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第30話 花継ぎの乙女の失踪



「――花継ぎの乙女が失踪した」


 リリーが学園の正門前で騒ぎを起こした翌々日。

 その日はちょうど週末で学園は休みだったので家で勉強をしていたチェリエは、父の書斎に呼び出され、開口一番そう告げられた。


「失踪……ですか?」

「ああ。書き置きを残し、責務を全て放棄して逃げたそうだ」


(書き置きを残して? 職務を放棄して逃げた?)


 父から告げられたその言葉を、チェリエは思わず胸中で反芻はんすうする。


「花継ぎ教会の方でも探してはいるそうだが、依然いぜんとして行方を追えないらしい」


 その言葉に、チェリエは思わず眉根をひそめた。

 確かに原作ゲームでも、ちょうど今頃のゲーム終盤でリリーが失踪するというエピソードはあった。

 けれどそれは、主人公のリリーが自分が生贄になるという事実を知った結果、衝撃のあまりどうすればいいのかわからなくなり行き場もなく彷徨うというエピソードだ。


 そしてそこで、その時点で好感度が一番高い攻略対象が彼女を追いかけてくることで最終分岐につながり、そこから想いを通じ合わせ、破滅の未来を回避するために誓い合うという展開になるのだが――。


(……どういうこと? 原作ではリリーは置き手紙なんて置いて失踪しないし、こんなに騒ぎになることなんてないはず。だって彼女は、失踪した日の明け方に攻略対象に見つけられて、夜明けと共に想いを通じ合わせ、朝には帰ってくるのだもの)


 故に、今になっても見つかっておらず、捜索されているという状況にはなり得ないのだ。


(それに――、一昨日のあの口論)


 あれだって、原作にはなかったエピソードだ。

 自分チェリエがこの世界に異世界転生をしてきている以上、原作通りにことが進まないというのは不思議でもなんでもないことなのかも知れないが、そうやって考えを深めていくとやはりリリーも転生者である可能性が高いのではという疑念を深めた。


 父を前にそんな思考を巡らせていたチェリエだったが、「――チェリエ」と改まった様子で呼ばれたことにより、再び意識を目の前の現実に戻した。


「私のところに連絡があったのは、単に花継ぎの乙女が失踪したという報告のためだけではない。念の為――お前に【樹花じゅか祈念祭きねんさい】で花継ぎの代わりに、祭礼者を頼みたいという話があったからだ」

「…………」


 改まって告げられたその内容に、チェリエは無言で話の続きを聞く姿勢をとった。


 ――樹花じゅか祈念祭きねんさい


 それは、年に一度行われる神事で、その年を無事に過ごせたことを世界樹に感謝し、また恵みを与えてもらえるよう祈りを捧げる祭りだ。


 そして、その祭りのメインイベントとなる世界樹への奉納は、本来花継ぎの乙女が祭礼者を務める決まりなのだ。

 しかし――。


「……花継ぎの乙女が選定されていない年は、聖グローシス学園の首席女子が祭礼者の務めを代理で務める。本来であれば今年は乙女が選定されているためその制度は適用されないはずだったのだが――今回の失踪を受けて、お前に立って欲しいと連絡があったのだ」


 樹花祈念祭が行われるのは、来週に迫っている。

 本来であれば、このタイミングで花継ぎの乙女が飛ぶのも、祭礼者を頼んでくるのも非常識すぎる。


「……一応教会には、本人の意思を尊重し、お前の答えを聞いてから回答すると伝えてあるが」


 どうする――? と。


 珍しく、父なりにチェリエのことを尊重して選択肢を残してくれたことに驚きを覚えつつ、チェリエは、


「かしこまりました」


 と答えた。


「……お前なら、そう答えるだろうとは思っていたが」

「ご不満なのですか?」

「……いや。……毎度毎度、あの花継ぎの乙女に振り回されてばかりで腹立たしいというだけだ」


 そう言うと父は、一度「……はあ」と肩で息を吐き、


「とはいえ、我が家から首席成績者が出たと示すまたとないチャンスでもある。気を抜かず励むように」


 と言って、チェリエを下がらせた。



 ◇◆◇



(……いったい、リリーさんはどういうつもりなのかしら)


 父の書斎から出てきたチェリエは、廊下を歩きながら失踪したリリーのことを考えていた。

 

(花継ぎ教会は躍起やっきになって彼女を探すはずだわ。だってそうしないと、世界樹に捧げる人柱がいないままになってしまうもの)


 そう考えると、生贄になりたくないからと逃げ出すのは短絡的な行動に思える。

 確かに――、これまでのリリーの行動を省みると、そんな短絡的な行動を取っても納得のできる思考回路ではあったようには思うけれど。


 そんなことを考えているところに――。


「――姉様!」


 廊下の向こうから、チェリエに向かってそう呼び、かけてくる小さな影。


「テオ」


 チェリエの弟で、今年10歳になるテオドール・マーキュリーことテオが、たたたっと駆けてきたのだった。


「姉様。今度の樹花祈念祭、姉様が花継ぎ役をやることになったって本当ですか!?」

「ええ、本当よ」


 そう言って、近寄ってきたテオの頭を優しく撫でてやると、テオはことに幸せそうな顔で破顔する。

 おそらく、父からこの話を聞かされてきたのであろう。

 興奮をにじませた表情でチェリエの答えを聞くと、「わあ……!」と言って嬉しそうな顔を満面に見せた。


「姉様の素敵なお姿を見られるの、僕、楽しみです!」


(――可愛いなあ……)


 あどけない表情でチェリエを見上げてくる弟に、チェリエは頬を緩ませる。

 マーキュリー侯爵家の跡取りでもあるこの弟は、持ち前の明るさと天真爛漫さで家中の人間から愛され、またチェリエにとってもとても可愛い、愛すべき弟なのであった。


「ねえ、姉様。今日は久しぶりに僕とお茶をしてもらえませんか?」


 チェリエの手を取りながら、きゅるるんと瞳を潤ませながら見上げておねだりしてくる。

 チェリエは、この可愛らしく愛嬌のある弟のおねだりにめっぽう弱い。

 しかも、どうせチェリエ自身、先ほど父から聞かされた話で、再び勉強に集中できる状況ではなくなってしまった。


 だったら、可愛い弟のおねだりを聞いて、お茶をしながら気分転換するのもいい――。

 そう思い、「ええ、いいわよ」と答えたところで。


「あの……、お嬢様。お客様がいらしておりますが」


 と。

 使用人から声がかけられたのだった。




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