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【不思議な話】出雲の神と言霊の国・蘇った王の系譜

※ この作品は動画でご覧になれます

https://youtu.be/46VKvpMyB3g

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ーーー


私は、おじいちゃんが大好きだった。

おじいちゃんは、私のことを怒ったことがない。たまにお小遣いもくれたし、いつだって一緒に遊んでくれた。


今年の春、私は小学校を卒業して中学生になる。

その晴れ姿を、おじいちゃんにも見せたかった。


でも、それなのに……。

それなのに、どうして……。


今年の冬、おじいちゃんが突然亡くなってしばらくたった日の夜のこと。

おじいちゃんが、まるで幽霊みたいに枕元に現れた。


でも不思議と怖くはなかった。眠くてぼんやりしてたからかもしれないし、相手がおじいちゃんだったからかもしれない。

それに、おじいちゃんは何かを私に伝えようとしていた気がする。

うまく思い出せないけど、「言葉は大事だ」みたいなことを言っていたような……、そんな感じだった。


次の日、私は昨夜のことを黙っていられなくて、ママに話した。


「本当だってば! ねえママ、本当に見たんだよ。おじいちゃんの幽霊」

「ぷっ。どうしておじいちゃんが化けて出なきゃいけないのよ。恨まれてたの?」

「えー、わかんないよ」

「……あんたが一番可愛がられてたんだよ」


そう言われてみれば、たしかにそうだったかもしれない。


初めて、身近な人の死を経験した私。

その「死」の怖さが、夢の中でおじいちゃんの姿になって出てきただけなんだ、とママは言う。

でも、あれは絶対に夢じゃなかった。

私はもうすぐ中学生だ。夢なら夢ってわかるし、ちゃんと見たものとは区別できるつもりだ。


あのときのおじいちゃんの顔だって、まだ覚えている。

少しだけ、悲しそうに笑っていた。


「もしかしたら、おじいちゃんは私に言いたいことがあったのかなぁ……」


そんなことを考えていたら、昨夜おじいちゃんが口にしていた言葉を一つ二つと思い出しはじめた。


「そういえば、おじいちゃん、言霊とか、歴史とか言ってたなぁ。あ、そうそう、ほこらがどうとも言ってたっけ……」


うちの庭の隅っこには、小さな神社みたいなのがある。

毎朝、おじいちゃんはそこで手を合わせていた。

何の神様なのかはよく知らない。

でも、私の住んでいるあたりの家には、ミニチュアみたいな小さい神社をまつってる家がけっこうあるから、たぶんそれと同じだと思う。


それでも、おじいちゃんがあそこを、やけに大事にしていたのが気になった。

もしかして、何か理由があったんじゃないか。

そう思って、私はパパに聞いてみた。


「え? 神社? 庭の隅にあるほこらのことか? あれは庭の神棚みたいなもんだ。うちは農家だから、五穀豊穣ってやつでな。昔、じいちゃんがDIYで作ったんだ」

「あれ、祠って言うの? へえ……、おじいちゃんが自分で作ったんだ。すごーい!」

「すごかないよ。あんなの、パパでも作れるぞ。わっはっは」


農業の神様をまつってるだけなら、おじいちゃんの幽霊とは関係ないのかもしれない。

でも、確かにおじいちゃん、「祠」って言ってた気がする。


どうしても気になって、次の日曜日。朝ごはんのあと、私は祠を見に行った。

うちは敷地が広い。その祠は庭のいちばん端っこのほうにある。

庭には木がたくさん生えていて、祠もその木に囲まれているから、お昼なのに少し薄暗い。


私は、祠を正面からじっと見たことがなかった。

長く見ていると、オバケとか、何か怖いものが出てきそうで、なんとなく避けていたのだ。


「怖いなぁ……」


そうつぶやきながら、私はあとずさりして、祠を正面から見ていた。

そのときだった。


「やあ、見つけたぞ!」

「きゃっ!」


いきなり声がした。どこから?

