3.
「ところで、ルイスさん。足は大丈夫かね」
シャーロットはルイスの足をみた。
そう言われると痛みを思い出してしまう。
それなりの靴も必要と父の古い靴を拝借していた。
何とか入りはしたものの、サイズがあっていない。
移動の半分は馬車利用であったが、それでも靴はルイスの足をしめつけて親指と外踝部に刺激を与え続けた。
「嫌でなければ見せて欲しい」
そういいシャーロットはルイスの足元に膝をついた。
「ドレスが汚れますよ」
ルイスはシャーロットにそのような恰好はしてはならないといったが、彼女は聞かない。
全く動く様子がなく、ルイスは靴と靴下を脱いだ。
2歳年上とはいえ、シャーロットに自分の足をみられて心が落ち着かない。
毎日綺麗にしているつもりであるが、今日は合わない靴のせいで変に蒸してしまっている。変なにおいがしなければいいのだが。
シャーロットはルイスの足に触れて、赤く腫れ、皮がめくれた部分を見つめた。
「軟膏を渡しておこう。足を綺麗にした後塗ってくれ。1日2回程……それでもよくならないならば教えてくれ」
「大丈夫ですよ。これくらいの傷は慣れていますので」
兵役にいた時は成長期で支給された靴が合わなくて似たような状態になることがしょっちゅうだった。
「全く……慣れたら困るよ」
シャーロットはじっとルイスを見上げた。紫の瞳に見つめられると落ち着かなかった。
ブチッ
思わぬ音でルイスの表情は固まった。
今、何が起きたのかルイスも、シャーロットも理解できずにお互い見合わせた。
サイズが合わずパツパツのルイスのシャツがついに悲鳴をあげてボタンが外れてしまった。そして飛び出したボタンがシャーロットのおでこへと直撃したのである。
思わぬ出来事にルイスは顔を赤くしてしまった。
「あ、す、すみません。シャーロットさん」
ルイスは冷や汗をかきながらシャーロットに謝った
「っふ」
シャーロットの口から漏れ出るのは盛大な笑い声であった。あまりにおかしかったのか、彼女は自身の腹をかかえて笑っていた。
「ボタンが外れてしまうなど……いや、大丈夫だ。しかし、随分サイズが合わなかったのだな」
そう言われてルイスは恐縮した。
「いや、これは父の紳士服で……決して俺が太ったというわけではなく」
「それくらいわかっているさ。すまなかったな」
逆に謝られるようなことをしたわけではないというのにシャーロットが謝罪した。
「私の無理に付き合うために急ごしらえで準備したのだろう。靴も、体も随分無理をさせてしまった」
ついついルイスの好意に甘えてしまったことにシャーロットは改めて感謝を述べた。
「ありがとう……ルイス」
改めて呼ばれた親しみのある声にルイスはじわりと熱くなるのを感じた。
「と呼んでもいいかな?」
後になってシャーロットはルイスに同意をとる。別に問題ない呼び方だ。
いつもより彼女が近づいた心地がした。
「平気です」
「そうか、君も私のことをシャーロットと呼んで構わないよ」
「いや、それは……」
相手は年上だし、未婚の令嬢である。男爵家の子に過ぎないルイスが伯爵令嬢を気軽に呼ぶなどはばかれた。
(実際はこのように出会うことも本当はありえないのだろう)
カタンと馬車の停まる音がした。窓の方をみると貴族の邸宅が並ぶ通りである。
そこにシャーロットの実家、ベルエイデン伯爵家の門が見える。
「では、私はここで……大丈夫だ。君は今の足を大事にしたまえ」
最後までエスコートをとルイスは靴を履いて動こうとしたが、シャーロットは制した。
「それではルイス。良い夢を」
シャーロットはそういい馬車を降りた。童話ヒロインの衣装も相まって軽やかさが強調されて絵になる。
ふわりと広がるドレスの裾が波打つ様子に思わず目を奪われそうになった。
◆◆◆
「あいたた……」
自宅のソファに腰かけてルイスは足の痛みに声をあげた。
風呂に入った後、シャーロットに言われた通り軟膏を塗る。その上で母がガーゼをあててくれた。
「あら、これは人気ブランドの軟膏じゃない」
軟膏入れの銘柄をみて母が呟いた。
「へぇ、そうなんだ」
「火傷にも効くし、美容にもいいのよ」
いーなーと母は目をきらきらとさせていた。
「あげないよ」
少し不服気な母にルイスはため息をついた。
これはシャーロットが自分の足を気遣って渡したものである。せめて足がよくなるまでは譲れなかった。
(よく考えたらシャーロットさん、俺の前で膝をついたのか)
しかも足に触れた。
伯爵令嬢としてはありえない動きである。
(まぁ、シャーロットさんは医者だし……きっと義務感でそうしただけだろう)
男女の色気のあるような場面ではない。そんなことを考えるとシャーロットさんに悪い。
自分がつき合わせてしなくてもよい靴擦れを起こしたことに責任を感じているようにも思えた。
彼女の白い手が自分の足に触れた瞬間を思い出した。そして見上げてくる彼女の紫の瞳を。
その記憶が、妙に生々しく蘇り同時に不安がよぎった。
(臭く……なかったか)
ルイスは改めて自分の足を見つめた。靴下と靴は風呂に入っている間に母が回収してしまったので確認ができない。
ぽすっとソファの上に寝ころんでルイスは自身に大丈夫と言い聞かせた。
(シャーロットさんは匂いなど気にしないだろう。うん大丈夫……)
それでも、あの紫の瞳に映った自分の姿を思い出すと、胸の奥が落ち着かなかった。




