第25話 花継ぎの乙女が浄化しきれていないものを、浄化しています
「あー、終わった終わったあ! さっさと帰ろーぜー!」
茂みの向こうから聞こえてきた聞き覚えのある声はギークのものだ。
どうやら、ちょうどひと仕事終えたところに出くわしたらしい。
「……リリー、本当に部屋まで送って行かなくていいのか?」
「はいっ、レイス様。私は今日、花継ぎの正殿に用事があるので、そっちに寄ってから帰りますっ」
レイスに気遣われながら歩いてくるリリーは天真爛漫そのもので、レイスとリリーがカップルのように仲睦まじく歩くその数歩後ろを、ギークが頭の後ろで腕を組みながらついていく。
チェリエとサリュートはその様子を茂みの中から隠れて見つめていたが、チェリエの用意したシャクヤクとスミレのポーションのおかげもあってか、無事彼らに見つかることなくやり過ごすことができた。
のんびりと会話をしながら歩く彼らが完全に見えなくなるまで見送った。
「……もう大丈夫そうですね。では、行きましょう」
チェリエがそう言うと、そこで初めて自分がサリュートの腕を掴んだままだったことに気づいた。
そのことに一瞬あっというような顔をしたが、それをあまり言及しても墓穴を掘ると思ったのか、少し気まずそうにはにかみながら軽くサリュートに詫びるようにぺこりと頭を下げると、そそくさと目的地を目指して這い出ていった。
左側から伝わっていた熱が無くなってしまったことに少し寂しさを覚えたサリュートは、しばし先ほどまでチェリエが掴んでいた左腕を見つめてその余韻を感じるように右手で少し触れた後、気を取り直したように顔を上げるとチェリエを追いかけるべく立ち上がった。
「……あった。ここです」
先ほどの茂みから少し奥に入った場所。
目的のものを見つけたチェリエは、それを見下ろしながらそう言った。
開けた空間の中にぽつんと咲いた黒い百合。
その黒百合は、どことなく怨念めいてうらぶれた印象が強い。
「……これは」
「これは、リリー様が咲かせた浄化花です」
チェリエの隣に追いつき、彼女に尋ねてきたサリュートに端的に答える。
(……でも、この浄化花は、不完全だわ)
一見、ちゃんと咲いているように見えるが、しかしその周囲に微かに漂う瘴気が浄化されきっていない。
それを見ていたチェリエは、改めてこれまでうっすらと感じていた疑問を、はっきりと胸中で形にした。
(……リリーさんは転生者なのかしら。それとも、オリジナルのヒロインなのかしら)
オリジナルのヒロインだとしたら――、あまりにも仕事ができなすぎる。
転生者だとしたら――、危機感がなさすぎる。
(でも、もしかしたらこのゲームのことを知らない――とか?)
この【花継ぎの乙女】という原作の乙女ゲーム。
実を言うと、悪役令嬢よりもヒロインの方が悲惨なバッドエンドを迎えるリスクの方が高い。
悪役令嬢はせいぜい、ヒロインから悪事を断罪され、家から除名されて修道院おくりにされる程度で済むが、ヒロインのバッドエンドはそんな生ぬるいものではない。
彼女の場合は――命に関わる――それどころか、死んだ方がマシだというエンドを迎える場合もあるのだ。
(原作ゲームを知っていて、こんな手抜きをする?)
ヘタをすると、バッドエンドを迎えてしまうかもしれないのに。
でも――、攻略対象との好感度はおそらくかなり高いだろうから、そこにかけているのだろうか?
あり得なくはなかった。
このゲームは、花継ぎの乙女としての熟練度が多少低くても、攻略対象からの好感度バロメーターが高ければ、ギリギリバッドエンドを回避できたりする。
花魔法のシステムを理解するのが面倒で、花魔法の勉強をサボりにサボりまくって好感度だよりでクリアするという方向でいっている可能性もなくはない。
(それだと……、あまりに綱渡りすぎて、見ているこちらのほうがヒヤヒヤするさせられるのだけれど……!)
前世の記憶が戻る前のチェリエは、不出来な花継ぎの乙女のせいでみんなが困るのは忍びないし、花継ぎ教会から頼まれたこともありこうやってリリーのフォローをしていた。
だけど、原作ゲームのストーリーを思い出してしまった今は、放置してヒロインがバッドエンドを迎えるのはあまりにも可哀想すぎると思っている。
――確かに、チェリエはこれまで、リリーからちょっとどうかと思うくらいの扱いは受けてきた気がするけれど。
それでも、みすみすド級の不幸になるのを見捨てるのも心が痛む――。
そんな思考を巡らせながら、チェリエがじっとリリーの作った浄化花を見つめていると、
「チェリエ? 大丈夫?」
と、サリュートが心配する声をかけてきた。
「……大丈夫です。でも……やっぱり、ちゃんと浄化されてないですね」
そう言いながらチェリエは、ポシェットに手を入れると、そこから青くて可愛らしいネモフィラの花と、白くて小さなニリンソウを出すと、花魔法を発動させた。
(……よかった。原作のシナリオを覚えていて)
チェリエが花たちに花魔法をかけると、キラキラと輝き出した光が黒百合までおよび、いつしか黒百合が纏っていた禍々しい気配が取り去られていく。
「……それは、何をしているの?」
隣のサリュートが、黒百合を見て、チェリエの作業もヤマを越えたと見てとったのだろう。
チェリエに疑問を投げかけてきた。
「花継ぎの乙女が浄化しきれていない瘴気を、浄化しているのです」
原作ゲームでは、発生した瘴気の大元を花継ぎの乙女が身の内に取り込み、それを体内で浄化した上で浄化花として咲かせることで昇華させる。
ここに咲いている黒百合は、まさしく花継ぎの乙女であるリリーが瘴気を取り込み、浄化して浄化花として咲かせたものである。
しかし――、乙女としての能力が足りないものは、時に身の内で完全に瘴気を浄化しきれないことがある。
そんな時に、こんなふうに花魔法で補うのだ。
「この瘴気が抱えているのは、『執着・嫉妬』。それを、ネモフィラの『あなたを許す』という花言葉と、ニリンソウの『ずっと離れない』という花言葉で癒しているのです」
チェリエが話している間に、どことなく陰っていた黒百合の花は、自らつやつやと美しい輝きを放つようになった。
そこにはもう禍々しさなど一切感じられず、凛と強く立つ黒百合が立つだけ。
(よかった。ちゃんとできた)
ストーリー終盤の瘴気はこれまでよりも難易度が高くなっているため、少し不安だったチェリエだったが、無事浄化できたことを確認してホッとした――その時だった。
黒百合の咲いた上の中空から、ばちばちと空間が爆ぜるような音がしたかと思うと――そこから大きな黒豹が、禍々しい瘴気をまとって空間を割いて現れたのだった。




