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第7話 君の、良き友人でありたい



「その指輪。君に……とても似合っているね」

「……え?」


 サリュートがそう言って静かに褒めたのは、チェリエが右手の薬指につけていた金剛石のはまった指輪だ。


「……あ、ありがとうございます。これはその、お守りみたいなもので」


 不意に誉められたことで妙に照れ臭くなったチェリエだったが、仮にも好きだと言ってくれた男性を前に指輪をつけてきたことはよくなかっただろうかとふと気がとがめた。


 しかし当のサリュートはというと、特に気分を害した様子もなく優しげな表情でチェリエを見ていた。


「その……、嘘か本当かわからないんですけど。この指輪、私が生まれた時に一緒にお腹の中からでてきたそうなんです」

「そうなんだ」

「それで……、これをつけているとなんだか妙に落ち着くし、デザインも素敵だなと思って。普段はお守りがわりにネックレスとして首にかけているんですけど、今日は大舞台だからちゃんと身につけていこうと思って……」

「うん。そういうの、素敵だと思うよ」


 サリュートがそう言って、微笑んでくれたことにチェリエはほっとした。

 ほっとして――、なぜほっとしたのだろう? と自問していると、逆に目の前のサリュートの方がどこか緊張したような面持ちで言葉を続けてきた。


「……なんというか、改まって口にしようとすると緊張するな」


 おもむろにそう告げてきたサリュートに、チェリエは瞳をぱちぱちと瞬かせる。


「緊張、ですか?」

「いや……」


 チェリエの問いに、言葉を選んでいるようなそぶりを見せながらサリュートが言い淀む。

 そんなサリュートを、チェリエは辛抱強くじっと待った。


「……本当に。僕についてきてくれる決意をしてくれて、本当にありがとう」

「それを言うのでしたら、お礼を言うのはわたくしの方ですわ」

「それでも、お礼を言わせてほしいんだ。僕ときたら、君に振られたっていうのに、往生際悪くこうして食い下がってお願いしてばかりで。そんな僕に嫌な顔をせず付き合ってくれて、本当に感謝してるんだ」

「そんな……」


 サリュートの提案は、他でもないチェリエを救ってくれるものだった。

 突き詰めて考えると、本来であればサリュートからの婚約の申込みを断った時点で、彼にチェリエの面倒を見る筋合いなどないのだ。

 にもかかわらず、彼は下心なく純粋にチェリエを必要だと申し出てくれた。

 それだけでもチェリエに取って大変にありがたいことだったのだが――。


「……本当は、ちょっとだけまだ下心があると言ったら。君は呆れる?」

「……え?」


 不意をつかれたサリュートの言葉に、チェリエは思わず声を漏らした。

 ――ちょっとだけまだ、下心があると言ったら?

 それは一体どういうことなのだろうとチェリエが言葉を詰まらせていると、サリュートがそんなチェリエを可笑しそうにくすくすと笑いながら言葉を続けてきた。


「君に振られても、君のそばにいることは諦めたくない。だからといって、そのために無理やり君を専属の花師に取り立てようとしたわけではないよ? 君の能力が優秀なのも本当だし。ただ……」


 そこまで言うと、またサリュートは少し言い淀み、ちらりと様子を伺うようにチェリエを見た。


「君の――良き友人でありたい」


 うかがうようだった目線が、真摯なそれに変わる。

 サリュートのそんな視線を受けて、チェリエは思わず居住まいを正した。


「……友人、ですか」

「うん。僕はね、実は本当は、ものすごく欲張りなんだ。君の良き上司でありたいし、理解者でありたいし、協力者でありたい。そしてなにより――君の、一番近くにいられる、友人でいたいんだ」


 ――どうだろうか?

 そう、目で訴えてくるサリュートを、チェリエはじっと受け止めた。


(……友人)


 その言葉を、チェリエは心の中で何度も反芻はんすうする。

 そうして、目の前のサリュートを見つめて、彼について今一度思いを馳せた。


(サリュート様は、大人で、優しくて落ち着いていて、とても素敵な方だわ)


 チェリエがレイスから婚約破棄を言い渡された時も、前世の記憶が戻って気を失ったチェリエを抱き止めてくれたし、その後、チェリエを見舞いに来てくれたときも終始紳士だった。


 彼女が求婚を断ってさえも、こうしてずっと彼女を慮って誠意を尽くしてくれるし、なにより、彼女の能力を正当に認めようとしてくれている。


 チェリエは思った。


(この方が、わたくしを友人として置いてくださるなら。わたくしにとっても、それはとても嬉しいことだわ)


