1.
ケルトニカ帝国、メロヴィク朝。
産業革命から、蒸気機関車が走り物流が盛んとなり、さまざまな物質の大量生産が活発になる。
各所いたるところに工場は建ち、労働者たちの往来が多く、わずか100年で都市の風景は変わった。
人々の識字率はあがり、労働階級の者でも学問の道に進み、人々は未来を渇望した。
それに取り残されている者がいるのもまた事実。
ここに一人の男がいる。
ルイス・パンドディア。
バテレン子爵の甥で、パンドディア男爵の子であった。
海外放浪をして記録を書いていたが、母親が心労で倒れたことを契機に帰国した。
「ルー、お願いだから近くにいて。せめて、国内……国内にいて」
随分と痩せ細った母をみてルイスは都内で就職することとした。
長い間、放浪記執筆で世話になっていたグレル出版社に勤務することになる。
「本日より働くルイス・パンドディアです。よろしくお願いします!」
力強く挨拶するルイスに歓迎の拍手が湧き上がる。
「いやぁ、助かるよ。新年、何人か兵役で抜けてしまったから」
兵役を15歳から5年と早々に終わらせていたルイスは苦笑いした。
兵役は20年前から開始されて、5年勤務する必要があった。追加税金さえ払えば免除されたり期間短縮することも可能だが、貴族社交界に辟易していたルイスは母からの提案も無視して兵役に入った。5年経過したら今度は海外放浪と、母の白髪は増えていったと父から手紙を送られる日々だった。
「君には一人の作家の担当になってもらいたい」
部長が一冊の本をルイスに見せた。
その本を見てルイスは笑った。
「その小説ならシリーズ既刊分読んでいます」
母が倒れて療養中、母の代わりに図書館へ通い本を借りていた。母が読み終わればルイスも読み、興味が出れば自身も借りる。
探偵ネロシリーズ。
貴族に生まれながら、気難しい性格が禍いして家門から追放される。家庭教師のバイトをしながら生計を立てていた。教え子のアルトがネロの元へ通い、街中の事件、謎を伝える。ネロは次々と解決して、アルトは彼を探偵と呼び色んな場所へと連れ出す。
推理小説は元から好きだったルイスは童心にかえり、熱中した。国外に出ていた間にこの小説があるとは知らず、出会うのが遅れたことを後悔した。
「それは頼もしい! 今日から君はこの作者、チャールズ・イヴァノヴィチの担当を任せたい!」
突然の割り振りにルイスは目を丸くした。
一応、看板作家の一人だろうにそれを新入社員に任せて良いのだろうか。
(いや、もしかするとめちゃくちゃ面倒見のよい初心者向きの作家さんなのかもしれない)
振られた仕事ならば、やってみるしかないだろう。
「わかりたした。期待に添えるかわかりませんがやってみます」
ルイスの返事に部長は満足げに頷いた。
前任担当から引き継ぎを聞いてみようと思ったが、すでに兵役に旅立ちいなくなっていた。
彼が残したマニュアルノートを渡された。
まず1ページ目はチャールズ・イヴァノヴィッチに関して。
――先生はまずは代理人を立てて打ち合わせをする。執事だったり、メイドだったりする。何かあれば彼らに相談するのがよいだろう。時々姪御さんが代理人として現れることがある。一番先生に近しい方な為か、一番こちら側の意見が通りやすい――
どこぞの貴族の子息なのか。
面倒くさい相手なのは確かだろう。
ルイスは引き継ぎに目を通して、代理人と会う予定の喫茶店へと向かう。
喫茶店「ユーファ」。
東洋風の家具が取り入られたエキゾチックな雰囲気であった。
店員に社名を伝えたらすぐに席の方へ案内された。席はパーティションで区切られていて小さな部屋のように思えた。隣の席からの空間も広く、多少の会話は気にならずにすみそうだ。
若い令嬢たちの茶会にも利用されているようでパーティション越しに麗しいドレスの布がちらりと覗く。
案内されたブース席にはすでに先客がいた。
白いレースのブラウスに紺のふんわりとしたスカートを着た黒髪の少女だ。
ストレートの長い艶やかな髪に、白磁の肌が目を惹く。瞳は紫紺色だが、肌の系統から東洋の血が流れているように思えた。
ここ数年で、この国は東洋のある国との交流が活発で、婚姻を結ぶ家がいくつか散見された。
貴族階級でも時々、彼女のような混血を見ることがあったがルイスが幼い頃は奇異な視線に晒されていた。
少女は目の前のプリンをパクリと食べて美味しそうに頬を緩ませて震えていた。
「幸せそうに食べるなー」
思わず声に出て、少女はパッとルイスの方へ視線を向けた。
水晶のような瞳が自分を映し出して奇妙な心地を覚える。
大柄の筋肉質の男に声をかけられて警戒されたかもしれない。
ルイスはすぐに自己紹介を始めた。
「グレル出版社のルイス・パンドディアです。この度、チャールズ・イヴァノヴィチ先生の担当編集になります。ご令嬢は代理人で間違いないですか?」
少女はスプーンを皿に置いてから頷いた。
「そうだ。私はシャーロット・ベルエイデン。シャーロットと呼んでくれたまえ。敬語はいらない。私も楽に話させていただく」
シャーロット・ベルエイデン。
どこかで聞いた名前だな。
きっとベルエイデンの名前だからだろう。
法医学の権威。先日、血痕から血型を解析する手法を発表し、検死に革命をもたらせたベルエイデン伯爵がいる。
実は、推理小説を書こうかなと目指していた時期があり彼の講演会にも参加したことがある。
「先生の姪御さん、でしょうか?」
「そうだ。叔父さんは極度の人見知りでこうして代理人を立てている」
楽に話してくれと再度言われてルイスは悩みながらも少しずつ言葉を緩ませていこうと考えた。
シャーロットに渡されたメニュー表をみる。
さすが令嬢のサロン会場にもなっているお店で飲み物の種類が豊富だ。
コーヒーも、紅茶も、緑茶も取り揃えられている。
久々に抹茶を飲んでみたくなった。放浪中に東洋人の旅行者が飲ませてくれた渋い飲み物だ。
渋いがルイスに合うのか、妙にくせになり旅行者から少し飲ませてもらった。