近所で聞いたことのない、男の子の声。


振り向く間もなく、その声の主は私の背後に現れた。

身長は小学四年生くらい。私より小さくて、体も細い。

白い柔道着みたいな服とズボンをはいていて、腰の帯は黒っぽい。なんでそんな格好?


「ちょっと、いきなり出てきたけど、あんた誰なの?」

「オレはウシルっていうんだ」

「あー、はいはい。柔道教室の子でしょ? あそこ厳しいって有名だもんね。逃げてきたんだ」

「ちがうよ」


ウシルはケタケタ笑った。

その笑い方が、なんだか人をバカにしてるみたいで、ちょっとムッとした。

来年中学生になる私が、ここでなめられていいわけがない。

ちゃんとお姉さんだってことを見せなきゃ。


「あんたね、何でも練習しなきゃうまくならないんだよ。毎日コツコツやれば、ちゃんとできるようになるんだから」

「……」

「ウシル、だっけ? あんたならできるよ。だって、体動かすの得意そうじゃん」


そこまで言ったとたん、ふざけた態度だったウシルが、急に黙って下を向いた。


泣いちゃうかな、って一瞬思った。

でも、泣くというより、口元がほんの少し笑ってるみたいにも見えた。

そしてウシルは、誰に聞かせるでもなく、小さな声でつぶやいた。


「なぜに我が心は、かくも勇むのか……」

「えっ? なにか言った?」


さっきまでの調子と違って、ボソボソ話すから、よく聞き取れなかった。

ただ、変わった子だな、とは思った。


……早めに帰ってもらったほうがいいのかもしれない。


「ねえ、どこから来たの? あんた、どこの子? ここ、うちの敷地だよ。どうして勝手に入ってきたの?」

「勝手じゃないよ。ワカコのおじいちゃんに頼まれたんだ」

「……は? ていうか、なんで私の名前知ってるの? あんた誰なの!」

「ワカコのじいちゃんの友達」


ふざけんな、って言い返そうとした、そのとき。


「頼みがあるんだ」


急に、男の子が真顔になった。

さっきまでのヘラヘラした感じが消えて、なんだか変に本気っぽい。


「……なあに」

「オレを助けてほしいんだ」

「どうして?」

「オレが助かれば、ワカコも助かるんだぞ」

「……」


意味がわからない。

小学四年生くらいの子って、かまってほしいときに、こういう変なこと言ったりする。

でもこの子は、意地悪してくる感じじゃない。そこはまだマシ、と思うことにした。


「ねえ、あんたさ。ほんとは私と遊びたいんでしょ?」

「ちがうよ!」


……素直じゃない子は、ちょっとかわいくない。


「じゃあさ。あんたの家、どこなのよ?」

「おやしろ!」

「え? おやしろって……、出雲大社のこと? 遠いよ? こんなところまで一人で来たの?」

「うん」

「……だったらなおさら早く帰りなよ」


うちの家は湖を見渡せる小高い丘の上にある。

家の前の道を少し歩くと、電車がコトコト走っていて、いつも空いている。

家族で出かけるときは、だいたいパパの車だから、私は電車にほとんど乗らない。

でも、電車に乗れば、出雲大社のあたりまで乗り換えなしで行けることは知っていた。


パパの車で送ってもらう方法だってある。

だけど……、小学四年生に電車の乗り方を教えるって、なんか「お姉さん」っぽい。

ちょっとだけ、そういうのをやってみたくなった。


「ねえ、電車、初めてでしょ?」

「うん。でも、歩いたほうが早いぞ!」

「あはは。そんなわけないじゃん。あんた、おもしろいね!」


ウシルは窓のほうに身を乗り出して、流れていく景色を見ながらニタニタしていた。

ほんと、よく笑う子だ。


「ねえ、あんた、名前なんて言ったっけ?」

「ウシル」

「へえ。どんな漢字書くの?」

「わかんない」


私は思わず、目を丸くした。

小学四年生くらいで、自分の名前の漢字がわからない子なんて、あまりいない。


……もしかして、柔道ばっかりやってて、勉強あんまりしてないとか?

