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シャーロットの仮説  作者: ariya
代理の打ち合わせ

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7.


 毒の経路はコーヒーではなかった。


 そうなればどこから彼は毒を飲んだのか。


 ふりだしに戻ってしまうことにルイスは落胆した。


「どうしたのかね? 疲れたのならそこに座りたまえ」


 シャーロットが指差すのは先程ルイスたちが座っていたブース席である。


「いや、そこまでは……シャーロットさん? どこへ行くのです?」


 裏手から店を出ようとするシャーロットの後を追いかけた。


「先程のトイレだよ」


 喫茶店の敷地内だから問題ないという。

 確かに、エリオットが毒を飲まされたのであればトイレに逃げ込んだ間だろう。


 しかし、毒をどのように飲んだかわからない。


 すでにエリオットの遺体は検死室へ輸送された後だ。無機質なチョーク、テープの痕がみられた。

 その周辺をシャーロットは確認する。手袋をして、地面に転がる石や、舗装されたコンクリートやレンガに触れて何を探している。


 すでに警察が何度も捜索された後だから毒の入った容器は見つからないだろう。


 そうなると犯人は外の人間か。

 ここから裏の路地を通れば喫茶店の表通りに出られる。逆に反対側は用水路が川のように流れていた。


「うわ、汚い」


 用水路には大量のゴミが流れていた。粗大ゴミ、壊れた家具の破片、生ごみもあり近づくとひどい臭いである。

 表では綺麗な街並みであるが、目に見えない場所は荒んでいる。

 どれだけ整備しようにも、呼びかけても捨てる者は後をたたない。

 上流から流れたゴミに辟易とした。


 シャーロットはルイスの横から用水路を見つめた。


「あ」


 何かに反応したと思いきや、彼女は塀をよじ登った。用水路に降りようと片足を下ろそうとする。


「シャーロットさん! 何をしているんだ」


 急な行動にルイスは慌てて引き留めた。


「気になるものがあるのだよ」

「だからってゴミだらけの用水路に入ろうとしないでください」


 どんなに汚いか分かっているのだろうか。

 仮にも伯爵令嬢が入る場所ではない。


 流れも早く、這い上がれずに流されて命を落として人もいるのだ。


「何が気になるのです?」


 ルイスは袖と裾をまくった。


「このすぐ下に小さな水筒がある」


 それを拾おうとしたという。

 ルイスは目を凝らして真下の方をみる。確かにいくつかの容器が散乱していている。どれも古い気がした。


「家具に隠れて比較的新しい水筒が見えた」


 シャーロットはいう。ほんの一部ちらりとみえたのみであるが。


 ルイスは塀を飛び越えて用水路に入った。ちょうど壊れた家具の上にのり水の中に入らずにすんだが、匂いで気持ち悪い。


 ハンカチでマスクをすべきだった。


 内心後悔しつつもシャーロットに言われて手袋はしてある。新しい手袋なのだが、捨てるしかないな。

 そう思いながら手を伸ばし、シャーロットが求めた水筒へ手を伸ばした。


 拾い上げて、すぐに元の場所へと戻る。

 店員のマリーが水の入った桶を持ってきてくれた。ルイスが用水路に入っている間にシャーロットが準備を依頼してくれたようだ。


「ありがとうございます」


 ルイスはそれで、手を洗い、汚れた靴の裏を洗い流す。


 その間、シャーロットは試薬の入った瓶を取り出して開けた。その中に、水筒の中身を注いでみる。


 じゅわと、褐色色の沈澱が噴き出てきた。

 濃さも沈殿の速さも先程と同じだ。


「それが、毒の経路ですか?」


 思わずルイスは問う。

 シャーロットはこくりと頷いた。


 ◆◆◆


 シャーロットは昔を思い出した。

 昔の記憶、まだ自分が医者になりたての頃である。


 市内の病院で当直をしていた時、上司に呼び出された。


「急患だ。若い女性、妊婦だ」


 できたら女医が対応した方がいい。まだ未熟な研修医だったが、それでも男の医師が躊躇する部分を診察できるからと駆り出された。


 しかし、すでに終わっていた。


「コメットさん! 返事をしてください」


 シャーロットの呼びかけに女性は反応しない。

 運び込まれた時に女性は息を引き取っていた。


 はじめて間近にみる人の死にシャーロットの心臓は鳴り響いた。

 それでも救命しなければと腕をまくり、女性に触れて救命処置を試みる。

 緊急で検出された血液検査の一部をみて、上司は救命処置を止めた。


 案内されたのは、母親と思わしき女性と若い少女である。


「手を尽くしましたが、来た時点で既に亡くなっていました」


 上司の淡々とした説明に、少女は女性に泣き縋った。


「姉さん、姉さん! いやあああああっ!」


 何度も女性をゆすり意味はないと知らされて少女はその場に泣き崩れた。

 母が悲しげに少女の肩を撫でて慰めている。母からも鼻をすする音が何度か聞こえた。


「先生、若い女性の異常死です。警察に連絡してきます」


 シャーロットは電話のある部屋へと向かった。


「待ちなさい。これは病死だ」

「ですが」

「妊婦の突然死はよくあることだ」


 それでも学校で習った内容を思い出す。

 父と知り合いの警官から聞いたが、仮に事件性がない病死だったとしても不審に感じれば届出して構わない。後から届出を無しにしてもいいと教わった。


「いいかい。あの妊婦さんが今から警察に体をみられるのだ。家族はない腹を探られる。あまりに酷だと思わないかね?」


 そこまで言われるとシャーロットは悩む。

 死んだとはいえ、女性が不特定多数に体をみられるのは確かに嫌だと感じる者もいるだろう。

 今も少女の泣き声は鼓膜が張り裂けるのではないかという程響いていた。

 警察を呼べば悲しむかもしれない。


「死亡診断書は私が書く。君は休みたまえ。救命処置はしっかりしていた。お疲れ様」


 上司に肩をたたかれてシャーロットはそれ以上何も言えなかった。


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