第4話 実は、今まで隠していましたが
さて。
ここで話は少しだけ、サリュートがチェリエの部屋に見舞いに来た数日前に遡る。
◇◆◇
「チェリエ様に、私の国に来ていただきたいのです」
チェリエに向かってそう告げてきたリュートことサリュートに、
「リュート様の国に、というのは、どういうことですか……?」
と、チェリエは浮かんだ疑問をそのまま開いてに向かって問いかける。
するとサリュートは、そっとチェリエの手を握りこみ、優しくゆっくりとチェリエにも理解できるように事情を説明してくれた。
「実は、今まで隠していましたが。私はこの国の隣国、トリギアの王族なのです。名前も、本当はリュートではなくサリュートといいます」
「えっ……」
(――いや、それは知っています。散々前世でやりこみましたから)
とは思ったけれど、ここでそう告げるわけにもいかないチェリエは、あえて驚いたふりをする。
「訳あって身分を偽りこの学園に編入したのですが。その際に、マーキュリー嬢の花師としての能力を拝見させていただきまして」
「わたくしの花師の能力、ですか……?」
「はい」
【花師】というのは、このゲーム【花継ぎの乙女】独自の役職である。
この世界は、すべてにおいて植物の力を借りて成り立つ、とされている。
魔法を使うのも花から力を借りて使うし、薬を作るにもそれらの力をもって作る。
ゲームのタイトルとなっている花継ぎの乙女も、そんな花の力を使える聖女のことを指して花継ぎの乙女と呼んでいるのだ。
その中でも花師というのは、原作ゲームの世界ではさほど取り立てて説明はされていないのだが、まあ元の世界でいう薬剤師――というより、薬品開発をする人だと思った方が近い。
草花の持つ力をエキスなどにして引き出し、回復ポーションや魔力増強薬などを作るのだ。
「マーキュリー嬢の花師としての能力は、他者と比べても目を見張るものがあります。ですから、私の国に来てその能力を活かしてみませんか?」
確かに。
原作ゲームをやり込んだチェリエは、この世界の草花の情報に精通していた。
原作ゲームをクリアするにあたり、草花の能力を組み合わせて威力を増大させることが必要不可欠だったからだ。
何度もゲームをプレイするうちに自然と身についていた能力が、こうしてチェリエとして転生した場で生かされたというわけだ。
「婚約を断れた身でこうして食い下がるのは見苦しいのかもしれませんが。それでも私は、この国でマーキュリー嬢の能力が埋もれてしまうのは勿体無いと思うのです」
この国、デルトムントでは、未だに男性上位の風習が色濃く残っている。
政治や商売は男がやるもので、女は家庭を守り、働く男を陰から支えるもの。
それが常識で正しいことだと思われてきたデルトムントは、女性は職に就くことができないのだ。
「マーキュリー嬢が嫌でなければ、私付きの花師としての役職と、王立研究所の研究員の席を用意させていただきます」
チェリエに向かってそう願い出るサリュートは、ただひたすらに誠実で真摯な様子しか見受けられない。
(トリギアの王子の花師と、王立研究所の研究員……)
その言葉とその意味を、チェリエは噛みしめるように考えてみる。
(――確かに、この国に居続ける以上、女性は男性の陰でしか咲くことしかできない)
女性が表舞台に出てくることをよく思わないこの国では、たとえどれだけ優秀な女性でも、表だって活躍することはできない。
この学園に入学し、同級生となったレイスの成績を見て、控えめに言っても優秀とは言えない彼を陰となって支えるのは自分しかいないのだとチェリエはずっと勉学に励んできた。
そのことが嫌だったわけではない。
むしろ、勉強して新しい学びを得ることは楽しかったし、それで誰かの役に立つのなら嬉しいことだと思ってきた。
しかし、前世の記憶を思い出し、今世は自立して自分の力で生きていきたいと思うようになったチェリエは違った。
(……サリュート様について行けば。男の人に頼ることなく、一人で自立して生きていくことができるのかしら)
前世で、会社員として働いていた時のことを思い出す。
正直、毎日会社に行くのはしんどいし、辛くもあったけれど、その中で得られる達成感のようなものは間違いなくあった。
そして――、仕事の中で得られる人間関係や経験。
(原作のストーリーを、大きく変えてしまうことになるけれど……)
けれど、そのことに何の問題があるのだろうか、とチェリエは思う。
この物語の正ヒロインであるリリーはレイスルートに入っており、サリュートの攻略ルートには入っていない。
だったら、このままサリュートについてトリギアに行っても、リリーを阻害することにはならないはずだ。
(むしろ、断罪されて追放されないだけで、リリーとレイスの前から消えるという点では原作と同じだし……)
そう考えると、チェリエとしての運命は原作ストーリーとは大きく変わるけれど、メインであるリリーたちは原作とは変わらない。
サリュートのところに行っても、あくまでも補佐官として陰に徹していれば、本来のストーリーに大きな影響を与えることもないだろう。
ならばもう、迷うことなどないのではないか――?
サリュートの前で一人黙考し、結論に至ったチェリエは、自らに提案してきた目の前の相手に向かって、静かに口を開いた。
「……かしこまりました、サリュート殿下。わたくしは――」
◇◆◇
そうして、導き出した答えの結果、チェリエは今サリュートの隣に並び立っているのであった。
「この度は盛大な歓待、ありがとうございます」
リュートではなく本来の王子の姿に戻ったサリュートは、誰が見ても見惚れるほどの美男子だ。
いや、口調や態度こそ落ち着いているので大人びて見えるが、実はチェリエと同い年の17歳のサリュートは、美男子というよりも美少年と言ったほうがいいかもしれない。
誰もがうっとりとする爽やかな甘いマスク、艶やかに流れる金髪。濃紺の瞳はさながら夜の星空をそのまま映したように煌めいている。
そんな彼が、チェリエを伴いドルムントの王族が並ぶ壇上の前へと進み出る。
「本日は、ご挨拶とともに、私の隣にいるチェリエ・マーキュリー令嬢を我が国にもらい受けたく、お願いに参りました」
そう言って、チェリエの隣で底知れないほほえみを浮かべるサリュートに対し。
王族の列の中で、あんぐりと仰天した表情を見せるレイスとリリーがいた。