勝手にそんなことを考えてしまう。


「ウシルは自分の名前も漢字で書けないの?」

「うん」

「私が教えてあげるよ」

「……」


ウシルは返事をしないまま、また窓の外を見た。


やがて目的地に着いて、私たちは電車を降りた。

せっかくだから、私はウシルに出雲大社を案内してあげることにした。

だって、近くに住んでるとはいえ、神社のことなら、たぶん私のほうが詳しい。

それに……、もうちょっとお姉さんらしいところを見せてもいいよね、って思ったから。


「ウシル、あの建物の中には誰がいるか知ってる?」

「オレ」

「ちょっと、ふざけないで! 神様でしょ! ここは神社っていって、神様の家なの!」


ウシルはケタケタと笑っていた。そして、今度は逆にお姉さんの私に質問を投げかけてきた。


「ねえ、ワカコ。建物の中にいるその神様って、どっち向いてるか知ってる?」


……小学四年生のくせに、なかなかいいこと聞く。

だってそれは、昔から出雲大社の「謎」として有名な話だったから。

でも私は、その答えをちゃんと知っている。

内心ちょっとドキッとしたけど、恥をかかずにすんで、ほっとした。


「知ってるよ。出雲大社の神様は、海岸の方を向いてるんでしょ?」

「よく知ってるな! じゃあ、理由は?」


まさか、その理由まで聞かれるなんて思ってなかった。

そこまでは想定してなかったから、ちょっと焦った。

出雲大社の神様は、参拝する人たちのほうを向いていなくて、少し横を向いている。

方角でいうと、稲佐の浜っていう西の海のほうだ。

でも、どうしてそっちを向いているのかは、ずっと昔から謎なんだって。

大学で研究している人たちでさえ分からないらしい。

だから、さすがに、それを私が知っているわけないよね。


「理由なんて知らないよ」

「当ててみて」

「うーん……、じゃあ、きっと神様は海が好きだったんだよ!」

「その通り! さすがワカコ!」

「あはは。嘘ばっかり。ウシルってほんとおもしろいね」

「嘘じゃないよ。この海岸から、広大な西の世界に出るんだ」

「え……?」

「西を全部、目に入れておくんだ。日出国ひいずるくにから、世界を治めるためにな」

「……なにそれ」


ウシルが何を言っているのか、正直よくわからなかった。

でも、それが小学四年生の発想じゃないことだけは、なんとなくわかった。


きっと柔道教室の先生からおかしな歴史の話を聞いたか、それとも歴史ファンタジーのマンガでも読んだに違いない。

あまりおかしな知識をそのままにしておくと、学校で困るかもしれない。

だから私は、出雲大社の隣にある博物館へ連れて行って、ちゃんと教えてあげようと思った。


それに、博物館にはカフェもある。

二人でおやつを食べるのも、ちょっと楽しそうだ。

もし私に弟ができたら、カフェで並んでおやつを食べるのが、ひそかな夢だった。


「ねえ、アイスクリーム食べたいでしょ。博物館、行ってみる?」


そうやって言えば、たいていの小学四年生なら絶対に食いつくはずだと思っていたのに。


「ワカコ。神様は、本当はどこにいるの?」


完全にスルーされた。

アイスクリームより神様?