 恋愛抜きに、仕事の話やたわいもない話を彼と興じる未来を想像して、それはとても素敵な未来に思えた。


(友人として一緒にいるのであれば。魔の3年を迎えても、きっとマンネリになったりガッカリされたりして、悲しい思いをすることはない)


 そうなのであれば。

 今彼がこうして自分に向けてきてくれる『友人』と言う提案は、チェリエにとってこの上ない良い話なのではないだろうか。

 そう結論づけたチェリエは、我知らず自然と口元にふわりとした笑みを浮かべ、サリュートに向かってこう言葉を返した。


「サリュート様がわたくしを良き友人としておいてくださるのであれば。わたくしも、それを嬉しく思います」


 チェリエの答えに、サリュートはほっとしたような、それでいてふっと嬉しくなったような、そんな表情を見せた。


「……本当に?」

「ええ。嘘なんてつきません」

「じゃあ、証拠が見たいな」

「証拠ですか?」

「うん」


 はて、証拠とはどういうことだろう? と思ったチェリエに、サリュートははにかみながら言葉を続けてきた。


「僕のことは、殿下じゃなくて名前で呼んでほしい。あと、二人きりの時は、もうちょっと言葉遣いも楽にしてくれていい」


 小首を傾げて、どこか可愛らしい様子で頼んでくるサリュートに、チェリエは「名前……」と繰り返す。


「……サリュート様?」

「うん」


 チェリエの呼びかけに、サリュートはにっこりと微笑む。

 どうやら、名前呼びがいたく気に入ったようだ。


「……僕も、君を名前で呼んでいい?」


 夜もふけてきたせいだろうか、どこかふわふわとした柔らかい雰囲気になったサリュートがそう尋ねると、チェリエはその問いに対してこくりと頷いた。


「……チェリエ」

「……はい」


 名前を呼ばれて、応えないのもなんだと思い、チェリエは短く返事をする。


「……チェリエ」

「はい」


 まるで、名前を呼ぶだけでこの上なく幸せだと言わんばかりの、切ない笑顔を浮かべるサリュートに、チェリエはまたしても胸がとくんとはねた。


「ありがとう。いつまでもマーキュリー嬢じゃあ、よそよそしいしね」

「……そうですね」

「ふふっ。君の言葉遣いがくだけるには、もう少し時間が必要そうだね」

「…………」


 サリュートにはお見通しなのだ。

『言葉遣いも楽にしていい』と言われたところで、チェリエが即座にそう変えられないということを。

 分かった上で、焦らず急かさず、気長に待つ姿勢を示してくれる。


「……サリュート様は、大人ですね」

「どうかな? 人より少し人生経験が多いだけだと思うけど」


 そう言われると、ちえりの人生から数えて人生2回目の自分の方が人生経験という意味では勝ることになるのだけれど。

 それにしてもサリュートは大人びているとチェリエは思った。


「ところで話は変わるんだけど、実は君がトリギアの花師になるには、ひとつ乗り越えなければいけない課題があるんだ」

「課題……ですか?」

「うん」


 そう言ってサリュートはチェリエが淹れた花茶を再び口に含む。


「僕の専属になるということは、王宮所属の花薬師になるということだ。そして王宮には、王立花薬研究所がある。君にはそこに所属する試験に受かってもらわないといけない」


 市井にも王宮にも花薬師は存在するが、特に王宮に在籍する花薬師というのは国家予算を使って技術の研究を進める最先端機関だ。

 そこに身を置くには、それだけの知識と技術が求められる。

 

「学園での君の成績を見る限りでは問題ないと思う。でも、余計な負担をかけさせてしまうのが申し訳なくて」

「そんな……」

「本当は、やろうと思えば無理やり僕の権威を使って捩じ込むこともできるんだけどね。でもそんなこと、君は望まないだろう?」


 申し訳なさそうにサリュートが言うことは、チェリエにとっては確かにその通りだった。


(王子の引き立てて王宮入りするというのに、さらには王子特権で試験までパスしちゃったら。それこそ目の敵にされてしまうわ)


 それでなくても、チェリエの評判はあまりいいとは言えない方なのだ。

 トリギアまでその評判が広まっているとは思わないが、チェリエがトリギアに行った後もそうだとは限らない。


 サリュートがデルトムントまで留学してくるくらいなのだ。

 デルトムントはトリギアの属国にあたるし、噂が流れてこないことの方が考えにくい。


 だったら、少しでも後ろ指を刺される理由を潰すのは、至極真っ当なことだとチェリエは思った。



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