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シャーロットの仮説  作者: ariya
呪いの本

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22/27

8.


 ランチパーティーは微妙な空気の中執り行われていた。

 てっきりメインで進行するのは子爵家跡取りのアルバートだと思いきや、別だった。


「ほう、パンドディア様は海外放浪をされていたのですね。ティアランドは良い所でしたでしょう。未だに摩訶不思議な世界が広がっていて……」

「ええ、まぁ……母国にはない空気でなかなか新鮮でした」


 話の進行をしているのは主にラナであった。

 女主人であるアルテミア子爵夫人が思うように喋れない。その代行をするようにと彼女に目配せをしてラナはわかっているように話をしていく。

 随分と口達者な女性であった。


 するすると人の内面に入り込み、思う通りの会話を進めていっている感覚を覚える。

 ルイスは果たして今の情報を言って良いのだろうかと思いながらシャーロットの様子を伺っていた。

 彼女は肉料理を口に運びもくもくと食べていた。話に参加する様子は見当たらない。

 ラナが何度か彼女にも声をかけたが、シャーロットは「さぁ」「興味ない」といった具合で会話が閉じてしまう。

 おかげで会話の標的は付き添いのルイス・パンドディアに集中してしまった。


 早い段階の兵役、退役後は海外放浪をしてその日暮らしをしていたなどはどうやら夫人の興味を引いた内容のようだ。


「ちなみに極東の陽和国へは行かれましたか?」


 質問にルイスは首を横に振った。


「行きたかったのですが、母の病状が悪化したと報告を受けて急ぎ帰国しました。母のことが心配でしばらくは国内に留まり会社勤めを始めた次第です」

「まぁ、お母さまは」

「元気ですよ。一時期心労がたたっていただけだったようなので」


 ルイスはぶんぶんと手を振った。


「親孝行は大事なことです。ですが、陽和国へ行けなかったのは残念ですね。いや、行かなくて正解でした」


 ラナは最後に厳しい口調で言った。


「かつては自然豊かな美しい国、古代から続く言葉を大事にする呪いがさかんだったと聞きますが……開国、文明開化と今では我が国のように人工的なものに侵食されたと聞いています」


 100年前まで陽和国は鎖国、国を閉ざして国交を一部のみに限局し独特な文化を持つ国だった。その文化の結晶がこの屋敷にも至る場で散見される。新大陸、西大陸の列強により国は開かれて彼らは新しい文明を取り入れる必要性があった。

 首都のつくりは母国と似た構造になりつつあり、かつての姿を望んだ愛好家たちはひどく残念がっていたという。


「ベルエイデン令嬢の母上は陽和国出身でしたね」


 話は何度目になるかラナはシャーロットの方へと振られていった。


「令嬢は陽和国に何か思い入れはありますか?」


 ごくりとシャーロットは肉を嚥下していった。ハンカチで手をおおいしばらくして彼女はそっけなく答えた。


「さて、私は生まれも育ちもアシュラムであり陽和国がどういった場所なのか全く知らない。母も物心つく頃に他界したためかの国の話は聞いていない」


 相変わらずの会話の閉ざしっぷりであった。

 ここでまたルイスに話を振るかと思ったが、ラナは目を細めて言った。


「亡きベルエイデン夫人は美しい方でした。社交界で着物ドレスを着た姿はどれだけの人を魅了したことか。ダンスは難しいドレスでしたが、いるだけで花にも蝶にもなりえる存在でした。ベルエイデン伯爵が無理に再婚を進めたのも無理はないと今も一部では語り草です」


 懐かしむ声。まるで彼女を見てきたかのような話しぶりである。

 これはアルテミア子爵夫人の代弁だろう。一介の祈祷師が社交界での様子をみてきたとは思いにくい。


「あなたの黒絹の髪、白磁の肌……かつての夫人の姿を想いだされる」


 ラナはシャーロットを見ながら彼女の容姿をほめたたえた。髪の先からつま先まで吟味するような視線にルイスは嫌な気分を抱いた。できることならばシャーロットの前へ立ち視線を塞いでしまいたいとさえ思った。


「さぞ着物ドレスが似合うことでしょう」

「嫌だよ。あんな苦しいドレス……拷問だ」


 シャーロットは水を飲みながら着物ドレスを断じた。着たことがあるようだ。


「コルセットもきついと思いますがね」

「コルセットもきつい。だが、着物ドレスの帯も拷問だ」


 シャーロットははぁとため息をついた。心底嫌そうな表情である。もはやランチパーティーに参加した貴族令嬢を演じる気はさらさらないようである。


 「何と無礼な」と言われないかとルイスはアルテミア子爵夫人へ視線を移した。

 アルテミア子爵夫人といえば、特に声を荒立たせる様子もなくシャーロットを見つめていた。

 時に険しく目を細めて、先ほどのように口をへの字に変化させる。

 あまり良い感情は抱いていないようだが、体調がすぐれない為に我慢しているのだろう。

 ルイスにみられていると気づいた彼女は、視線をそらして右手でスプーンを握ったが、右手が大きく震えている。左手で支えて何とかスープをすするがぽろぽろとこぼれていった。

 アルバートは見ていられず立ち上がろうとする。


「大丈夫ですよ。アルバート様、夫人が助けを求めれば私がすぐに応じますので」


 アルテミア子爵夫人としては自分でできることはしたいという希望があるようだ。ラナはそれを感じて必要以上の介助はしていなかった。


「それで夫人に私から言いたいことがある」


 シャーロットは夫人の方をみた。


「はい、何でしょう?」


 ラナがにこりとほほ笑むがシャーロットは首を横に振った。


「私は夫人に言いたいのです」


 間に入らず直接。

 何だろうとアルテミア子爵夫人はシャーロットの方へ視線を戻した。一応聞こうという所作と受け取りシャーロットは言った。


「病院へ行くべきだ。このままだと死にます」

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