第35話 私のために、徳を積みまくってくれてありがとう
「サリュート様がわたくしの花天灯をあげて、わたくしがサリュート様の花天灯をあげる……?」
「うん、そう」
おうむ返しのようにチェリエがサリュートに問いかえすと、サリュートがこくりと頷いた。
「自分で自分の願い事をした花点灯を上げるより、他人の花天灯が叶いますようにってお願いしながらあげたほうが、叶いそうな気がしない?」
「……確かに……?」
サリュートからそう言われて、なんとなくそんな気持ちになってしまったチェリエは『確かにそうかも……』と思いながらサリュートの言葉に同意する。
「でも、だとするとその場合、お互いにどんなお願い事をしたのかを打ち明け合うことになりますか?」
そうだとすると、チェリエはサリュートに、自分が『サリュートとずっと一緒にいたい』と願掛けをしたことを告げなければいけなくなってしまう。
それは、なんというかかなり……、いやだいぶ、抵抗があった。
(たとえ……、ほぼ99パーセントサリュート様にバレているとしても。それを自分の口から白状するとなると話は全く別だわ……!)
考えただけで恥ずかしすぎる。
サリュートからのプロポーズを自分から蹴ったくせに、その口で『ずっと一緒にいたい』と願いました、なんて、どの口で言えるだろうか。
チェリエがそう思いながら身構えていると、サリュートは、
「いや、別に打ち明けなくてもいいよね?」
とケロリとした様子で笑って答えた。
「だって、願い自体は花天灯に込めてるんだから。僕たちはお互い、『この花天灯に込められた願いが叶いますように』って願いながらあげればよくない?」
「な……なるほど……」
確かに、それなら理に適っているように思える。
願いというのは私欲に塗れた願いより無欲の願いの方が叶いやすいと言うし、サリュートの言う通り『相手の願いが叶いますように』システムは、なかなか悪くない話のようにチェリエは思った。
それに――、なんだかイベントっぽい感じも増して、楽しい気がする。
(来年の樹花祈念祭の時には、この学園を卒業してトリギアに行っている予定だし。そうなると今みたいにサリュート様と花天灯を上げる機会はないかも知れない。だったら――、今やっておくのもいいのかもしれないわ)
そう思い、腹を括ったチェリエは「わかりました」とサリュートに答え、お互いの花天灯を交換しあった。
「――じゃあ、僕からやるね」
チェリエにそう断りを入れたサリュートがチェリエから受け取ったジャスミンに花力を宿すと、優しい光を灯した花が、上空にふわりと浮かんだ。
サリュートが花力を宿した瞬間、辺りにかぐわしくただよったジャスミンの香りが、なぜだかチェリエの胸を強く打った。
「次はチェリエの番だよ。ちゃんと僕の願いが叶うように、しっかりお願いしてね」
「はい」
悪戯っぽく言いながらサリュートが差し出してきた籐籠から、チェリエはひとつずつ白薔薇の花を優しく持ち上げる。
ひとつ、ふたつと、白い薔薇が空に浮かび上がっていく。
9本の白い薔薇。
花言葉は――『永遠に一緒にいたい』。
その意味を知らないまま、チェリエは彼の願いが叶うようにと、空高く上げていく。
(――サリュート様の願いが、叶いますように)
彼の願いを叶えられる――唯一の人物が、心から願う。
やがてチェリエが全ての薔薇を空に浮かべ上げると、どちらからともなくサリュートと肩を寄せ合い、テラスの手すりにもたれながら空を舞う花たちを見た。
――この夜のことを、ずっと忘れたくないな。
そう思いながら。
お互いに、この時間が終わってしまうのを惜しみながら、とめどなく上がる花天灯を眺め続けた。
◇◆◇
「――ふう……」
サリュートと花天灯を上げた後。
帰る前に着替えようと控室に戻ってきたチェリエは、ソファに腰掛けて思わず大きく息をついた。
(……だめよチェリエ。決めたじゃない。もう恋はしないって)
ソファに深く沈み込みながら、チェリエは両手で顔を覆う。
――恋はいつか終わる。
