてしまったのも、疲労感のせいですとも。ええ、決して八つ当たりではありませんよ。
「なかなか面白いことになっていそうだな」
「ええ、そうですよ、だから今日は一日付き合ってくださいね」
覚悟してくださいね。
ドスを効かせた声で言えば、私よりも少し背が高い友人は軽やかな笑い声を上げました。
「私でよければ。ひとまず、昼食でもいかがかな、お嬢様?」
「いえ、夕食まで要求します」
ドサクサにまぎれて夕食まで強請ると、友人は驚いたように目を瞬かせ、すっ、と気遣わしげな視線になりました。私と同じ、真っ黒の髪と瞳。表情はおどけたままなのに、どうしてでしょう。私の周りは瞳で感情を表現する人が多い気がします。
「では、夕食後の甘味まで、お付き合いいただけますか?」
わざとらしく気障ったらしい動きと声で誘う友人の気遣いに、私はようやく机から顔を上げて、立ち上がりました。
「よろこんで」
お互いに正式な作法で礼をして、友人が少し曲げて差し出してきた細い腕に、自分の腕を絡めて歩き出します。友人は私の顔を覗き込んで、いたずらっぽく目をきらめかせました。
なんだか、いやな予感がします。
「ああ。もちろん帰りは情熱的な『旦那さま』の元まできちんと馬車でお送りいたしますから、ご安心を」
「・・・レイン、それ、減点です」
楽しげにからかう声に、腹立ち紛れに掴んでいた腕を思いっきりつねってやりました。
奥方さまにお茶会のお礼と退室の挨拶をしてから、私たちは街の食堂に入りました。
食堂といっても友人が選ぶ場所は、いつも少しおしゃれな、だけど少し賑やかな居心地のよいお店です。
私はいつもこの友人に街を案内してもらっているのですが、毎回連れて行ってくれるお店が違います。あまり外出しない私のために、街のいろいろな場所を案内しようとしてくれる友人は、本当に気遣いの達人だと思います。
夫もこれくらい気遣いができる人になったら、引く手数多になること間違いなしなんですけどね。一度夫に手ほどきしてほしいくらいなのですが、今朝の夫の視線を思い出すと・・・うん。やっぱり、却下です。
「ところで、今日の『旦那さま』はずいぶんと爽やかだったね。あれは君の仕業でしょう? 服も君が用意したものだよね? 良く似合っていたよ」
「いや、あれは私の仕業というか、仕業にしようとして失敗したというか、でもきっかけにはなったのかなと」
まぁ、結果的には緩衝材がなくなって、自分で自分の首を絞めてしまったような気がしないでもないのですが・・・。
それにしても、遠目でちょっと見ただけで夫の変化に気付くなんて流石ですね。この友人は普段から服装に気を使っていますから、似合っているといってもらえたのはちょっと嬉しいです。
「なるほど。ついに無い無い尽くしから脱却できたわけか。よかったね」
「そうなんです。でも、まだ、これからですよ!」
思わず有頂天になってしまいそうですが、ここはぐっと我慢です。
それでも嬉しくてニヤニヤしてしまうのは仕方がないんです。努力が多少実ったら、嬉しいのは当たり前ですからね!
だけど、レインさん。
・・・ほほえましげに生暖かい目で眺めるのは、やめてください。