11.
「ルイス、少し待っていて欲しい」
アルバートと別れてシャーロットはルイスを玄関付近の椅子で待機させていた。
(シャーロットさん、どこへ行ったのだろう)
アルテミア子爵夫人はアルバートに任せて解散した。それなのにシャーロットはなぜかルイスをここで待たせたままだ。
まだ病院で用事があるのだろうか。
そういえば先ほどの脳神経外科医と仲がよさそうだったな。
積もる話でもあるのだろうかとも思ったが、それならばルイスを待機させる必要性が感じられない。
「すまない。待たせてしまって」
足早で戻ってきたシャーロットはルイスの腕を掴んだ。
「ルイスは保険証を持ってきているか?」
「一応持ち歩いてはいますが……」
何で保険証を聞いてくるのだろうか。
「よし、では今から受診だ」
シャーロットはルイスの腕をひっぱりどこぞの外来へと連れてきた。
血管外科と書いている看板の元にどうして自分がここにとルイスは首を傾げた。
「靴擦れを起こしているだろう。せっかくだから足の専門に診てもらった方がいい。あと鼻も」
シャーロットは自身の鼻を示す。そういえばラナに頭突きされていた。
アルテミア子爵夫人を搬送することに夢中ですっかり忘れていた。
「いえいえ、シャーロットさんがくれた軟膏で治りますよ」
足の方は2か月前の塗り薬で治ったのだ。
鼻も違和感はないし大丈夫だろう。
受診する必要性は感じられなかった。
「だが、心配なのだ。足の少しした怪我で切断することもありえる。せっかくだし専門家にみてもらった方がいい」
「いえいえ、専門医外来て予約がいっぱいで何か月待ちになるでしょう」
先ほどのアルテミア子爵夫人の件は超緊急状態であったことと、緊急対応の割増料金も対応できる資産があったから可能だったのだ。
さすがにルイスにはそこまでの余裕はない。
「大丈夫だ。一人キャンセルになったから今ならみてくれると言っていたぞ。兄が」
最後の言葉にルイスは強張った。
「あ、兄?」
兄とは誰の兄であろうか。
「兄は私の兄のことだ」
「いえいえ、さすがにちょっとそれは」
今のこの状況でシャーロットの兄に会うのは精神的に厳しい。そんな余裕などない。
未婚の令嬢に個人的に会っている得体のしれない男爵家の子息と睨まれてしまう。
一応、シャーロットの叔父の仕事の都合でということになっているが兄からしたらあまり良い心地はしないだろう。
「来たのであればすぐに入れ」
扉が開かれて中から現れたのは栗色の髪に丸眼鏡の男であった。容姿は似ていないが空色の瞳を持つ。
すぐにシャーロットの兄だとわかった。
「兄は足血管の専門家なのだ。みてもらえ」
シャーロットはぐいぐいとルイスを診察室へと押し入れた。そしてシャーロットは診察室の外で待ってくれるという。ここまできたのだったら一緒にいてほしい。静かに閉ざされていく扉を切なく見つめてしまう。
「オリヴァー・ベルエイデンだ。外科医、専門は足切断だ」
足切断という部分を強く強調してくる。さすがに自分の足は切断必要な程のものではないと思っているのだが。
ここまでいくと断るのも悪いと観念してルイスは診察室で足をみせる。
「何度も怪我をしていたか……年単位で合わない靴で過ごしていたな」
足の形をみながら彼はため息まじりで呟いた。
確かにその通りである。若い頃は兵役で支給品のものばかりを身に着けていた。成長期なのですぐにサイズが合わなくなって新しい支給品が届くまでは我慢せざるをえなかった。退役後は海外放浪でなかなかその場しのぎの靴で過ごしていた。
「靴はどこで作っている。……ああ、あそこか。まだ卸して間もないからか、調整が必要なようだな。それで無理なら作り直させろ」
足のケアの方法、塗り薬について説明して処方箋を手渡された。
「あとは鼻か……みたところ問題なさそうに見えるが専門外だ。希望すれば耳鼻科に紹介状は書くが」
「いえ、そこまでは結構です」
処方箋を受け取りながらルイスは首を横に振った。
その時にみたオリヴァーの外見、シャーロットの兄というが骨格や肌の色は西大陸の特徴のものだと感じた。
思わず興味本位で尋ねてみた。少しの後ろめたさを感じながら。
「あの、ベルエイデン先生は……シャーロットさんのお兄様ですか」
「そうだ。シャーロットが言っていただろう。何故そんな質問をする」
くだらん質問をするなと彼は不機嫌そうにしていた。
「いえ、その……シャーロットさんは母親似で、先生は父親似かなとちょっと思いまして」
「似ていないのは母親が違うからな」
オリヴァーの言葉にルイスは一瞬言葉を失った。
「はい、お大事に。それでも膿ができたとか悪化したらまた教えてくれ」
それ以上会話する気はない。オリヴァーはそう言いたげにルイスを診察室から追い出した。
ルイスが出てきた頃にシャーロットは椅子から立ち上がった。
「どうだった?」
「大したことはなかったみたいです。塗り薬とケアの仕方と、靴屋に調整依頼の仕方とか教わって……」
「よかった」
シャーロットはほっとした表情を浮かべた。
もしかすると本当に靴擦れがひどくないか心配していたのかもしれない。
「あの、シャーロットさん。ありがとうございます」
専門家に診てもらえたことは確かにありがたいことだった。
だがそれ以上に――
自分の足をここまで気にかけてくれたことが、少しだけ嬉しかった。




