第34話 9本の白い薔薇
――樹花祈念祭における、祭礼者の役割。
それは、世界樹の前で祈りを込めた花天灯を浮かび上がらせ、樹花祈念祭の始まりを告げることだ。
樹花祈念祭は陽が落ちる夕刻から始まり、翌日の夜まで開催される。
茜空が薄闇に染まり始めた空の下、チェリエは世界樹の前で、その役目を見事に務め上げた。
美しい衣装に身を包んだチェリエが手にした花天灯に花力を込めると、ふわりと宙に浮かび上がり、そのまま世界樹の中に吸い込まれていく。
その――祭礼者が世界樹に花浮灯を浮かべる祭典を皮切りに、まるで世界樹を中心に光が広がるように、街中で各々が作った花天灯も空に浮かび出す。
花天灯が柔い光を放ちながら街を彩るその光景は、風物詩や有名な観光スポットになるくらい、幻想的で美しい光景だった。
◇◆◇
「――お疲れ様、チェリエ」
無事、祭礼者の役目を終えたチェリエが控室に戻ろうとしたところで、ちょうど控室の前で待っていたサリュートがチェリエに労いの言葉をかけてきた。
「サリュート様。ここで待っていてくださったんですか?」
「ううん。ちょうど今来たところだよ。僕も祭典は見てたし」
樹花祈念祭の祭典では、貴賓用の席が用意されている。
当然、トリギアの王子でもあるサリュートも然りだ。
サリュートはその特権を利用し、特等席でチェリエの勇姿を存分に堪能した後に、この控室にやってきたのだ。
「凄く綺麗だった」
「それはよかったです。街中の花天灯も綺麗ですけど、世界樹の前に浮かび上がる花天灯はそうそう見られるものじゃないですから……」
「それもだけど、チェリエがだよ」
――――え?
にっこりと告げるサリュートの言葉に、チェリエは笑顔をぴたりと貼り付けたまま動きを止める。
「その衣装、とってもよく似合ってる。いつも綺麗だけど、今日は格別に綺麗だ」
照れる様子もなく、さらりとそんなキザなセリフを言ってのけるサリュートに、チェリエは自分の顔に熱が上がってくるのを止められなかった。
「……ありがとうございます。サリュート様も、今日の装いもとても素敵ですよ」
かろうじて、チェリエはサリュートにそう切り返す。
実際、今日は地味目なリュートの姿ではなく華やかなサリュートの姿で現れているため、この上なく美麗なルックスとスタイルを余すところなく晒している。
(わたくしからしてみると、わたくしなんかよりもサリュート様の方がよっぽど格別に綺麗だけれど……)
そう思いながらチェリエが目の前の相手を眩しく見つめていると、相変わらずにこやかな笑みを浮かべたままのサリュートが、
「ねえチェリエ。せっかくだから、今日はこのまま僕と一緒に花天灯を浮かべに行こう」
と告げてきた。
◇
「わあ……」
花継ぎの正殿にあるテラスに出ると、そこからはちょうど夜空に花天灯が街中から打ち上げられているのが見えた。
色とりどりの花たちが、ほんのりとした明かりを放ちながら、ふわふわと空に舞い上がっていく。
様々な花が空に解き放たれているのは、願いに合わせた花言葉を持つ花の方が叶いやすいと言われているから。
あの、空に浮かび上がるひとつひとつの光に誰かの願いが込められていると思うと、まるで人の願いそのものが空に舞い上がっているように見えて、それがなんだか切ないような愛しいような、なんともいえない気持ちになりながらチェリエは空を見上げた。
「ここ、穴場だね。誰もいないからゆっくりできる」
テラスに手すりに肘をつき、チェリエと並んで夜景を見つめていたサリュートが静かにそう言うと、いつのまにかサリュートが手にしていた小さな籐籠の中に白い花が9つ入っているのが目に入った。
(白い――、薔薇?)
「それが、サリュート様の花天灯ですか?」
「……うん、そうだよ」
チェリエが尋ねると、サリュートがほんのりと頬を染めながら答える。
「本当は、99本用意したかったんだけど。さすがに迷惑かなと思って」
どこか恥じらう様子を見せながらそう告げるサリュートに、チェリエは「……はて?」と思う。
(……薔薇って、確か本数によって花言葉が違うんだったわよね。薔薇単体の花言葉だったら覚えているのだけど)
一番メジャーである赤い薔薇は、『あなたを愛しています』。
ポップなカラーの黄色い薔薇は、『友情』や『平和』。
そして、サリュートが用意した白い薔薇は、『純粋』や『深い尊敬』などを意味するのだが――。
こんなことなら、本数によってどういう意味を持つのかもちゃんと調べおけばよかった、とチェリエは後悔した。
「チェリエは? 何を上げるの?」
「あ……、わたくしは……」
ことりと小首を傾げながら尋ねてくるサリュートに、チェリエはずっと手の中に隠していた小さな白い花を出した。
「……ジャスミン?」
「……はい、そうです」
サリュートの問いに、チェリエはどぎまぎしながら答える。
ジャスミンの花言葉。
それは『あなたについていく』『あなたと一緒にいたい』。
その『あなた』が誰を指すのか――。
(バ……、バカバカ、わたくしのバカ……! こんなことなら、カムフラージュ用に別の花の花天灯も用意しておくべきだったわ……!)
もともとサリュートと今日一緒に花天灯をあげることを想定していなかったチェリエは、どうしてこの状況になることをあらかじめ考えて用意しておかなかったのかと激しく後悔した。
サリュートに見せるための花なら、他にもあったはずだ。
『自立』の意味を持つ花言葉とか、『成長』を意味する花とか――。
本命の願いの花だからこそ、今日こっそり一人で打ち上げて帰ろうと思っていたのだ。
いたのだが――。
(うう……、やっぱりさっき、『今日は用意していないので』って言うべきだったかしら。……でも、サリュート様と一緒に花天灯はあげたかったし……)
そう思いながらも、チェリエは咄嗟に思いついた、サリュートに告げるための言い訳となる花言葉を口にした。
「あの……、ジャスミンの花言葉は、『愛らしさ』とか『温和』なので……」
そう言って、『日頃から、愛嬌が足りないと言われる自分にはちょうどいいと思って――』という言葉を言外に含ませながら言い訳をしたチェリエだったが。
そんな言い訳をされたサリューとはというと、
「…………ふうん」
と言いながらチェリエの手の中にあるジャスミンをひとつまみ摘んで、
「……僕からしたら、チェリエはもう十分に愛らしいと思うし、温和だと思うけどね」
と、妙ににこにことした顔で、さも意味ありげな様子で囁かれた。
(……やっぱり、バレてる……? これはもう、バレているのかしら……?)
いや、もう確実にバレているだろう。
なぜならばサリュートは、トリギアでも腕利きの花魔法師なのだ。
そんな彼が、ジャスミンなんてポピュラーな花の花言葉を知らないわけがない。
そう悟り、もはや逃げ場を失ったことを覚悟したチェリエは――、必死で面の皮を厚くして何も気づいていないふりで押し通すことを決めたのだった。
そして、そんなチェリエの内心を知ってか知らずか、サリュートはさらに、チェリエに向かってもう一つ提案を投げかけてきた。
「――じゃあさ、僕がこの、チェリエの花天灯を上げるから、チェリエは僕のをあげるっていうのはどう?」




