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第20話 次は、和食器をそろえてリベンジします



 チェリエは昆布を入れて弱火にかけておいた鍋から昆布を取り出すと、強火にして沸騰させたその中にかつおぶしをわさっと振り入れる。


 昆布とかつおぶしの混合出汁。


 前世のように化学調味料があるわけではないので、出汁取りもこうして基本に立ち返る。

 ふつふつと煮立てて十分に出汁をとったあと、チェリエがかつおだしを丁寧にすと、金色の美しい出汁ができあがった。


(意外と、ちゃんと覚えているものだわ)


 和食を作るのが久しぶりすぎて、忘れてしまっているのではと心配もしたが、こうして体はちゃんと覚えている。

 それは紛れもなく、ちえりが前世で日々せっせと繰り返してきた作業が体に染み付いていたからだ。

 出汁の取り方は、祖母に教えてもらった。

 それが、生まれ変わった今でもちゃんと自分に根付いていることに嬉しさを感じながら、チェリエは残りの作業をささっと手際よく終わらせ、ふわふわの卵焼きと味噌汁を作った。


 ――ぱかり、と蓋を開けると、きらきらと輝く白米。

 そして、味の染みた肉じゃがが、厨房いっぱいにいい匂いを漂わせる。


「……美味しそうだね」


 チェリエの横に立ち、鍋の中を覗き込んだサリュートがぽつりとこぼす。

 なぜかぴたりとチェリエに寄り添い、小首を傾げながら出来上がった料理を見つめるサリュートは、なんだか母親の料理に感心する子供のように思えた。


 なんだか――それが妙に懐かしい感じがして、チェリエはサリュートとの距離の近さをたしなめることなく、そのまま黙って受け入れた。


「結局、何の手伝いもできなかった」


 チェリエにくっつきながら残念そうにそう言うサリュートに「そんなに手伝いをしたかったのか」と思ったチェリエは、


「ではサリュート様。料理を器によそうのを手伝ってもらえますか?」


 と告げた。

 チェリエがそう言ってサリュートに頼むと、「うん、そうだね」と答えてにこりと微笑む。

 そうしてサリュートは、チェリエと一緒に食事を器に盛った。

 当然、この世界に和食器などないので、茶碗もなければ汁椀もない。

 小さなサラダボウルにごはんをよそい、それをよそうのも木ベラという奇妙さだが、それでも久しぶりに目の当たりにした和食にチェリエは嬉しくなった。


「……ふうん。それはそうやって盛るんだ」


 チェリエのお手本を珍しそうに見遣るサリュートを見ながら、チェリエはふと思う。


(……サリュート様は、やっぱり転生者ではないのかしら)


 転生者であれば、ごはんの盛り方もわかるだろうし、こんな物珍しそうな顔もしないだろう。

 更に言えば、箸を用意しておけばもっとよかったと今更ながらに反省した。

 箸があれば、もっと和食を食べているという感覚を味わえただろうし、サリュートが転生者かどうかもっと判別しやすかっただろうに。

 久しぶりの和食をうまく作れるかで頭がいっぱいだったチェリエは、そこまで考えが及ばず、箸を用意することをすっかり失念していたのだ。

 ――そもそもこの世界に箸があるかどうかも知らないのだが。


 洋食器に盛った料理をフォークでつつくという、日本人からしたら非常に行儀の悪い食事することに罪悪感を覚えたチェリエは、次回に備えて和食器を探しておこうとひっそりと決意した。


 そこに――。


「……………………美味しい」


 ぽつりと。

 肉じゃがを口にしたサリュートが、なんとも言えない表情でそう漏らした。


「……すごく美味しいね」

「本当ですか? サリュート様のお口にあったのなら何よりですわ」

「……うん。チェリエは本当に……、ごはんを作るのがじょうずなんだね」


 そう言いながらサリュートは、スプーンとフォークをものすごく上手に使いながら、さながら高級フレンチでも食べているような上品さであっという間にチェリエの作った食事を平らげた。


「この白いの、もちもちしていて噛み締めると甘くて、凄く美味しい」

「これは、お米――ライスという食材です」

「この、じゃがいもとたまねぎ、旨味がすごくよく染みていて、こんな調理法があるんだ」


 もぐもぐと食べる合間に、物珍しそうにごはんと肉じゃがを味わうサリュートを見ながら、チェリエはやはり、サリュートは転生者ではないのかもな、と改めて思った。


(――知っていたら、こんなふうに色々と聞いてこないわよね。やっぱり、わたくしの思い過ごしだったのだわ)


 そう思いながら、チェリエ自身も久々の和食を堪能した。

 白いほかほかのごはん。

 贅沢に出汁を取った味噌汁。

 しみしみに煮こんだ肉じゃが。

 涙が出そうなほどに懐かしくて、思わず脳内に広がる幸せを噛み締めていると、一足先に食べ終わったサリュートがチェリエに話しかけてきた。


「チェリエは珍しい料理を知ってるんだね」

「……実はあの後、極東料理のレシピブックを調べました」


 にこにこと告げてくるサリュートに、チェリエはあらかじめ用意しておいた答えを口にする。

 我ながら苦しい答えだけれど、実際にあの時、サリュートと入った店には極東料理の料理本らしきものが置かれていたのだ。

 なので、あれを見たということにしておけば納得してもらえるだろうという苦し紛れの言い訳である。


「面倒じゃなければ、他の料理も食べてみたいな。ライスもまた食べたいし」

「じゃあ、またこちらにお邪魔してよければ、他のメニューもご馳走して差し上げますね」


 チェリエとしては、願ったり叶ったりな話だった。

 サリュートへ振る舞うという大義名分を得て、定期的に日本食を食べることができるのだ。

 久しぶりに和食を食べて、満足するどころか更に恋しくなってしまったチェリエにとっては、ありがたすぎる提案だ。


「よかった。じゃあまた、予定を合わせて、今日みたいな日を作ろう」


 そう言って笑顔で提案してくれるサリュートに、チェリエも「ええ、ぜひ」と言って笑顔で答えた。

 そうしてチェリエは、心に固く誓ったのだった。



 ――次の機会までに、お箸とお茶碗と汁椀を探そう――と。



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