第5話 動かぬ証拠を見せましょう
「本日はご挨拶とともに、私の隣にいるチェリエ・マーキュリー令嬢を我が国にもらい受けたくお願いに参りました」
そう言って、チェリエの隣で底知れない微笑みを浮かべて聴衆に語りかけるサリュートに対し、王族の列の中であんぐりと仰天した表情を見せるレイスとリリーがいた。
そんな中、表情には出さずに、サリュートの隣で内心はらはらと状況を見定めていたチェリエだったが――。
「サ……サリュート殿下、もらい受けるとはどういう意味でしょうか? その……マーキュリー嬢はわが国の第一王子の婚約者だったはずですが」
「先日、その第一王子が婚約破棄を申し伝えている場面に遭遇したため、この度こうして申し入れをさせていただいているのです」
「はっ……?」
デルトムント国の国王がサリュートの言葉を受けると、信じがたいものを見るような動きで、ぎぎぎぎぎっ……、と音が出そうな勢いでレイスに首を向ける。
「お疑いになるようでしたら、証拠もご用意させていただいておりますが」
「証拠……? ですと……?」
「はい」
そう言うとサリュートは、にこりと微笑んだまま懐を探り、薄紫の小さくて可愛らしい花を出した。
『侯爵令嬢チェリエ・マーキュリー。お前のような女とは、婚約を破棄させてもらう!』
「はぁっ……!?」
「は、花魔法……!?」
サリュートの持つ薄紫の花から流れ出してきた聞き覚えのある声色に、レイスとリリーが驚愕の声を上げる。
それは、誰が聞いてもわかる、この国の第一王子レイスの声色だ。
『どうした? 不服か? リリーを虐げたお前に、これくらいの処罰でも生ぬるいくらいなのだぞ』
『チェリエ様、謝ってくださいっ。謝ってくだされば、わたくしはそれで許しますから』
レイスの言葉に続いて、鈴の転がるような女性の声も聞こえてくる。
もはや、いちいち説明する必要もないだろうがーーいわずと知れた、リリーの声である。
やがて、サリュートが手にしていた花は、声だけではなく、何もない空間にぼんやりと映像を映し出す。
そこには、まさしくレイスとリリーがチェリエに向かって責め立てている様子が浮かび上がっていた。
「これは先日彼女が婚約破棄の宣言を受けた場所に咲いていた花です。ここに映っているのが誰か――わざわざ説明するまでもありませんね」
そう言ってにっこりと微笑むサリュートが手にしている花はアスター。
花言葉は――『追憶』。
花魔法を扱う者は、その花言葉にちなんだ花の能力を引き出すことができる。
そうしてサリュートは、トリギア王国随一の花魔法士でもあった。
彼は今、目の前でこうして、花が見た記憶を再生して見せたのだ。
サリュートの言葉を受け、ギッ! とレイスをにらむ国王に、慌てたようにレイスが言い訳をする。
「こ……、これは、何かの間違いです……!」
「間違い? ということは貴殿は、私の能力を疑っている――もしくは、私が嘘を吐いていると言いたいのでしょうか?」
悠然とレイスに告げるサリュートに、レイスはうっと言葉を詰まらせる。
トリギアとデルトムント、両者を比べると明らかにトリギアのほうが大国だ。
その王子であるサリュートから追及されたレイスは、まさに蛇ににらまれた蛙といった状況である。
「私の能力を疑うというのなら、他に花魔法を使える術者を呼んで確かめてみるといい。筆頭魔法士クラスであればこの程度はできるだろう?」
そうすることで、自ら提出した証拠をさらに強固にしてもらえるだろうという意図がサリュートの言葉からうかがい知れる。
しかしそんなサリュートに対し、デルトムントの国王は「……いえ、もう結構です……」と苦しげな声をあげた。
「預かり知らなかったこととはいえ、愚息がマーキュリー嬢にあのようなことをしていたとは。息子には私から厳しく言い含めておきましょう」
「言い含めていただくより、この場で彼女に謝罪をしてほしいところですがね」
サリュートの言葉に、チェリエは掴んでいた彼の腕にきゅっと力を込める。
するとサリュートはその動きで、チェリエがレイスからの謝罪を望まないということを読み取ってくれたようだった。
「――しかしどうやら、彼女自身がそれを求めていないようですので、一旦それはよしとしましょう。それよりも、私としては先ほど願い出た通り、彼女を私にいただけるのかをお聞きしたい」
その言葉に、チェリエの胸がわずかにとくんと跳ねた。
(なんだか今、『私に』と言うのをやけに強調したような気がするのは、気のせいかしら……)
思わず浮かんだそんな考えを、チェリエはじっとしたまま即座に打ち消す。
あくまでも、サリュートが言っているのは専属の花薬師としてきてほしいという意味だ。
女性として、ではない。
女性として彼についていく、と言うことについては、他でもないチェリエ自身が断ったのだから。
でも――。
(我ながら浅ましい。自ら断ち切ったのに、なぜこうして期待してしまうの?)
サリュートが優しいから?
それとも、かつての最推しだから?
求められて愚かにも嬉しく感じてしまう自分を、静かに押し込める。
「殿下が……、マーキュリー嬢を欲すると申すのは、それはつまり、妻として迎え入れたいということだろうか?」
「いいえ。私が彼女に望むことは、もっと別のことです」
デルトムント国王の問いに、『別のこと』ときっぱりと答えるサリュート。
「私は彼女に、私の専属花師として――そして私の側近として、ついてきてほしいんです」