だから、恋ではなく友愛のままでいる。
そう。そう決めたのに。
自分の愚かさにもう一度大きくため息を吐くと、『コンコン』と外から部屋をドアをノックする音が聞こえた。
「チェリエ様。お着替えのお手伝いに参りました。入ってよろしいでしょうか」
「――はい、どうぞ」
自己嫌悪に陥ったままチェリエがそう返事をすると、かちゃりとドアが開き、使用人が一人入ってくる。
それを見たチェリエは、(――あら?)と疑問を抱いた。
「あなた一人なの? 他の人は?」
「ほ、他の人は、少し遅れるから先に行って準備をしているようにと言われました」
どこかたどたどしく答えるその使用人に、チェリエはなんだか妙な違和感を感じた。
身につけているものは、確かに花継ぎ教会が雇っている使用人の使用人服だ。
けれど――、その使用人は、髪が見えないようきっちりとメイドキャップの中に髪を隠し、なぜか俯きがちでこちらから顔がよく見えないようにしている。
チェリエが警戒心を抱きながら、その使用人と距離をとり、外に出ようとした時だ。
「――動かないで!」
しゅっ! と何か霧状の液体を吹きかけられ、ドアの前に立ち塞がれる。
その声を聞いて――、チェリエは、その使用人の正体が誰なのかをはっきりと悟った。
「……リリーさん……!」
「大声を出さないで。と言っても、これを吹きかけられたら無理でしょうけど」
そう言いながらリリーは、霧吹きに入れた液体を示しながらばさりとメイドキャップを外した。
「……それは、ポピーの……」
「そうよ、さすがねチェリエ様」
白いポピーの花言葉は『眠り』。
自分でやったか誰かに頼んだかは知らないが、ポピーのエッセンスを使って花魔法のエッセンスを作ったのだろう。
急激に襲いくる睡魔に抗いながらがくりと床に膝をついたチェリエは、リリーに向かって必死に説得を試みる。
「あなた、このままだと危険なのに……」
「危険? 何が危険って言うのよ」
「だって、世界樹の生贄になるのよ……!?」
「……なあんだ。やっぱりチェリエ様も転生者だったんだ」
(――え?)
リリーの言葉に、チェリエは荒い息を吐きながら眉根を寄せる。
「道理で原作と全然違うと思った。あれ? じゃあサリュートもチェリエ様が転生者だって知ってるの? いや、さすがに言わないか。自分が異世界から転生してきた人間です、なんて」
(――どういうこと? じゃあやっぱり……)
「あなたも……、転生者だってこと……?」
「…………」
ぶつぶつと独り言を続けていたリリーは、チェリエのその言葉にぐっと口角を上げる。
その反応こそ――、なによりチェリエの問いに雄弁に答えていることに他ならなかった。
(リリーさんは転生者で間違いない……? じゃあ何で……!)
「何で……!? 何を考えているの……!? こんな、終盤の大事なタイミングで全てを投げ出して逃げるなんて……!」
「あら? チェリエ様、心配してくださるの? お優しい〜〜! でも大丈夫よ。生贄になるのはね、私じゃなくなるから」
「え…………?」
そう言うと、リリーは再び、チェリエの顔に向かって先ほどのポピーのエッセンスをしゅっと吹き付ける。
追加で吹き付けられた霧状の液体で、それまで必死に保っていた意識が急激に失われていく。
「知ってる? チェリエ様。この世界にはね、とっても便利な隠しアイテムがあるの」
「ぐっ……」
意識が遠のいていくチェリエの胸元をリリーがぐっと掴むと、そのまま自らの額をチェリエの額にくっつける。
薄れゆく意識の中、チェリエはリリーが自分を掴んでいない方の手に黒ずんだ大きな葉を手にしていることに気づいた。
(……あの、葉は……)
「……感謝してるわチェリエ様。私のために、徳を積みまくってくれてありがとう。でも、これでお別れね」
リリーがそう口にしたのを最後に、チェリエは脳内がぐるりと回ったかのような強い目眩を覚え、そのままブラックアウトした。
最後に――どさっ、と。
自分の体が床に沈んだ音だけが、どこか他人事のように聞こえた。




