第44話 わたくし、花継ぎの乙女になったようです
「……リエ! チェリエ!」
真っ暗な意識の向こうから、誰かが自分の名前を叫んでいるのが聞こえる。
(………………あれ?)
どうやら、自分は床に倒れているようだ。
背中や手足から伝わる硬くて冷たい床の感覚から、なんとなくそう思う。
それから――、しとどに頬を流れる涙。
(…………あれ、えっと…………)
それからチェリエは、倒れている間に自分が夢を見ていたことを思い出す。
――かつて自分が、槙田ちえりだった時の記憶。
あまりに膨大な記憶の波が押し寄せてきたことで、混乱したチェリエはうまく体を起こすことができず、ぴくりとみじろぎをする。
「おい……! 動いたぞ……!」
誰かに抱き起こされる感触。
たくさん泣いたせいか、目を開けようとしても視界が滲んでいて、うまく周りが見えなかった。
ぼうっとした意識の中で、けれど、かちゃりと冷たい何かが両手に嵌められた感触だけはわかった。
(――――――え?)
「花継ぎの乙女リリー。逃亡罪、および高位貴族への暴行罪で逮捕する」
そう告げられてようやく、視界が少しずつクリアに見えてくる。
自分の両腕にかけられた手錠。
そして、さらりと自らの肩から流れ落ちた――ピンク色の髪。
「チェリエ! チェリエ……!」
少し離れた場所で、サリュートが誰かを抱き抱えながら必死に自分の名前を呼んでいる。
「う……」
どうやら、サリュートが抱き抱えていた相手が気がついたらしい。
――その時。
チェリエは目の前で、サリュートが抱き抱えていた人物が、彼の名前を呼びながら身を起こしたのが目に映った。
「サリュート、様……?」
「チェリエ……! よかった……!」
(え――――?)
そう言って、サリュートが抱き起こしたのは、見間違えようもない自分の顔。
「大丈夫、チェリエ? どこか痛いところとかはない?」
(え……、ちょっと待って。どうしてわたくしが、あそこにいるの……?)
チェリエが呆然とその光景を見つめていると、じゃらっ、と手にかけられた手錠を強く引っ張られて、思わず体が傾ぐ。
「ほら。ぐずぐずしてないで立て!」
「あっ…………」
その瞬間。
こちらを憎々しげに見つめるサリュートの顔と、自分に向かって歪んだ笑みを浮かべる――見慣れた自分の顔と目があった。
(………………まさか)
無理やり起こされ、部屋から引き摺り出されようとしながらも、部屋の中にあった姿見で自分の姿を確認する。
そこにあったのは――、想像していた通り、驚愕した表情で自分を見つめる、リリーの姿だ。
(わたくし……、リリーさんの姿になってる……)
そうやってチェリエが驚愕している間に、目の前のサリュートに助けを求めることもできず、力づくで部屋から引き摺り出される。
「は……、離してください! わたくしは違うんです……!」
「往生際が悪いぞ! 大人しくしろ!」
廊下を無理矢理に引きずられて歩かされながらなんとかこの場で事情を説明しようとしたチェリエだったが、口にしようとした途端、喉の奥に何かが詰まったかのようにぐっと言葉が出なくなる。
そのことに『あれ――?』とチェリエが思った瞬間。
ばしっ! と、チェリエを引きずって連れて行こうとしている人物から頬を貼られた。
人から叩かれたことのないチェリエは、その衝撃で再び頭が真っ白になる。
そうして――真っ白になったチェリエの頭に、リリーの言葉がぱっと蘇る。
『大丈夫よ。生贄になるのはね、私じゃなくなるから』
(そういう――、そういうことなの!?)
ようやっと全ての状況を理解したチェリエだったが――時すでに遅し。
どさっ、とチェリエが乱暴に牢屋に投げ飛ばされると、そのまま「がちゃん!」と牢屋の鍵をかけれる。
「あ……、開けて、開けてください!!」
鉄格子を掴んで必死に叫んでも、もはやチェリエの話を聞く者は誰もいない。
「追って沙汰が下されるだろう。それまで、大人しくそこで待つんだな」
チェリエをここまで引きずってきた相手――、今更ながらに、その相手が花継ぎ協会の私兵だと気づいたチェリエは、先ほど彼に言われた言葉を思い起こす。
『花継ぎの乙女リリー。逃亡罪、および高位貴族への暴行罪で逮捕する』
逃亡罪?
高位貴族への暴行罪――?
(わたくし、リリーさんに嵌められたんだわ――)
リリーの策にはまりまんまと体を取り替えられてしまったチェリエは、冷たい鉄格子を掴みながら、なんとかしてここから出なければと頭を巡らせ始める。
悪役令嬢であったはずのチェリエは正ヒロインの手により、まさかの花継ぎの乙女にさせられてしまったのだった――。
【第一部 完】
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二部も読みたいな、続き気になるな……
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