第9話 お前はなんて親不幸者なんだ
サリュートに花茶をもてなしたチェリエはその後、「帰りがあまり遅くなっては家族に心配をかけますから」と告げてサリュートの滞在する屋敷から帰路に着いた。
サリュートの手配してくれた馬車に乗り家に着いたチェリエは、玄関をくぐるやいなや、
「お嬢様。旦那様がお呼びです」
と屋敷の執事に言われて、休む間もなく父の私室へと顔を出すこととなった。
◇◆◇
「この……、馬鹿者が!!!!」
部屋中に響き渡る父親の激昂する声に、チェリエは視線を床に落としたまま肩を微かに振るわせた。
「何が専属花師だ!? 何が側近だ!? お前は……! せっかく私が苦労して王子との婚約を取り付けたのに、王子を繋ぎ止めることもできないどころかあんな恥を私にかかせおって……!!!!」
チェリエの父、マーキュリー侯爵の言う『恥』。
それは、自分の娘が公衆の面前で王子から婚約破棄を言い渡される無能な令嬢であるという事実を衆目に晒したこと。
そしてもう一つは、本来は慎み深くあるべき女性が、よりにもよって職業婦人になると大勢の前で高らかに宣言したということだ。
「せめて、トリギアの王子に見染められて王子妃として嫁ぐとかいうのであればまだマシだったものを……!」
「あなた、落ち着いて。そんなに怒っては血圧が上がりますわ」
はあはあと怒りで荒い息をつくマーキュリー侯爵を、それまで後ろに控えてじっと黙っていたチェリエの母――マーキュリー夫人が窘める。
「しかしお前……! これが怒らずにいられるか……!?」
「ええ、ええ。わかっていますよ。わたくしだって同じ思いですもの」
夫を宥めながら、同意するように母がうんうんと頷く。
チェリエの両親は典型的なデルトムント貴族だ。
――妻は夫の2歩後ろに立ち、常に夫を立てて慎ましくいなければならない。
前世の――ちえりの記憶が戻る前までは、チェリエもそれが当たり前のことだと思っていた。
「ねえチェリエ。サリュート殿下には、側近ではなく妃として娶ってもらえるよう願い出ることはできないの? 仕事のお手伝いをできる人を探しているなら、結婚したあとで裏でこっそりとお手伝いをして差し上げればいいじゃない」
あなたはいい子だからわかるわよね?
お母様に恥をかかせないでちょうだい?
あなたがそんな行動を取ったら、お母様が娘の教育もちゃんとできないダメな親だと思われてしまうでしょう――?
にっこりと、しかし有無を言わさぬ笑顔でそう告げてくる母に、チェリエはここに自分の味方は誰もいないのだということを悟った。
そんな両親にチェリエは「それはできない」と口にしようとしかけて、けれど結局、沈黙で答えた。
「…………」
(言えるわけない。もともとは、サリュート様からのプロポーズを断って今の状況になっているのに。いまさらまた妃にしてくださいなんて)
それに「親に言われたからやっぱり結婚してもらえませんか?」と言うなんて、サリュートに対してあまりにも誠意がなさすぎる。
そんな思いから、チェリエは反論を口にすることなく、ただ黙ることで自分の意志を示して見せたのだが、両親はそれでチェリエが自分達の言うことを聞くつもりがないということを理解したようだった。
「チェリエ……!」
「お前は……! なんて親不幸者なんだ!!」
両親からどれほど怒鳴られても、チェリエの気持ちが変わることはない。
彼らが心配しているのはあくまでも自分たちの世間からの体裁であって、チェリエの幸せではない。
親の期待に応えられないことは申し訳なく思うが、だからといって彼らが自分の未来を保証してくれるわけではないのだ。
そのことが、チェリエの心をよりいっそう頑なにさせた。
「チェリエ……。あんなに聞き分けのいい、良い子だったのに、どうしてそんなふうになってしまったの?」
一向に言うことを聞こうとしないチェリエの様子に、母が狼狽えながら苛立ちをあらわにする。
母からのその一言で、チェリエはまた一つ、気付いたことがあった。
(――ああ。チェリエが悪役令嬢としての行動を取らざるを得なかったのは、彼らの影響もあったからかもしれない)
せっかくこぎつけた王子との婚約を、破談にしてはならない。
王子の心を射止め続けなければならない。
あんな、ぽっと出の【花継ぎの乙女】に王子を奪われるなんて以ての外だ。
レイスからの愛を半ば諦めていたチェリエだったが、それでも模範的な令嬢であり続けるために、彼の心を繋ぎ止める努力しなければならなかったのだ。
親の言いつけを守る、彼らの望む令嬢であり続けるために。
そんなことを考えるチェリエの前で、父親がとうとう「……もういい!」と声を上げた。
「お前はしばらく部屋から出るな! 私がトリギアの王子と話をつけてくる! お前を娶る気がないのなら、お前をトリギアにやることはないと」
「えっ……?」
父の言葉で、チェリエは初めて顔を上げて真っ直ぐに父を見た。
「連れて行け。そしてそいつをしばらく部屋から出すな」
「お父様……、待ってください……!」
使用人に向かって『チェリエを部屋に連れて行け』と命じる父に、チェリエは慌てて言葉をかける。
しかし父はそんなチェリエに取り合うことなく背中を向けると、チェリエは力づくで使用人に取り押さえられて部屋まで連れて行かれた。