ちょっと信じられなかった。


「えー、さっき見たお社の中じゃないの?」

「ちがうよ」


ウシルは、ずっと私をからかうような笑みを浮かべていた。でも、それでいて、どことなく私を試しているようにも感じた。


「じゃあ、どこ? 教えてよ」

「ヒントは、ワカコの家の祠」

「祠? おじいちゃんが作った祠のこと?」

「うん」

「あれは、おじいちゃんがDIYで作ったってパパが言ってたから、あそこに神様はいないよ」

「ちがうよ、あそこにいるんだ。本当はここに神様はいないんだぞ」


そのとき、急に太陽が強く光り出した気がした。

夏はもう終わったのに、まるで真夏みたいにギラギラしていて、まぶしくて目を細めた。


同時に、出雲大社のお社の奥にある小高い山の木々が、その光に照らされて輝きだした。

そして、まるで光を跳ね返すみたいに、緑色の「気」みたいなものを、ぱっとまき散らした。

それに触れたものは、みんな一瞬で細かく分かれて、キラキラ光る粒になってしまった。


「え、なにこれ……?」


そう思ったときには、私の体も光る粒になって、ふわっと軽くなっていた。

気づいたら、私もウシルも、いつの間にか、二人で空を飛んでいた。


「ねえ、すごいよウシル! 私たち空を飛んでる!」

「すごいだろ!」


空を自由に飛ぶなんて初めてのはずなのに。

どうやって飛ぶのか考えることもなく、私は当たり前のように空を飛んでいた。


太陽を背にして出雲大社のほうへ向かってみたり、くるっと向きを変えて稲佐の浜のほうへ行ってみたり。

まるでトンビみたいな大きな鳥になったように、手と足を動かすと風がついてきて、思い通りに進める。

目がくらむくらい高いところにいるのに、本当なら怖いはずなのに、ぜんぜん怖くなかった。

むしろ楽しくて、笑い出しそうだった。


しばらく風を操って遊んでから、ふと気になって聞いてみた。


「ウシル、あんた何者なの?」

「ワカコのじいちゃんの、じいちゃんの、そのまたじいちゃんの……」


またふざけてる。そう思った。

だから私は、しばらく聞いてるふりだけしてやった。


ウシルは調子よく話し続けて、ひと通り言い終えると、急に、顔つきが変わった。

ふざけて笑っていた表情が、すっと消える。

そして、私の目を見て言った。


「ワカコ。頼みがある」

「なぁに?」

「オレを助けてほしいいんだ」

「さっきも言ってたよね。うんいいよ、私、なんでもできそうな気がする! だって、空を飛べるんだよ!」

「じゃあ、ついてきて!」


ウシルはそう言うと、いきなりぐんっと急降下を始めた。

私もあわててあとを追う。

まるで獲物を見つけたトンビみたいに、ものすごい速さで空から地面へ向かっていく。

雲をいくつも突き抜けて、風がビュビュウと耳元で鳴る。怖いはずなのに、気持ちよくてたまらない。

こんな爽快な体験、いままで一度もなかった。できるなら、ずっとこのまま飛んでいたいと思った。


しばらく降り続けると、さっきまで海しかなかったはずなのに、いつの間にか目の前に大きな大陸が見えてきた。

中国? インド? それともアフリカ?

