5.
注文していた飲み物が置かれてからオルガは口を開いた。
「相談したいことがあります」
オルガの様子から想像できていたシャーロットはこくりと頷いた。
「私は相談員でもなければ探偵でもないのだが」
シャーロットのいつもの尊大な言葉遣いであるが、オルガは特に気にしていないようだ。
「はい、ベルエイデン令嬢はお医者様ですよね」
「今は全く患者をみていない引きこもりだけどな」
シャーロットはばつの悪そうな表情を浮かべた。人付き合いが苦手な彼女は自身を医者に向いていないと判断していた。ルイスからしてみればそうは見えないのであるが。
「それで私に何をして欲しいのだい?」
一応要件は聞いておこうとシャーロットは尋ねる。もちろん聞くか、聞かないかは彼女の自由である。
「私の大叔母に会っていただきたいのです」
オルガの大叔母というと年配女性であろうか。歳の離れた兄弟も珍しくないため、年齢の想定が難しい。
「大叔母はアルテミア子爵夫人。私の母方の祖父の妹になります。今年で62歳になりますわ」
アルテミア子爵――ルイスは自身の記憶を辿った。グレル出版社は主に新聞とエッセイ・小説部門がある。ルイスはエッセイ・小説部門の配属で、同部署の著作物はある程度頭に入れていた。
その中にアルテミア子爵の著書があった。
「アルテシミア子爵というと、考古学者で有名な方ですよね。いくつかエッセイを出していて」
オルガはこくりと頷いた。
「大叔父ですわ。もう他界しましたが」
自身の目の前の紅茶にひとつ角砂糖を入れていく。茶器の中で小さな水の揺れを眺めながらオルガは説明した。
「大叔母はフランソワーズ・アルテミア子爵夫人。大叔父が亡くなった後は、彼女が子爵代理として子爵家を切り盛りしていました。私の実家の商会とも連携して子爵家の財政を整えた尊敬すべき方ですわ」
経歴をみると確かに立派な女性のようだ。子供はいないということで、オルガの兄を養子にして跡取り教育をしている最中らしい。
「兄づての相談で不明な要素が多くて心苦しいのですが、最近大叔母の様子がおかしいのです。昔はもっとはきはきしていたというのに最近は……何というか」
「病院へ連れていくといいだろう」
シャーロットのいうことは尤もである。
平民からすれば病院受診は敷居が高いだろうが、貴族の、財を成しているアルテミア子爵家であれば問題ないだろう。
「兄も提案しましたが、大叔母は全く拒否されて家には怪しい祈祷師が出入りしている始末です。大叔母は……その、尊敬はしているのですが自然派で」
自然派という言葉を聞いてシャーロットのみけんにしわがきざまれるのを感じた。
「自然派というのは自然を愛する芸術家でしたっけ?」
ルイスは自分の中の知識を確認した。
それにシャーロットは説明した。
「ああ、人工的なものを嫌い自然……元からあるものを好む行為を総称していう。全ての者がそうではない、のだが時々過激な派閥がいて近代医学に拒絶反応を示して祈祷師や魔女と呼ばれる存在に病気を治してもらおうとしている者もいる」
そこまで説明を受けてルイスは納得した。
近代医学、法医学を専攻しているシャーロットからすでば頭が痛くなる存在であろう。
「ちなみに祈祷師は何と言っている?」
だいたい想像はつくものの今どういった対応がされているかシャーロットは尋た。
「先日手に入れた呪いの本が原因だからそれに合わせた祈祷で呪いを得くといっているわ」
呪いの本。最近聞いた単語だなとルイスは首を傾げた。
「大叔母は大叔父が死んだ影響で呪いの品を集めることに傾倒してしまって、彼女の趣味の部屋は使用人たちの間では呪いの部屋とまで呼ばれているの。最近、オークションから呪いの本を手に入れて、そこから大叔母の様子がおかしくなったの。使用人の話では、あの本を手にした夜に転倒して大きなこぶを作ったのですって。今はだいぶ引いていますが」
オークションという単語でルイスは「あ」と声をあげた。シャーロットもすでに気づいたようである。
2ヶ月前に行われたクレト伯爵家のオークションを思い出した。
「その本は綺麗な緑色でしたか?」
「ええ、兄に見せていましたが綺麗な緑色の装丁の本だったようです。芸術品としても見れそうなもので呪いの品に辟易していた兄も珍しく褒めていましたわ」
からんとフォークが皿の上に置かれる音がした。シャーロットの前の皿をみるとケーキとアイスがなくなっていた。
「それで……いつ訪問しても良さそうなのだい?」
シャーロットの質問にオルガの表情が明るくなった。
「来てくださるのですか?」
「呪いの本について興味があるのでな。ただ、そのアルテミア子爵夫人が私に会ってくれるかどうかはわからないが」
確かに自然派のアルテミア子爵夫人はシャーロットに警戒するだろう。一応、法医学医であり、現代医学・科学に準じている人間である。
オルガの話を聞く限りは職業名を聞くだけで嫌がりそうだ。
「いえ、それは大丈夫だと思いますわ」
オルガはシャーロットの顔をじっと見つめた。
何だねとシャーロットは目をぱちぱちする。
「兄を通して日時をお伝え……いえ、明日のお昼前お迎えにあがらせますわ。ランチの手配を兄にさせておきます」
アルテミア子爵夫人の予定というものもあるだろうに何故そうも確定できそうなのか。
オルガは手帳を開いて、てきぱきと来訪の手配について話してきた。




