6.
2か月ぶりの紳士服にルイスは落ち着かない様子であった。
目の前には赤の襟とリボンをアクセントに取り入れたサマードレスを着たシャーロットであった。
膝の上には少し大きめなピクニックバスケットが乗せられていた。馬車の揺れと共にごとごとと中で音が聞こえる。
何が入っているか気になるが、女性の持ち物に興味を持つのは後ろめたく感じた。
今から向かうのはアルテミア子爵家の屋敷である。オルガが手配してくれた馬車でとことこと道を進んでいく。
何となく会話がなくて気まずい。
シャーロットがとても不機嫌な空気を醸し出しているからだ。
さて、どうしてこういうことになったか。
――ルイスは前日の光景を思い出した。
「明日の午前10時にベルエイデン伯爵家とパンドディア男爵家へ馬車を向かわせます」
「ん?」
話の途中にルイスは首を傾げた。
「俺も行っていいのですか?」
今の話しぶりではお願いをしているのはシャーロットであり、ルイスは関係ないようにみえる。
彼はシャーロットの叔父の編集担当に過ぎないのだ。
「ええ、大叔母といっても怪しい祈祷師が出入りする屋敷ですし恋人も心配になるかと」
オルガの勘違いにルイスはむせこんだ。
「お、俺がシャーロットさんの恋人っ……違いますよ」
ぶんぶんと首を横に振った。
ベルエイデン伯爵家の令嬢と恋人など、彼女の家族に何といわれるか。
一応貴族の血筋であるが父は男爵という下位貴族。爵位を継げるかといえば、そうい訳ではない。
領地に兄がおり、彼が継ぐ予定になっている。
つまり爵位のないただの貴族の血筋、出版社勤務の平社員に過ぎない。
どうみても不釣り合いであろう。
「俺はシャーロットさんの叔父の編集担当で、彼女はその中継ぎをしてくれているのですよ」
だから恋人とかそんな関係では一切ありません。
何とか伝わったようでありオルガはちらりとシャーロットを見つめた。頬が緩んで何だか楽し気にしている。
ちらりと隣をみるとシャーロットが不機嫌そうなオーラを出していた。
まさか、恋人と勘違いされて不機嫌になったのだろうか。
(そんなに怒るなんて……やっぱり男爵家の子息とだなんて思われたくないんだな)
貴族令嬢の世界の厳しさに少し動揺してしまう。
「ですが小さいながらもランチパーティーという形式にしますのでエスコートする方が必要ですわね」
オルガは試すようにシャーロットに声をかけた。
「別に私はエスコートなど不要だが」
「いけませんわ。ベルエイデン令嬢! あなたがエスコートなしでランチパーティーへ参加したなど噂されるのは私も本望ではありません」
ですから……
そう言いながらオルガは両手を合わせて提案した。
「こちらのパンドディアさんにエスコートをお願いしましょう」
「え、……えーっと」
「もしかして明日は勤務が? 確か、グレル社は週休1日制だったはず」
その通りで一応明日は休日の日曜日である。何かしらの事件発生時の緊急取材の当番というのもあるが、ルイスはそういった部署ではないので関係ない。
「では、パンドディアさんにエスコートをお願いしましょう。馬車はまずはパンドディア男爵家へ、その後にベルエイデン伯爵家へと向かわせます」
さくさくと話が進んでしまっていた。
こうしてルイスは卸したての紳士服に袖を通してシャーロットのエスコートをするにいたる。
場面は揺れる馬車の中へと戻る。――
シャーロットはエスコートを受けるもののまだ不機嫌なオーラを醸し出していた。
「すみません。シャーロットさん」
突然ルイスが謝罪してきてシャーロットは顔をあげた。
ルイスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺なんかがシャーロットさんの恋人に誤解されるなんて……もう少し場所とか人目を気にした方がよかったです」
「待て……場所は私が指定したことだし……はぁ」
シャーロットはため息をついてうつむいた。
「シャーロットさん?」
ルイスが声をかけるとシャーロットは両手でぱんと自身の両頬を叩いた。
「私が勝手に不機嫌になっただけだ。君が気に病む必要などない。それに『俺なんか』と言う必要はない。君は……素敵なのだから」
最後照れながら言うシャーロットにルイスは思わず頬が緩ませた。
彼女は髪の端に手を触れてくるくると指にからませる。何度か会っている時に気づいたが、照れたり恥ずかしいと感じる時の所作だった。
「私の方こそ悪かった。君は決して悪くない」
「良かった。怒らせたのかと不安で」
彼女の愛らしさをみると不安は一気にかき消え、思わずルイスは笑った。
「ところで何で不機嫌だったのですか?」
そう聞くとシャーロットはぷいっと窓の方をみた。
「言いたくない」
子供っぽい口ぶりにしょうがないなとルイスは目を細めた。
馬車はアルテミア子爵家へとたどり着いて、ルイスは立ち上がり先に馬車を降りた。
紳士服は自分の体格に合わせて作られたもので胸の苦しみは感じられない。この前のような失態はなさそうで安心した。靴の方は、窮屈ではないものの違和感はあった。後日調整を依頼しなければならないと頭の隅を考えていた。
「シャーロットさん」
ルイスが手を添えるとシャーロットは自身の手を差し出した。白く小さな手が、ごつごつした男の手と重なっていく。
ほんの少しだが指にたこができていると感じた。医者の仕事をしていないとはいえ、勉強をかかさずしているのだろう。




