第6話 お茶を飲んでいかれませんか?
サリュートの――『私の専属花師として――そして私の側近として、ついてきてほしい』という言葉に、会場に集まった面々が一様に騒めきだす。
それもそのはず。
以前にも触れたが、このドルトムントではまだ、女性が台頭して働くことをよしとされていない。
花師も王子の側近もきちんとした役職としてありはするが、その地位に女性が座ることなど前代未聞なのだ。
一般的に女性は家庭に入り、学園で習った家政学を生かして家に貢献する。
花薬学や花魔法についての学問も学びはするが、それはあくまでも基礎知識として知っておくだけで、職業として生かすということはまずない。
故に――、今、この国の王侯貴族たちを目の前にしてサリュートが言った『チェリエを自分専用の花師として、そして側近として重用する』というのは、この場にいるすべての人間においてあり得ない宣言なのだった!
「ほ……、本当なのか……? マーキュリー嬢……?」
「はい、国王陛下」
デルトムント国王から問われたチェリエは、慣例通りの優美な礼をすっととると、凛と響く美しい音色で答えた。
その答えに、チェリエの視界の端で国王陛下がチェリエの父であるマーキュリー侯爵に目で問いかけているのが見えた。
『本当なのか?』と目線だけで問いかける国王に、ぶるぶると首を横に振る父を見て、チェリエはなんともいえない気持ちになりながら毅然と答える。
「わたくしはこの度、こちらのトリギア第二王子殿下からの申し出をお受けして、トリギアへと参りたいと考えております。ですから、この場を借りてどうか、わたくしの選択を認めていただきたいのです」
それは先日、サリュートから『専属の花師としてついてきてほしい』と言われた時に、彼本人にも伝えたチェリエの答えだった。
前世でも今世でも、チェリエは二度も立て続けに、添い遂げるつもりだった相手から裏切られている。
前世で付き合っていた相手、そして今、目の前にいるレイス。
二人とも、結局は自分ではなく他の女性を選んで自分の前から去っていった。
チェリエはもう、耐えられないのだ。
仮にこれでこの国に残り、誰か適当な相手と結婚しても、きっとまた同じように裏切られるだろうという未来が。
だからチェリエは――、別の道を選んだ。
この国に残って誰かと結婚をする未来ではなく、辛くて大変でも職業婦人として一人で立ち、自立して生きる未来を。
プロポーズを断ったばかりのサリュートを頼るのは自分でもどうかと思うところもある。
しかし、そうでもしなければこの世界では女性が自立する道を拓いていくのは難しい。
サリュートとチェリエの折衷案。
それが、この結論だったのだ。
「私からも口添えをさせていただこう、デルトムント国王陛下。そしてマーキュリー侯爵。どうか、この素晴らしい人材を、私にいただけないだろうか」
きっぱりと。
サリュートからそう言われて、その場に反論できるものなど存在しない。
しばらくの間、苦渋の表情で唇をわななかせていたデルトムント国王は、やがてゆっくりと口を開き、
「……わかった。マーキュリー嬢と我が国の第一皇子レイスの婚約破棄を正式に進め、そして貴殿の要望を飲めるよう、私の方でも検討させていただこう……」
と、サリュートに向かって答えたのだった。
◇◆◇◆
入ってきた時と同じように、チェリエがサリュートの腕を掴みながら並んで大広間から辞すると、扉が閉まった途端サリュートがかくりと体をふらつかせる。
「大丈夫ですか……!?」
「……ああ、ごめん。みっともないところを見せてしまったね」
チェリエには、彼がどうしてこんなにも疲弊しているのかの理由がわかっていた。
それは、先ほど彼が全員の前で使ってみせた花魔法だ。
花魔法を使うには、人が体内に貯蔵している『花力』を消費する。
いわゆる、ゲームなどでよく言われるMP――魔力と同じものだ。
難易度の高い花魔法を使うほど、必要とされる花力が多くなる。
そして先ほど彼の使った【追憶】は、中でも最高ランクに値する難易度の術。
原作ゲームでも、謎解きシーンでこの術を使ったキャラクターが先ほどの彼のようにがくりと力尽きていたシーンがあったことをチェリエは思い出したのだ。
「……殿下、よろしければ、花茶を召し上がりますか?」
「……花茶を?」
チェリエの提案に、サリュートが虚をつかれたように言葉を返す。
花茶というのは、お察しの通りMP――花力を回復させるお茶である。
回復ポーションを摂取するのでももちろん問題はないのだが、チェリエがここであえて花茶を提案したのは、そのほうが体にかかる負担が少ないからである。
回復ポーションの方が急激な回復が見込めるが、その分、人体にかかる負担も大きい。
戦闘中など急を要する状況でなければ、花茶を飲んでゆっくり休息をとるのが良い。
そう思って提案したチェリエの言葉にサリュートが、
「……君が淹れてくれるの?」
と尋ねてきたので、チェリエは「はい」と答えた。
「それじゃあ、ぜひとも振舞ってもらおうかな」
そうして、サリュートに手を引かれるままチェリエは彼がデルトムントで滞在している屋敷まで着いてゆき、彼の屋敷のテラスで手ずから花茶を提供した。
勝手のわからぬ人様の屋敷にもかかわらず、サリュートの家の使用人たちはチェリエをよく手伝ってくれた。
そうして、ティーポットからふわりと湯気を立たせた花茶をカップに注ぐと、チェリエが渡したそのお茶をサリュートは美しい仕草で一口含んだ。
「……美味しい」
「お気に召していただけてよかったです」
そう言いながらチェリエもカップに口をつける。
サリュートの歓待パーティーが始まったのは夕刻。
会場を出てきた時にはすでに日はとっぷりと沈んでおり、真夜中というほどではないが、外はもう程々の夜である。
あまり遅くなる前に帰らなければと思いながらチェリエがぼおっと暗くなった外を見つめていると、なぜだか少し熱のこもったような瞳でサリュートがこちらを見ていることに遅ればせながらに気がついた。




