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第29話 なんだか、揉め事が起きているみたいです



 学園の正門から玄関までをつなぐ大通り、ちょうど帰宅する生徒たちで賑わっている場所で、幾人かが言い合いをしている声が響き渡る。


「おいリリー、さすがにいい加減にしろよな」

「噂のせいでショックなのはわかりますが、務めを果たさないと噂も払拭できないんですよ?」


 声の主は――ギークとティエルだ。

 その背後には腕を組んだレイスが無言で、しかし物言いたげな眼差しで立ちはだかっている。


 サリュートと一緒に帰路につこうとしていたチェリエは、玄関を通りがかった時にたまたまその騒ぎに遭遇した。


(……よりによって、なぜこんな目立つところで騒ぎを起こしているのかしら……)


 揉めるなら揉めるで、せめて人目につかないところでやるべきなのでは……。

 それでなくてもここ最近のリリーの周りの不穏な状況にやきもきしていたチェリエは、こんな目立つところで騒ぎを起こすことで、またリリーの評判が下がるのではないかと気が気ではなかった。


 そんなチェリエの不安を感じ取ったのか、サリュートがさりげなく騒ぎからチェリエを庇うようにすると「……行こう、チェリエ」と言って、この場から去ろうと促す。


(確かに、サリュート様の言う通り、この場を離れた方がいいのかもしれない。でも……)


 このまま、事の成り行きを知らずに立ち去るのも良くない気がする。

 そう思ったチェリエは、サリュートに素直に従うのを一瞬躊躇(ためら)ってしまう。

 そうしてチェリエが躊躇ためらうその間に、騒動の中心人物であるリリーの声が聞こえてくる。


「ほっといてください。私はもう花継ぎの乙女なんてやりたくないんです」

「『やりたくないです』『はいそーですか』で済むわけないだろうが。お前に与えられた役目っていうのは、そんな簡単なものじゃないんだよ」

「……だったら! チェリエ様にやって貰えばいいじゃないですか! どうせみんな、私よりもチェリエ様の方がふさわしいって思ってるんでしょう!?」

「……お前なあ……!」


 ずっとぶすくれていたリリーは、ギークの言葉の何がフックになったのか、わっと勢いづいて彼らに喚き始めた。


「だってそうじゃない! 私、知ってるんだから! ギークもティエルも! そうやって私に色々言ってくるのは、別に本当に私のことを心配しているからじゃなくて、単に私がちゃんと務めを果たさないと自分たちの花籠の騎士としての評価が落ちるから言ってるだけでしょう!?」

「はあ!?」


 リリーの言葉に、ギークが気色ばんで声を荒げる。

 ティエルもレイスも、声にこそ出さなかったがその言葉でさっと顔色を変えたのが周囲の誰しもに感じ取れた。


(……この状況、ものすごく不味くないかしら?)


 リュートの背に庇われながら、チェリエははらはらと焦りを募らせる。

 リリーが花継ぎの乙女としてのバッドエンドを回避するには、もう攻略対象たちの好感度に頼るしかないというのに。

 なぜここで、こんなヤケを起こしてしまっているの――?


「お前それ……、本気で言ってんのか……!?」

「当たり前じゃない! だってそうでしょう!?」


 ギークが剣呑けんのんな空気をかもしながらリリーにじり、と一歩近づくと、怯えたようにリリーが一歩背後に後ずさる。

 その瞬間。


「……めろ、ギーク」


 と言って、レイスがギークを止めた。


「レイス様……! でも……!」


 レイスに止められた事で、悔しそうな声を出しながら振り返るギーク。

 そんなギークを追い越すようにレイスが前に進み出る。


「……リリー」


 苦渋に満ちた表情で歩み寄るレイスに、しかしリリーは硬い表情のままだ。

 今までの、彼に甘えながらも可愛らしく努力をする様子を見せていた彼女とはあまりに違う様子に、言いようのない気持ちが込み上げるのをぐっとやり過ごしてレイスは口を開いた。


「……俺は今まで、君とは同じ志を共にする同志だと思って一緒にやってきた。だからこそ、確かに多少至らないところもあっても目を瞑ってやってきたし、一生懸命に雰囲気を和ませようとする君を健気に思ってきた。だけど――、そんなふうに言われたら、俺たちはどうすればいいんだ?」


 だからどうか、目を覚ましてほしい――と。


 誠実な想いを溢れさせながら歩み寄るレイスに、リリーは冷たい眼差しでバッサリと切り捨てた。

 なんなら――、その眼差しの中に、嘲笑ちょうしょうさえ含ませて。


「……どうもしなくていい」

「………………」

「どうもしなくていいの。だって私、私があなたたちに求めていたのは、花継ぎの乙女の務めが終わった後に、私を庇護してくれる事だったから」


 これまで見た事のない彼女の本音。

 一変して自分達を小馬鹿にするような態度に、戸惑いながらレイスは答える。


「それは――」

「できないんでしょう? わかってる。レイス様は私を婚約者にしようと頑張っても、結局できないのよね? だったら、私がこれ以上頑張る理由なんてある?」


 ふっ、と鼻息を漏らしながら嘲笑あざわらう彼女に、レイスは言葉を失う。


「私が今まで私が頑張ってきたのは王子妃になって、玉の輿に乗って、楽な将来を送りたいから。それが叶わないならもう頑張る意味なんてない。今までありがとうございました。でももう、私のことは忘れてください」

「………………」


 なんのオブラートにも包まないリリーのあまりの言いように、レイスも周囲の野次馬たちも一瞬で呆気に取られた。


 そんな周囲に、リリーはすっと嘲笑ちょうしょうしていた表情を無に戻すと、それからくしゃりと顔を歪めてぺこりとおざなりに頭を下げ、その場を走り去った。


 どこかでどうにか助け舟を出せればと思いながら状況を見ていたチェリエは、結局どうにもすることができず。

 周りの野次馬が気まずそうにレイスたちを見ながらその場を離れているのを、やるせない気持ちで見ていることしかできなかった。


(……リリーさんも、レイス様たちも。大丈夫なのかしら……)


 そう思いながらも、チェリエも結局、再びサリュートに促されるままに帰路についたのだったが。

 チェリエのその心配は翌々日、明確な形となって知らされることとなる。



 ◇



 リリーたちが学園で騒動を起こしたその翌々日。


「――花継ぎの乙女が失踪した」


 父に執務室に呼び出されたチェリエは、リリーが花継ぎの乙女としての務めを何もかも放棄し、逃亡を謀って行方知れずになったという話を聞かされたのだった。



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