ぜんぜんわからない。


見たことのない木や花、変な形の雲、ごつごつした地面に赤い土。

晴れていると思ったら急に雨が降る。

まるで絵本の中に入りこんだみたいな、とても不思議な場所だった。


「おい、ちゃんと荷物を持て!」

「きゃっ!」


突然、大きな怒鳴り声が周囲に響いた。

さっきまで絵本みたいな世界にいたはずなのに、いきなり重たい空気が押し寄せてきた。


気づくと、目の前に体の大きな荒々しい若い男たちが立っていた。

十人くらいはいる。


みんな、ウシルと似た柔道着みたいな服を着ていて、腰には小さな荷物をぶら下げている。

どこかへ旅をしている途中みたいだった。


私は、なぜかその列のそばを一緒に歩いていた。

男たちの後ろ姿を、ただじっと目で追う。


すると、最後尾に、大きな荷物を背負った小さな子供がいた。

その横顔を見た瞬間、胸がしめつけられたような感じになった。

その子は、さっきまで一緒に空を飛んでいたウシルだった。


「ウシル! 一人でそんなに大きな荷物をたくさん持てないよ! 私も手伝うよ!」


私はウシルのもとに駆け寄って手を差し伸べた。


「ありがとう、ワカコ。でも、大丈夫!」

「おい、モタモタするな、ちゃんと荷物をもって、早く歩け!」

「きゃーっ!」


乱暴な男たちに怒鳴られて、私は思わず大きな声を上げた。


でも、変だった。


大きな声でキャーっと叫んだのに、男たちは誰も私の方を見ない。

ウシルを助けようと前に出たのに無視。まるで私がそこにいないみたいだった。

男たちは、私の声も、私の存在も、ぜんぜん気づいていない。私は、ここにいるはずなのに、いないみたいだった。


「あの人たち、私に気が付いてないみたい。後ろから見えないように支えてあげるからね。しっかり歩くんだよ、ウシル」

「ワカコ、ありがとう!」


さっきまで楽しかった空の旅が、うそみたいに消えて、苦しい旅が始まった。

でも、小学四年生のウシルががんばっているんだから、お姉さんの私が弱音を吐くわけにはいかない。

そう思って、私は後ろからウシルの背中を押して歩いた。

そのとき、荒々しい男たちの一人がウシルを指さして怒鳴った。


「おい、ここから先は山が火を噴いている。おまえが先頭で歩け! 安全な道を示すんだ!」


大きな荷物を背負ったウシルは、彼らに逆らうこともなく、集団のいちばん前を歩かされた。

私もウシルの背負っている大きな荷物を押しながら必死に歩いた。


言われた通り、だんだん硫黄みたいなにおいが強くなってくる。

やがて地面のあちこちから、不気味な黄色い煙が吹き出しはじめた。

気づけば、草も生えていない荒れた道になっていて、その景色は、まるで地獄みたいだった。


そのとき、ふとウシルの足元が目に入った。


「えっ? ウシル! 裸足じゃない! この道は火を噴いてるんだよ、やけどしちゃうよ! 靴はどうしたの?」


ウシルは振り向きもせずに言った。


「オレ、最初から裸足だったよ」

「だめだよ! せめて、私の靴下、履いて!」


私は、自分が履いていた靴下を急いで脱いで、ウシルの両足に履かせた。

少し厚手の靴下だから、地面の熱さも、ほんの少しはましになるはずだと思った。


そうこうしていると、ちょっと立ち止まって話していただけなのに、後ろから追いついた男たちが、早く歩けと怒鳴った。


「おい! 誰が休んでいいと言った! 許さねえぞ!」


そういって、足元に転がっていた石を、私たちめがけて投げつけてきた。

投げられた石は、別の大きな石に当たり、さらにその石が、崖の上にある巨大な岩にぶつかった。

次の瞬間、その大きな岩が、ぐらりと傾いた。

そして、ウシルめがけてゴロゴロと転がり落ちてくる。

あんなに大きな石にぶつかったら、子供なんてひとたまりもない。


私は息が止まりそうになりながらウシルを見た。

でも、ウシルは、上から岩が落ちてくることにまだ気づいていない。


「きゃー! 危ない! ウシル、避けて! 早く!」


私の叫び声に、はっとしたようにウシルが振り向く。

幸いなことに、あと少しのところで、岩をかわした。


「ありがとう、助かった」


気を取り直して歩き出し、またしばらくたつと今度は、別の部族の人たちが、私たちの前にずらっと並んで行く手をふさいだ。

ウシルが低い声で言った。


「……これは、戦いになる。オレたちは岩陰に隠れよう」


次の瞬間、目の前で大人たちが武器を取ってぶつかり合った。

怒鳴り声。土煙。

さっきまで同じ道を歩いていた人たちの顔つきが、まるで別人みたいに見える。


……こわい。

こわくて、見ていられなかった。


私は思わず、ウシルの背中の影に隠れて身を縮めた。

頭の中では最悪のことばかり浮かんでくる。


もし、ウシルたちが負けたら?

