2.
オークションがはじまり人々は熱気の表情で会場の商品を見定めた。
「こちらは南方の大陸に伝わる呪いの人形です。今にも不吉を呼び込みそうな不気味さを兼ね備えた逸品です」
麻の紐でまいて人の形をもした薄汚れた人形であった。ところどころに髪の毛を使用している、血が練り込まれているといった説明を受けてルイスはぞわぞわしたものを感じた。
(あんな不気味なものを誰が買うというのか)
「10万タル!」
「10万2千タル!」
薄汚れた人形に思いの外高額な値段で落札しようという声が湧き上がった。
(嘘だろ。あんな不気味な人形にそんな高額かけるのか)
「むぅ、思ったより開始が高いな。本命のためにここは温存しなければ」
隣に座るシャーロットはぼつりと呟いた。
もう少し手頃な値段であれば落札の声をあげていたのか。
ルイスには理解できなかった。
続いて座ると呪いを受ける椅子と、何に使うかわからない器具にありえない落札額が叫ばれていく。
「こちらは呪いの本! みるものを魅了する美しい装丁、しかし手に取った者の命を奪う恐ろしい道具です」
緑色の本が現れて、シャーロットは番号札をあげた。
「100万タル!」
その言葉にルイスは悲鳴をあげた。
ルイスの1年分の給金よりもずっと高額だった。
ちなみにルイスの現在雇用の手取りは1ヶ月600タルである。
「120万タル」
後ろの方から静かな女性の声が響いた。
視線を向けると白髪の上品そうな老婦人であった。エレガントなドレスに蝶の絵が描かれた純白の仮面をつけている。
「む、130万タル!」
シャーロットは落札額をあげていった。しかし老婦人は慌てる様子はなく続けた。
「160万タル」
シャーロットはしばらく考えてからさらに叫んだ。
「300万タル!」
(い、一体どこにそんなお金があるのだろう)
よく考えれば彼女は伯爵令嬢である。そして医者でもある。
今はたいした働きはしていないというがそれなりに貯金があるのだなと少し虚しく感じた。
(いや、俺も一応印税でそれくらいはある……けど)
貯金通帳を最後にみたのはいつだっただろう。
海外放浪記で得た印税でそれなりに貯まっていた記憶がある。
「1000万タル」
老婦人の静かな声にシャーロットは悔しそうに唇をかんだ。
どうやら今動かせる金額が超えてしまったようだ。
「ありがとうございます! 1000万タルで落札です」
拍手がわきあがった。
呪いの本でここまでの白熱した合戦を見られるとは思わなかったようだ。
「よしよし、お嬢ちゃん。がんばったね」
後ろから男がシャーロットの髪を撫でようとして、ルイスは腕を伸ばした。男の手をガードしてシャーロットをガードした。
(この男……)
ルイスは自分の中の記憶を辿った。仮面をしていないためすぐにわかった。
若い令嬢と遊んでいる手癖の悪い男だ。
逮捕されていたが不起訴になったという記事を読み覚えている。
やはり自分がついてきて正解だった。
「50万タル!」
当のシャーロットとしてはやけをおこしているのか宝石がついていない無地な指輪に声をあげた。
さすがに誰も関心を示さなかったのか、すぐにシャーロットの落札に決まった。
その後は数点落札をおえてオークションはお開きとなった。
「はぁ……」
帰りの馬車でシャーロットの表情は暗かった。
3つ程落札はできていたが本来のお目当ての呪いの本は手に入らなかったようだ。
「そんなに欲しかったんですか? 確かに綺麗な本だったけど」
あまり見ない鮮やかな緑が印象的であった。
「あの色は現在は使用禁止になっている毒の色だ」
シャーロットは何のこともないように説明した。
「あの色はシェーレグリーン。原料はヒ素だ」
ヒ素は無味無臭の毒で、今は個人での利用は禁止されている。
「100年前の社交界でドレスにも使用されていた。着るものを死なせる死のドレス、今は保健省の届出と資格がなければ個人で持つことは禁止されている」
「あんな風に落札されて良かったんですか?」
「あんなにふんだんにシェーレグリーンを使用したものを扱うにはいささか不用心だ。あの婦人がシェーレグリーンの扱いを理解していたらいいのだが」
危険な本を落札しようとしたシャーロットにルイスはジト目であった。
「他の品にもやばい毒が仕込まれていませんか?」
「あれは……ないというわけではないが、大丈夫だ。たぶん」
「たぶん」
ルイスの言葉が強くなりシャーロットは慌てる。
「指輪は暗殺器だが、ボタンさえ押さなければ毒針はでないから大丈夫だ。他は意味のない呪い道具だし」
「そんな危険なものを購入して大丈夫なのですか? 管理できますか?」
質問が立て続けに起きる。
「わ、私ではなく叔父が持つのだ。それに管理するのは我が家で一番毒の管理に詳しい者だから問題ない!」
シャーロットは頭の中でどうにかルイスの心配を解消しなければと思案した。
こんなにも自分がルイスに心配をかけるとは、シャーロットは思っていなかった。
「そうですか。イヴァノヴィッチ先生が所持する予定……」
それならシャーロットが触れる機会は今後なくなる。
そう考えるとルイスの口調が少しゆるやかになったように感じる。
「そ、そうだとも。叔父の所蔵になるから大丈夫だ」
ただ、その叔父チャールズ・イヴァノヴィッチは存在せずシャーロット自身である。
ますますシャーロットはルイスに人気作家チャールズ・イヴァノヴィッチであることを明かせなくなった。