そして、もし、ウシルが……。


気づいたら、私は涙を流していた。


「ねえ、ウシル……、怖くないの?」


ウシルは、男たちが戦っている様子を見ながら静かに答えた。


「怖くないよ」

「どうして?」

「運命が変わったんだ」

「え……?」


ウシルがちらっと私を見る。

その目が、さっきまでとは違って見えた。


「神の声が聞こえ始めたんだ。神様が俺を支えて、行く道を示してくれる」

「神の声?」

「うん。呼べば神様は来てくれるってわかったんだ」

「神様はどこにいるの?」

「オレの目の前にいるよ」

「私!?」


ウシルは笑った。

そして剣を握り直して、もう一度戦っている男たちの方を向いた。


「また会えるよ。時を超えて助けに行くから。心の中で呼ぶんだ」

「心の中で?」

「うん、オレが心の中で呼んだみたいに」


私は震えながら目を閉じて、ただ祈るように心の中で叫んだ。

ウシル。負けないで。


そっと目を開けると、子供だと思っていたウシルの姿は、いつのまにか勇敢な青年に変わっていた。


「言霊の御力、我に満ちたり!者どもよ、我が言葉に従え! いざ行かん!」


ウシルは、多くの仲間たちを引き連れて、太陽の沈む方へと去って行った。


「ちょ、ちょっと、ねえ、ウシル……?」


私は何を見ているんだろう。夢を見てるのだろうか。

ちがう、これは何かの物語だ。誰かの作り出したお話。でも、こんな話が日本、いや世界中のどこかにあっただろうか。

その時、かすかにおじいちゃんの声が聞こえたような気がした。


「言葉とは、神そのものじゃ」

「言葉は心だけでなく、時も繋ぐのじゃ」


その時、私の目の前を光が覆った。真っ白な光が目の前を襲って、体がうんともすんとも動かなくなった。口も動かなくなって言葉さえも話せなくなった。

すると、地平線の先まで全部真っ白な世界に、ポツンと穴があいた。穴の先に何かあるように見えた。

私は、ポツンと小さくあいた窓の方に歩いて行った。


「何があるんだろう……」


ゆっくり窓をのぞくと、そこにいたのは信じられないことに、おじいちゃんだった。

まだ元気だったころの、おじいちゃん。笑っていて、ふつうにそこにいる。


その横には、今よりもっと幼い私がいた。小学校に入ったばかりの私。

窓は、まるでテレビみたいに毎日の家の中の様子を次々に映していった。

……でも、家族の様子というより、それは私が大きくなっていく様子だった。


小学生の私がいて、中学生になって、高校生になって、大学生になって。

気づけば、どこかの大きな建物で働いている私がいた。


これは、私の未来なのかもしれない。

ちゃんとした仕事をしていて、少しだけ「えらい人」になったようにも見える。

でも私は、もっとえらい人に、何かを渡していた。


紙に書いた言葉。

難しい言葉というより、勇気が出る言葉とか、誰かが前を向ける言葉とか、幸せになれる言葉。

それを受け取った人が、すごく大事そうにうなずいていた。


そして、そのうち私はその人を超えた。

私はたくさんの言葉を、もっとたくさんの人たちに伝える役割みたいだ。

窓の中の私は、平和な国で、平和を守るために言葉を考えて、毎日一生懸命に働いていた。


「助けを求める声を聞け。そして困難な時は助けを求めよ」


また、おじいちゃんの声が聞こえた。

さらに光が強くなる。


「時を超えてそれはやってくる。光のようにやってくるのじゃ」

「運命はこうして作られていくのじゃ。言霊を継ぎし者よ、道は汝にあり」


ふと気が付くと、私は祠に背中を持たれながら座っていた。居眠りをしていたみたい。

空を見上げるとまだ日は高くて、いつもの日曜日のお昼どきだなって感じがした。

私は起き上がって、急いで辺りを見回した。


「ウシル! ねえ、ウシル、まだいるの?」


家の庭の隅から隅まで、どこを探してもウシルはいなかった。祠の裏にもいなかった。

ちょっと勇気を出して林の奥の方にも行ってみたけど、小学校四年生の子供がいるような朗らかとした雰囲気はどこにもなかった。


「夢に決まってるよね……」


友達を一人失ったような気がして残念なような、でも、夢でよかったなとホッとしたような。複雑な気持ちで玄関へと向かった。

そのとき、どことなく足元に違和感を感じた。


「あれ? 靴下を履いてない……」


ーーー


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